純文学のブックマーク ~栞と五人の文芸部員~

海獺屋ぼの

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第一章 樹脂製の森に吹く涼しい風

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 店内にはプラスチックの組み上がる音がこだましている。店内のスピーカーから流れるBGMとその音が混ざり合い、不思議な空間を作り上げていた。彼らは淡々とそんな作業をしている。
 カウンターの掃除が一段落する頃には彼らの作る車は半分ぐらい仕上がっていた。真っ赤なスポーツカー。実用性よりも走行性に特化したフォルム。そんな車だ。
 私は彼らの工作を横目に再び執筆を始めた。カンターの裏からなら見えないし問題ないはずだ。
 いよいよ物語は佳境に突入する。主人公の出生の秘密が明らかになる。なぜ主人公の住む村が焼かれたのか、そしてなぜ生き残ることができたのか。それがいよいよ判明する……。まぁ、その理由はプロットの段階で確定はしていたけれど。
 主人公が運命的な再会を果たす場面を書こうとすると店内から「痛っ」という声が聞こえた。私はカウンターから身を乗り出し、客席に目をやった。
「あーあ、だから気をつけて組めって言ってただろ? 思いっきり切ってんじゃん」
「やらかしたよ……。浩樹、絆創膏持ってる?」
 どうやら普通な男の子がプラスチックで指を切ってしまったようだ。彼の人差し指から赤黒い血がにじみ出している。
「持ってない。ナプキンでも巻いとけば?」
「うん……。そうだね」
 背の高い男の子は紙ナプキンをちぎると普通な男の指に巻いた。
「あの! ちょっと待っててくださいね」
 私は彼らに声を掛けると店舗裏の自宅へ走った。リビングに行けば救急箱があるはずだ。
 救急箱を持って店に戻る。彼らは相変わらず紙ナプキンで指を押さえていた。
「なんかすいません……」
「いえいえ。えーと……。とりあえず消毒を」
 私は消毒液をガーゼに染み込ませると普通な男の指に当てた。彼の指先は細く、まるで女の子の指先のように見える。
「ほんとすいません。あとで絆創膏返します」
「いいですよ。気にしないで。でも怪我には気をつけてくださいね」
 私はそれだけ伝えるとカウンターの後ろに戻った。
 彼らはそれからしばらくプラモデル作りをしていた。私も自分の作業に集中した。物語の本筋が完結に向かおうとしている。登山で言えば九合目ぐらいだろう。
 一時間くらい経っただろうか? 彼らのプラモデルは完成したようだ。真っ赤で流線型のボディー。車体ボンネットの先端には馬が跳びはねるエンブレムが付いている。
「ご馳走様でしたー」
 背の高い男の子に声を掛けられた。普通な男の子も小さな声で「ご馳走様です」と呟く。
「はーい。ありがとうございました。無事、プラモデル完成したみたいでよかったです」
「ハハハ、余計な怪我しちゃいましたけどね。ほら水貴! もう一回お礼言っとけよ」
 背の高い男の子は普通な男の子にそう促した。どうやら普通な男の子は口数の少ないタイプらしい。
「本当にありがとうございました。後でお礼に来ます」
「本当に大丈夫ですよ! 早く傷治るといいですねー」
 普通な男の子は「そう……だね」と小さく呟くいて俯いた――。

