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DISK2
第四十話 ルナティック・ムーン
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夜道で出会うにはあまりに不吉な女だった。
黒いキャップに黒いパーカー、デニムにスニーカー……。
普段の彼女からは想像できないほどシンプルでカジュアルな服装だった。
闇の中。街灯のオレンジがかった光と三日月のか細い光で彼女の姿が浮かび上がる。
天上の月のように彼女自体もか細く頼りなく見えた。
「あ……。なんでここに?」
急に現れた彼女に掛ける適当な言葉が見つからなかった。
やっと出た言葉も空気に溶けてしまう。
「ひさしぶりやね。元気しとった?」
鴨川月子だ。間違いない。
その口調、仕草、容姿は間違えなく鴨川月子だった。
しかし、その存在感は酷く軽く見えた。以前の彼女の面影はない。
「お久しぶりです……。で? なんでこんなところに?」
「君のこと待っとったんや。あれ以来、大志君にもあの子にも会っとらんかったから連絡とりずらかったしな」
彼女はパーカーのポケットから白色の封筒を取り出した。
「これ!」
俺はその封筒を彼女から受け取った。
封筒は薄く中身は紙幣ぐらいのサイズの紙切れのようだ。
「なんすか? これ?」
「ウチらの武道館公演のチケットや! 関係者席のチケットやねん」
「は?」
「4枚入っとるからメンバーで来たらええ………。これだけは渡したかったんや」
そう言うと鴨川月子は黙って立ち去ろうとする。
「ちょっと待ってくれ!」
俺はようやくまともに声が出た。
「なんや?」
「なんでこんなもの俺たちに寄越すんだよ? あんたは俺らが憎らしかったんだろ? なのに夜中に待ち伏せまでしてチケット渡すなんて、正直意味がわかんねーよ」
俺は夜道だというのに声を荒げた。近所の犬の鳴き声が聞こえる。
「……。なぁ大志君? ウラちゃんに聞いたら分かるけど、『アフロディーテ』にとって武道館公演は昔からの目標で夢やったんや。たしかに君らのことは憎いで? 憎らしいことこの上ないくらい憎らしいガキ共やと思う……。でもな、この武道館公演だけはウラちゃんにも来てほしいんや」
「何を勝手なことを……!」
「勝手なのは十分承知しとるよ? ケンちゃんにも止められたし、つーか他のメンバーにかんなり怒られたしな。でもな……。これだけはウラちゃんにお願いしたいんや! あの子には、この公演のためにほんまに走り回ってもろたんや。せやから、ウチの晴れ舞台だけは絶対にあの子に見て貰いたい――」
そう言うと鴨川月子は柄にもなく深々と頭を下げた。
頭を下げすぎてその長い髪が地面に着きそうだ。
「大志君! お願いや! ウチはこのために今まで頑張ってきたんや! そのために犠牲も払ったし、ウチ自身もとんでもなく汚れた……。都合がええ事はわかっとる! 君らのバンドを潰そうとしたことも謝る! せやからお願いします! 今回だけは来て下さい……。この通りや!」
彼女がなぜそこまで頭を下げるのか俺には理解できなかった。
自己中で身勝手でサイコパス気質な彼女からは想像も出来ない行動だった――。
「ふーん。そんなことがねー」
翌日。俺は他のメンバーと集まった。場所は渋谷のマクドナルド。
ウラはポテトを頬張っている。
「でだ! これが昨日あの女から預かったモノなんだが……」
ウラは俺から封筒を受け取ると中からチケットを取り出した。
「なるほどね……。武道館完全に決まったのは知ってたけど、まさか私との約束まで覚えてるとは思わなかったな……」
「約束?」
「そだよー。私、武道館公演の段取りで走り回ってたんだけどさー。公演決まったら最前列の席用意して下さいって冗談で言ったら月子さん本気で約束してくれたんだよねー」
「まったく……。勝手な女だね……。で? 京極さんどうすんの? 行くの? 行かないの?」
ジュンは『行くべきじゃない』というニュアンスを含んだ聞き方をした。
「んー……。スケジュール合ったら行っても良いかもねー。七星だって『アフロディーテ』のライブ見たがってたしさ……」
「そっか……。まぁ京極さんが行きたいなら行っても良いけどさ……。大志と七星君は?」
俺が返事をしようとすると、割って入るように七星が口を挟んだ。
「ぜってー行きます! だってこんなプラチナチケ普通なら手に入んないし!」
実に七星らしい。プライドの欠片もない。
「まぁ、七星くんならそう言うと思ったよ……。で? 大志は?」
「俺は……」
どうしたものか? スケジュール上は行けなくはないが……。
「ねぇみんな! せっかくだからみんなで行こうよ! ジュンの気持ちはわかるけど、敵情視察は大事だしさ!」
鶴の一声だ。俺が煮え切らない返事をしている間に行くことが決まってしまった。
