悪魔の手の中 改訂版

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前編

完璧な彼と悪口

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午前の授業も終わり、昼休みの時間に入る。

「うへー、疲れたー。」

前の席の水瀬が伸びをしながら、気の抜けた声を漏らす。

授業中とは打って変わってざわざわと騒がしくなった教室で、ある生徒の方へと目を向けた。

教室の隅で背中を丸め、いそいそと机の上の教科書を片付けている小柄で冴えないその生徒の姿を確認し、俺も急いで机の上のものをしまう。
そしてスクールバックから取り出した弁当箱を掴み、彼のもとへと行こうとした時、水瀬が振り返った。

「そうだ、早川。一緒に昼飯食べない?」

「………え。」

まさかの申し出に固まる俺に構わず、水瀬は教室のある一点に向かって手を振る。

 凌吾りょうご~。凌吾、早く来いって。」

水瀬が呼んだのは水瀬が最近、行動を共にしている仇野あだしのだった。
仇野は不登校だった生徒で、ここ二週間前から急に登校するようになった。パッと見、暗そうで冴えないように見えるが長身の見た目に、顔を隠すように長い前髪の隙間から見える眼光は鋭い。勝手にだが苦手意識を持っていた。

「早川、凌吾も一緒にご飯いい?」

「………あ、」

勝手に進んでいく話に戸惑い、ちらりと教室の隅に視線を送ると彼と視線が合う。おろおろした様子でこちらを不安そうに眺めている。

「んー、そっか。苗代なえしろも一緒にどう?」

その様子に気づいたのか水瀬がニコっと屈託のない笑顔を浮かべ、提案する。

「……うん。」

「よっしゃ、じゃあ決まりな!俺、今日は弁当持ってきてなくてさ。購買寄ってから、よかったらみんなで外で食べない?」

誘いに抗う術がなく、流されて頷く俺に水瀬は意気揚々と立ち上がった。

ーーーーーーーーーー

水瀬とは少し話すようになったけど、この距離の詰め方はなんだろう。

できれば、目立ちたくない。

教室で話す分には良いけれど、こうやって教室外で一緒にいるのは水瀬の整った容姿と人気から多くの人の目に溜まってしまう。

いつも学校生活を共にしている苗代も、俺の横で更に背中を丸めながら歩いている。
言葉を交わさずとも同じ気持ちだと分かった。俺と苗代は気弱な性格で、思ったことも上手く言えないところが一緒だった。だから、彼の気持ちが手に取るように分かる。

ごめん、苗代。
そう心の中で謝りながら、水瀬と仇野と俺と苗代の4人で廊下を歩く。

男女問わず他のクラスの生徒から声をかけられると、水瀬は愛想良く応えていた。

昼休み中の廊下はいろんなクラスの生徒で賑わっていて様々な声で溢れている。俺たちのように購買に行こうとするものや、昼ご飯も食べずに喋りこんでいる生徒もいる。そんな中である声が耳に溜まった。

「なにあれ。水瀬のやつ、ボランティアかよ。周り、暗くて雑魚そうなやつばっかじゃん。」

だから嫌なんだ。目立つのは。

それでも敵視されているわけではない。ただ蔑まれているだけだ。

俺みたいな見た目や性格をしていると、こういうことをたまに言われる。気にしなければいい、そう思っても耳にこびりついたようにその言葉が離れない。

ふと、横で肩を並べ歩く、苗代に目を向ければ悲しそうな顔をして目を伏せている。彼にも聞こえてしまったようだ。やっぱり苗代と俺は似ている。こんな騒がしい中でも悪意のある言葉を拾ってしまう。普段から周りの目を非常に気にしているからだ。

「さっき、なんて言った?」

だから、水瀬がその言葉に気付いたのには驚いた。

さっきまでニコニコと笑顔を浮かべ、人懐っこさ全開だった水瀬が真剣な顔でとある男子生徒の腕を掴んでいる。

「な、なんだよ。」

「俺を馬鹿にするのは良いけど、俺の友達が傷つくことを言うのはやめてくんない?」

切れ長の目でじっと見つめ、圧をかける水瀬に男子生徒は怯えた表情を見せる。教室での明るくて人懐っこい水瀬しか知らない俺も、その場に足が引っ付いたように動けなくなった。

気付いた時には俺たちのいる空間だけ空気が張り詰めていて、それに気付いた生徒達の話し声が止む。無数の視線がいっせいに俺たちに向けられる。

「べ、別に、本当のことだろっ。」

注目の集まった場で屈するのはプライドに傷がつくと判断したのだろう。男子生徒は怯えながらもそんな言葉を吐いた。

無言で睨み上げた水瀬には、ただならぬ雰囲気が漂っている。男子生徒がひっ、と小さく悲鳴を上げる。一触即発な状況だが、言葉が出ない。

俺たちのことはいいから、そう言ったら苗代と仇野の気持ちまで踏みにじってしまうかもしれない。余計、水瀬の気に触れるかもしれないし、普段から思ったことも言えない俺が、人目が集まったこの状況下で言える気がしなかった。その時、ぎゅ、っと手を握り締めるしかなかった俺の前をふわりと良い香りが通り抜ける。

爽やかで嫌みのないシトラスの香り。

あ、この匂いを俺は知っている。いつもそばで嗅いでいる。落ち着く匂い。

「ごめんね、嫌な思いをさせて。君の大切な友人を傷つけるようなことを言ったの謝るよ。
この子、俺の大事なクラスメートなんだ。一緒に謝るから許してくれない?」

聞き慣れた穏やかで落ち着いた声の持ち主、楓が水瀬と男子生徒の間に立っていた。

「……ご、ごめん。」

楓が来たことで安心したのだろう、打って変わった様子で謝った男子生徒に水瀬は掴んでいた腕を離す。

「…俺のほうこそ、怖がらせて悪かった。もう、さっきみたいなこと言うなよ。」

一瞬でその場を収めた楓に俺たちに向いていた無数の視線は散っていく。賑やかさを取り戻した廊下で聞こえるのは楓を賞賛する声の数々。


ー本当、天羽って、できたやつだよなー。
ー天羽くんって見た目だけじゃなくて中身もイケメンだよね。
ー見捨てないで、自分も一緒に謝るのさすがだよな。
ー楓くんが彼氏になってほしー。超、タイプ。


最後の女子生徒の言葉以外は同意だ。本当に楓は俺とは違って、堂々としていて優しくてカッコいい。完璧な人間だ。

そう思っていた時。ぽつりと、誰かの呟いた声が耳に届く。

「………うさんくさ。」

思わず、声のした方向を見ると仇野が楓の方を白けた目で見ていた。

初めて楓の悪口を言っている人を見た。

とても驚いたが、仇野に気付かれるよりも前に慌てて視線を逸らした。
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