 夕方。祖母が帰ってきた。
「おかえりなさい」
「ただいま。変わりなかった?」
「うん。大丈夫。お客さん来たけど一組だけだったしね」
 私は祖母からバッグと紙袋を受け取ると椅子の上に置いた。紙袋にはヨックモックと書かれている。おそらく中身はラングドシャだろう。
「栞ちゃんがいてくれるから助かるわ。今までは出かけるたびに休業だったから大変だったのよ」
 祖母はニッコリ笑うと私の頬を撫でてくれた。
「役に立ててよかったよ。今日はお父さんたち外で食べてくるってさ」
「あら? そうなのね。まったく困ったお母さんね」
 母は祖母から見れば実の娘なので遠慮がない。未だに平気で朝帰りするし、父は父でそんな母を完全に放置している。それでも夫婦関係が破綻していないところを見ると夫婦仲は良好なのだと思う。
「晩ご飯どうしようか? なんか作る?」
「そうね。じゃあ一緒に作りましょうか」
「うん! じゃあさ。海老クリームパスタがいいな。作り方覚えたいし」
 海老クリームパスタ。祖母の店の看板メニューだ。
「いいわよ。じゃあ作り方教えるね」
 お料理教室決定。これでまた店番のレベルが上がる。
 それから私たちはエプロンを着けて店の厨房へ入った。自宅部分にも台所はあるけれど、ここの方がなにかと都合がいいのだ。
「そうしたら栞ちゃんは海老の殻剥きお願いね。味付けは一緒にしよう」
「はーい。上手くできるかな……」
「最初は難しいけど大丈夫! 栞ちゃんはあの子……。お母さんよりも料理上手だから。さぁ始めましょうか」
 冷凍海老を解凍し殻を剥いた。背わたを楊枝で丁寧に外す。手前味噌だけれど、私は指先を使う作業が得意だと思う。ハンドクラフトや包丁で飾り切りするのを難しいと思ったことがない。だから海老の調理自体はさほど難しくはなかった。むしろ難しいのは調味料のバランスと火加減の方だろう。
 背わたを取った海老を祖母に渡すと、祖母は丁寧に調味料の分量を教えてくれた。母にもたまに料理を教わったけれど、母は大雑把なのか「こんくらい入れてね」としか教えてくれない。そのお陰で「こんくらい」を観察する癖はついたけれど、祖母くらい丁寧に教えてくれた方がありがたいと思う。
「トマトピューレを加えるんだけど、なかったらトマトジュースで代用してもいいわよ。クリームに対して三対一ぐらいの分量ならウチの店の味に近くなると思うから」
「そっか。三対一ね」
 私はメモを取った。メモ帳の表紙には“お料理メモ”と書かれている。気が付けばこのメモも三冊目だ。
 祖母の手際は本当に良い。パスタを茹で始めるタイミングからソースパンを強火にするタイミングまで無駄がなかった。職業的に調理をしているので当然なのだけれど。
「じゃあパスタを盛り付けてくれる? スープ多いから真ん中に寄せてね。その方が綺麗に見えるの」
「わかった!」
 白い皿にクリーム色のパスタを盛り付ける。パスタをらせん状に盛り付ければ準備OKだ。
「先に海老を盛り付けてからスープ入れて。海老は対角線上に乗せる感じで」
 パスタの上にスープと具材を盛り付ける。海老のオレンジとアスパラガスの緑が白い皿の上で存在を主張していた。我ながら芸術的な盛り付けだと思う。
「はい! よくできました!」
「エヘヘ、ありがとー」
 盛り付けられたパスタを見ていると嬉しい気持ちになった。私と祖母の合作。これからは私も店で作れると思う。
 リビングにパスタを運ぶ。ストックしてあったコンソメスープも一緒だ。
「いただきまーす」
「はい、いただきます」
 それから私たちは一緒にパスタを食べた。トマトの甘みと酸味がちょうど良く、店で出しているのと同じ味がする。
「うーん。美味しい! お婆ちゃんのパスタやっぱり美味しいよ」
「ウフフ、ありがとう。栞ちゃんのお陰よ。今度は一人で作ってみるといいわ」
 祖母は上品に笑った。改めて思うけれど祖母は貴婦人なのだ。私は見た目こそ母親似だけれど、性格や好みは祖母に近い気がする。まぁ、祖母みたいに上品に何でもできる気はしないけれど。
 祖母と話していると幸せな気持ちになれた。嫌なことや不安も忘れることができたし、彼女に深く感謝することもできた。だから東京に越してきて一番良かったのはきっと祖母と暮らせるようになったことだと思う――。

 少しずつだけれど東京での暮らしも悪くないと思うようになった気がする。こちらで人間関係を作るのは少し面倒臭くもあるけれど、両親や祖母がいてくれれば何とかなる気がした。
 そんなことを思い始めた頃、私のもとにあの男の子がやってきた。
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