『アフロディーテ』のライブは来月だ。その前に無事に俺たちの新曲が完成すれば良いが……。
黒いキャップに黒いパーカー、デニムにスニーカー……。
普段の彼女からは想像できないほどシンプルでカジュアルな服装だった。
闇の中。街灯のオレンジがかった光と三日月のか細い光で彼女の姿が浮かび上がる。
天上の月のように彼女自体もか細く頼りなく見えた。
「あ……。なんでここに?」
急に現れた彼女に掛ける適当な言葉が見つからなかった。
やっと出た言葉も空気に溶けてしまう。
「ひさしぶりやね。元気しとった?」
鴨川月子だ。間違いない。
その口調、仕草、容姿は間違えなく鴨川月子だった。
しかし、その存在感は酷く軽く見えた。以前の彼女の面影はない。
「お久しぶりです……。で? なんでこんなところに?」
「君のこと待っとったんや。あれ以来、大志君にもあの子にも会っとらんかったから連絡とりずらかったしな」
彼女はパーカーのポケットから白色の封筒を取り出した。
「これ!」
俺はその封筒を彼女から受け取った。
封筒は薄く中身は紙幣ぐらいのサイズの紙切れのようだ。
「なんすか? これ?」
「ウチらの武道館公演のチケットや! 関係者席のチケットやねん」
「は?」
「4枚入っとるからメンバーで来たらええ………。これだけは渡したかったんや」
そう言うと鴨川月子は黙って立ち去ろうとする。
「ちょっと待ってくれ!」
俺はようやくまともに声が出た。
「なんや?」
「なんでこんなもの俺たちに寄越すんだよ? あんたは俺らが憎らしかったんだろ? なのに夜中に待ち伏せまでしてチケット渡すなんて、正直意味がわかんねーよ」
俺は夜道だというのに声を荒げた。近所の犬の鳴き声が聞こえる。
「……。なぁ大志君? ウラちゃんに聞いたら分かるけど、『アフロディーテ』にとって武道館公演は昔からの目標で夢やったんや。たしかに君らのことは憎いで? 憎らしいことこの上ないくらい憎らしいガキ共やと思う……。でもな、この武道館公演だけはウラちゃんにも来てほしいんや」
「何を勝手なことを……!」
「勝手なのは十分承知しとるよ? ケンちゃんにも止められたし、つーか他のメンバーにかんなり怒られたしな。でもな……。これだけはウラちゃんにお願いしたいんや! あの子には、この公演のためにほんまに走り回ってもろたんや。せやから、ウチの晴れ舞台だけは絶対にあの子に見て貰いたい――」
そう言うと鴨川月子は柄にもなく深々と頭を下げた。
頭を下げすぎてその長い髪が地面に着きそうだ。
「大志君! お願いや! ウチはこのために今まで頑張ってきたんや! そのために犠牲も払ったし、ウチ自身もとんでもなく汚れた……。都合がええ事はわかっとる! 君らのバンドを潰そうとしたことも謝る! せやからお願いします! 今回だけは来て下さい……。この通りや!」
彼女がなぜそこまで頭を下げるのか俺には理解できなかった。
自己中で身勝手でサイコパス気質な彼女からは想像も出来ない行動だった――。
「ふーん。そんなことがねー」
翌日。俺は他のメンバーと集まった。場所は渋谷のマクドナルド。
ウラはポテトを頬張っている。
「でだ! これが昨日あの女から預かったモノなんだが……」
ウラは俺から封筒を受け取ると中からチケットを取り出した。
「なるほどね……。武道館完全に決まったのは知ってたけど、まさか私との約束まで覚えてるとは思わなかったな……」
「約束?」
「そだよー。私、武道館公演の段取りで走り回ってたんだけどさー。公演決まったら最前列の席用意して下さいって冗談で言ったら月子さん本気で約束してくれたんだよねー」
「まったく……。勝手な女だね……。で? 京極さんどうすんの? 行くの? 行かないの?」
ジュンは『行くべきじゃない』というニュアンスを含んだ聞き方をした。
「んー……。スケジュール合ったら行っても良いかもねー。七星だって『アフロディーテ』のライブ見たがってたしさ……」
「そっか……。まぁ京極さんが行きたいなら行っても良いけどさ……。大志と七星君は?」
俺が返事をしようとすると、割って入るように七星が口を挟んだ。
「ぜってー行きます! だってこんなプラチナチケ普通なら手に入んないし!」
実に七星らしい。プライドの欠片もない。
「まぁ、七星くんならそう言うと思ったよ……。で? 大志は?」
「俺は……」
どうしたものか? スケジュール上は行けなくはないが……。
「ねぇみんな! せっかくだからみんなで行こうよ! ジュンの気持ちはわかるけど、敵情視察は大事だしさ!」
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『アフロディーテ』のライブは来月だ。その前に無事に俺たちの新曲が完成すれば良いが……。
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