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DISK2
第二十一話 interval
しおりを挟むその像は残雪の丘の上に立っていた。
掲げた腕は希望の方角を指さすように力強く人々を導いているようだ。
三月だというのに札幌市内は酷い寒さで、ネックウォーマーもさほど意味がない。
せっかくの休暇だというのになぜ俺はこんな場所に来てしまったのだろうか?
「あー!! 大志大志ー! あれが有名なクラーク像じゃね?」
ウラはクラーク像に向かって走り出した。
「おいおい、そんな走ると……」
「うわぁぁぁぁ」
雪原を走ったウラは見事にこける。
「痛ってー!!」
「だから言ったろうよぉ! お前はよー」
俺は転んだウラに手を差し伸べた。
彼女は照れ笑いを浮かべながら俺の手を握ると、立ち上がって体についた雪を払った……。
俺たちは札幌市内にある羊ケ丘展望台を訪れていた。
真木さんの姉に仕事を手伝ってほしいと頼まれたのだ。
真木さんの姉(真木桃華)は札幌市内でイベントを企画する会社で働いているようだ。
今回、俺とウラはイベントのゲストとして呼ばれた。(ちなみにジュンは今回、スケジュールの都合で来ていない)
ちょうど俺たち……。というよりウラが暇を持て余していた。
これは悪い意味でだが……。
二月上旬、ウラは『アフロディーテ』から離脱した。
最後の話し合いも、無理矢理離脱した感じだった。
ウラが『アフロディーテ』を抜けて程なくして、俺たちはインディーズレーベルの社長に呼び出され、あっさり首を切られてしまった。
俺もジュンもウラも特に理由を詮索しなかった。
「あーあ、予想はしてたけどやっぱ月子さん手が早えーよね!」
「そーだねー。性悪なだけじゃなくて手が早いんだから始末悪いよ」
ウラとジュンは別に動じる様子もなく平然とそう言った。
「しかし参ったな……。せっかくアルバムの準備もしてたのにこれじゃまた振り出しだ」
「ごめんねー大志ぃ。私完全にただのフリーターになっちゃったし、時間あるからどうにか頑張ってみるよ!」
ウラはさほど気にしてはいないようだった。
それから俺たちは片っ端からインディーズレーベルに連絡を入れた。
恐ろしいことにどこのレーベルも俺たちの名前を聞くと間髪入れずに断ってきた。
「すっかり『バービナ』悪名高くなっちゃったみたいだねー」
ウラは数十件電話を掛けたあと、俺の方を向いて苦笑いした。
「しっかしなー。『アフロディーテ』恐ろしいよなー。いくら何でもここまで影響力あるとかどんだけだよ……」
「私はある程度理解してたんだけどねー……。やっぱやべぇーよ。おまけにライブハウスさえ私たち出禁っぽいからねー。ほんと、悪い意味で有名人になっちゃったね」
本当に考えが甘かった。
鴨川月子から離れさえすればどうにかなると思っていた。
しかし……。彼女は俺たちが思っていたよりずっと影響力があるらしい。
俺たち三人は二月中、方々に頭を下げて回った。
パンクバンドを抱えているレーベルにデモテープを持ち込んで、どうにか聞いてもらえるように頼んだ。(そのほとんどが門前払い、良くても話だけ聞いて追い返された)
俺たちはただライブすることさえままならなくなってしまった。
対バンを申し込んでも何かしら理由をつけて断られたし、挙句の果てに「頼むから来ないでくれ」とまで言われた。
俺たちは本格的に途方に暮れた。
いくら何でも手も足も出なさすぎる。
太平洋のど真ん中に置き去りにされた小舟のような状態だ。
そんな疲弊しきった二月下旬、俺は予想外の人物に会うことになった。
「大志君お久しぶりやね! 近く来たから寄ってみたんやけど元気しとったか?」
俺が仕事を終えて会社から出ると、体格のいい四十代くらいの男性に声を掛けられた。
「えぇ!? 吉野さんじゃないっすか!? お久しぶりです!」
「いやな。お前らのバンド今大変そうやから様子見ようと思てな……。ウチのアホがどえらい迷惑掛けてるみたいやからなー」
彼は吉野充。『アフロディーテ』のドラムだ。
一見かなり強面だが、話してみると理解がある人でいつも親切にしてくれていた。
「ああ……。まぁ仕方ないっすよ。月子さんならこれくらいすんのわかる気がしますし……」
「あいつはほんまにイカレとんねん! 健次も甘やかしすぎやからな! 月子のことどつきまわしたろうかと毎回思うで?」
彼はそう言うと、怒っているのか笑っているのかよくわからない表情を浮かべた。
「まぁ俺らは今んとこどうにかやってます! ご心配なく、ウラもようやくギブスとれたしこれから活動再開できると思いますから」
「そうかそうか……。ウラちゃんは元気しとるか? 久しぶりにあの子と絡みたいなー。ノリええし、可愛いし。あの子ほんま最高やでマジ!」
吉野さんはそう言うと一つ大きなため息を吐いた。
俺もつられてため息を吐いてしまった……。
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