悪魔の手の中 改訂版

文字の大きさ
2 / 35
前編

始まり

しおりを挟む
いつもの夕暮れ時の帰り道、赤く染まる景色をぼんやりと眺めて歩いていたら「真澄ますみ」と、俺を呼ぶ声がした。

俺より背の高い彼を見上げるのと同時に、唇に何かが触れる。

柔らかい感触のそれが彼の唇だと気がつくのに時間はかからなかった。

固まったまま、目を見開く俺に彼はいつも通りに柔和な笑みを浮かべて、ふ、と笑う。

もう一度、重なってくる彼から逃げようとは思わなかった。

今度は深く口付けをされる。
唇を割って入ってきた舌に少し驚くが、恐る恐る舌を突き出せば、ぴたりと一瞬、彼の体が静止する。

それも束の間、激しく舌を絡めとられ、顔がじんと熱くなり頭がぼんやりしてくる。

誰かに触れられ、求められることが、こんな幸福感で包まれることだなんて知らなかった。

これが、もし、偽りの幸福感だとしても逃したくはない、そう思った。

ーーーーーーーーーー

幼馴染の天羽楓あもうかえでは俺とは正反対の人間だ。端正な顔立ちに抜群のスタイル。頭も良くて社交的で友達も多い。

いつも柔和な笑みを浮かべていて、堂々としているけど彼の纏う雰囲気は穏やかで偉ぶってない。

そんな完璧な彼が気取っていると悪口を言われているところも見たことはなく、常に人に囲まれている。何でそんなに器用に生きれるのか不器用な俺には分からなかった。

柔和な笑みと落ち着いた柔らな声は、彼を同級生より随分と大人っぽく見せた。

それがどうだろう。

今、目の前にいる彼のくすくすと、ひかえめだが笑いを声を漏らし、俺の手をぐいぐいと、楽しそうに引っ張る姿は子供っぽく見えた。

何がそんなに楽しいの?

そう聞くよりも前に、彼の家の中へと導かれた。

階段を駆け上がるその足取りは子供のように軽く、置いていかれないように慌てて足を動かした。

見慣れた彼の部屋に入り込むとすぐにドアを閉じられ、また深く口付けをされる。

「んっ……、」

頬を優しく包んでいた彼の美しい手のひらが腰へと移動し、するりと撫で付けられた。

唇が離れ、静かな部屋で視線が絡み合う。

長いまつ毛で縁取られた美しいその瞳はいつものように穏やかな色ではなく、熱を孕んだ色をしている。そして形の良い唇が弧を描いた。

唾液で濡れた、その唇の色がやけに赤く、艶やかに見えた。

彼の初めて見る表情に気を取られている内に、いつの間にかベッドへと誘導される。

言葉などで確認するような、雰囲気をぶち壊すようなことを決して彼はしなかった。

俺が嫌がっているようには見えなかっただろうし、嫌がることはないと確信していたのもあるだろう。

シングルベッドに二人分の体が沈んでいく。

俺の服を捲り上げ、腹部を撫でた、その長く美しい指がどんな意図を持って動かされているのか、俺はとうに気づいていた。

気づいていて受け入れた。

どんな形でさえ、誰かに求められることがこの上なく心地よかった。

この心地よさと幸福感を知ってしまったら拒むことなんてできなかった。

求められることで、空っぽな自分の価値をようやく見出すことができる気がしたんだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

灰かぶりの少年

うどん
BL
大きなお屋敷に仕える一人の少年。 とても美しい美貌の持ち主だが忌み嫌われ毎日被虐的な扱いをされるのであった・・・。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

創作BL短編集

さるやま
BL
短編まとめました。 美形×平凡、ヤンデレ、執着・溺愛攻め多め

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

【創作BL】溺愛攻め短編集

めめもっち
BL
基本名無し。多くがクール受け。各章独立した世界観です。単発投稿まとめ。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

BL短編

水無月
BL
兄弟や幼馴染物に偏りがちです。

氷の檻に閉じ込められた月~兄上のすべては、私のもの~

春野ふぶき
BL
『兄上は私のものだ。魂も、肉体も。永遠に―—』 アーヴェント侯爵家の長男ライカは、妾腹として正妻に虐げられ続けてきた。 唯一の救いは、次期当主を目される異母弟カイエンの存在。 美しく聡明で、氷の騎士と呼ばれる彼だけは、常にライカの味方だった。 だが、その愛情は兄を守るものではなく、深く歪んだ執着だった。 母を排除し、兄を囲い込み、逃げれば鎖で捕らえる。 そしてついに、ライカの心身は限界に追い詰められていく。 ——カイエンが下す「最後の選択」とは。 ふたりが辿る結末は、幸福か、それとも狂気の果てか。

処理中です...