純文学のブックマーク ~栞と五人の文芸部員~

海獺屋ぼの

文字の大きさ
15 / 64
第一章 樹脂製の森に吹く涼しい風

15

しおりを挟む
 一〇月になった。文芸部は未だに公式の部活動にはなっていない。気がつけばドストエフスキーの本も二作目に突入している。罪と罰。これも彼の代表作だ。
「川村さん読むの速いよね」
「慣れてるからねー。まぁ、翻訳さんが綺麗に翻訳してくれてるから余計ね」
 水貴はすっかり海外文学に飽きたのか、日本の古典作品を読み始めていた。彼の手には太宰治の斜陽が握られている。
「それにしても……。ぜんぜん入部希望来ないね。すっかり読書同好会だよ」
「ハハハ、本当だね。まぁ気長に待つよ。執筆は家でもできるしね。水貴くんはなんか書いてるの?」
「うーん……。書いてないかな。ほら、僕って話書くより正しい文章書く方が得意だからさ……。なかなか上手く小説書けないんだよね」
 水貴はそう言うと小さく首を振った。おそらく彼にとっての文学は情緒だとか表現ではなく作業に近いのだと思う。作業……。言い方を変えれば編集者向きなのだろう。
 私たちはそうやって毎日、文芸部室(仮)で放課後過ごしていた。特に会話らしい会話もない。部員が集まらないとか、授業であれが難しかったとかその程度の話はしたけれど、ただそれだけだ。
「分かってたんだけどさ。やっぱり異邦人は難しいね。やっぱりカフカのほうが読みやすい気がするよ」
「わかる! カミュの本って難しいよね。何回か読んだけど実験的すぎて読むのが大変だったよ」
 カミュの異邦人。その本は母の書斎に置いてあった。不条理文学の最高傑作のひとつだけれど、正直私には難しすぎると思う。母はカミュの本を好んで読んでいたけれど、私はロシア文学の方が肌に合っている気がする。
 特に読んだのはドストエフスキーとトルストイ。トルストイは小学校から読んでいるのでかなり読み込んでいるし、アンナ・カレーニナは何回読んだか分からないほどだ。
「さすがに太陽が眩しいから人を殺すなんて異常だよね」
「本当にねー。ま、不条理文学ってそんなもんだと思うよ?」
 実に文芸部らしい会話だ。まぁ、カミュやカフカは小学生でも読んでいる子がいるので内容的にはかなりメジャーだとは思うけれど……。

 私たちが読書会をしていると部室のドアが開いた。
「こんにちは……」
「あ! いらっしゃい。来てくれたんだね」
 ドアの向こうには楓子が立っていた。彼女はスクールバッグと大きなリュックを背負っている。
「珍しいな……。楓子から来るなんて」
「来ちゃ悪かった?」
「いやいや、そんなことはないけどさ」
 水貴は得体の知れない生き物を見るような目をしている。小学校からの友達なのにどうかと思うけれど。
「川村さんひさしぶり。部員集まった?」
「ううん。ぜんぜん……。やっぱり部員集めって大変だね」
「そっか……」
 楓子は少し残念そうにうなずく。
「ねえ楓子? 名前だけでもいいから文芸部入ってくれない? そうしたら部活昇格なんだ」
「前に川村さんにも言ったけどそんな暇はないよ。学祭のときなんかやるんでしょ?」
「学祭か……。まぁ、それはまだ未定だけどさ。でも楓子に面倒なんかやって貰おうとか思わないからさ」
 水貴の勧誘に楓子は「ふーん」と興味なさげな返事をした。
「私も楓子さんに入って貰いたいかな……。水貴くんの言うとおり、面倒ごとはやらなくていいから!」
「……。分かったよ。じゃあ名前だけ貸すよ」
「ほんと!? ありがとう!」
 私は彼女の手を掴んで何度も頭を下げた。楓子は恥ずかしそうに「いいよ別に」と顔を赤くする。
「よしよし。さすが川村さんだね。まさか楓子が折れるとは思わなかったよ」
「面倒ごとないならいいよ……。あとここの方が机広そうだしね」
 楓子は照れ笑いを浮かべながら頬を掻いた――。

 それから楓子は文芸部の部室のドアに貼るポスターを一枚描いてくれた。心なしかこの前より明るく楽しげなイラスト。
「そういえば部長はどっち?」
 ふいに楓子が私たちの顔を見比べながらそう言った。
「え? ああ、そういえば決めてなかったね……。水貴くんで良いと思うよ」
「いやいや……。僕じゃ部長っぽくないよ。やっぱりちゃんと文芸できる人じゃないと」
「……。ということは私?」
 選択肢の少ない消去法だ。楓子も「うん。川村さんが適任だと思う」と水貴に同意した。
「じゃあ、川村さん部長ね」
 楓子は満足げにうなずく。
 こうしてたった三人の文芸部がスタートした。まぁ、中学校はずっとこの三人で活動して終わるわけだけれど――。                    
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

**俺、東大院生の実験対象にされてた。**同居している美人家庭教師のやばい秘密

まさき
青春
 俺は今、東大院生の実験対象になっている。  ある雨の夜、アパートの前にずぶ濡れの美女が立っていた。  「家庭教師です。住まわせてください」  突然すぎる申し出に困惑しながらも、なぜか断れなかった。  桐島咲楽、東大大学院生。成績は天才、料理は壊滅的、距離感はおかしい。毎日転ぶ、焦がす、なぜか距離が近い。そのくせ授業は鬼のように丁寧で、俺のことを誰よりもよく見ていた。  偏差値42だった俺の成績は、気づけば上がっていた。でも、それより気になることがある。  咲楽さんが、研究ノートに何かを書いている。「被験者」という文字が、見えた気がした。  距離が近いのは、データのためか。褒めてくれるのは、実験のためか。でも、あの顔は。あの声は。  「データじゃなくて、私がそう思っています」  嘘をついているような顔じゃなかった。  偏差値42の俺に、東大院生の美女が押しかけてきた。ドタバタな毎日の中で、俺の心臓が休まる暇がない。これはドキドキなのか、心配なのか。それとも、もう恋なのか。  不器用な天才と、鈍感な高校生の、やばい同居生活。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

処理中です...