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前編
暴かれた本性
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(※暴力的な描写や性的な言葉が含まれます。苦手な方はご注意下さい。)
「う゛っ……」
パーマのかかった鬱陶しい髪型をした生徒、三好悠真は呻き声をあげ、ゆっくりと瞼を開いた。
正直、この件がなければ、わざわざ名前を思い出す気にもならないくらい、どうでもいい存在だった。
「いい天気だね。」
いつもの表向きの柔らかい笑顔をつくり、三好に話しかける。
「君みたいなクズには、勿体無いくらいの綺麗な青空だ。」
雲一つない、清々しいほど青一色の空が目に入り、そう言った。
虫ケラにこんな空は相応しくない。
「今から、ここから君を落とすけど、言い残すことってある?」
まだ頭が朦朧としているのか、三好は上半身がフェンスの外側にあるのに暴れもしなかった。けれど、フェンスの金網越しのその瞳だけは鋭く俺を射抜いていた。
「…ああ、そっか。君のことを惜しむ人なんていないだろうから、何もないか。」
「……ハッ、キチガイが。いつもの優等生ヅラ、忘れてっけど。」
やっと意識がはっきりしたのか、本性をあらわにしながら俺をあざけるように三好は鼻先で笑う。
どうやら、皺のない滑らかな脳みそでは自分の置かれている状況すら理解できないらしい。下劣な上に、どうしようもなく可哀想な生き物の会話に、少しだけ付き合ってやることにした。
「君、中学の頃から暴行やレイプを繰り返してるんだってね。
家族に無視され続けるくらいで、そんなに傷ついて荒れるもんなんだ?
見た目によらず、随分、繊細な心を持ってるんだね。
…よかったら俺が話聞こうか?」
普段同級生の悩み事を聞く時に浮かべる、相手を不快にさせず心を開かせるために最適な控えめな微笑みをその可哀想な生き物、三好に向ける。
すると、威嚇するように三好は自らの上半身をフェンスに打ちつけた。
フェンスが大きく軋んで揺れ、その体がぐらりと傾く。三好の下半身を支えていた男子生徒が「―あっ!!」と短く声を上げて、慌てて踏ん張った。
おかしいな、みんなには“この顔”をするだけで十分なのに。お気に召さなかったみたいだ。
微笑みを貼り付けたまま、三好の顔を眺めていると、鬼のような形相で睨みつけられる。
「勝手な妄想して、ほざいてんじゃねぇよ。」
三好を取り巻く空気が一気に、凶暴なものへと変わるのを感じた。
家族の話題は、三好にとって感情の均衡を崩す引き金だと事前に把握していた。こいつの情報なんてまるで興味なかったが、精神を嬲る道具としては非常に有効だ。使わないわけがない。
「ああ、ごめんね。
誤ったことを言って、君を怒らせてしまったんだよね。家族って言い方は確かに悪かったよ。
君の家族は本当の家族とは言えなかったね。
確か…君だけが血が繋がってない。
―まがいものだ。」
「っるせえ!!それ以上、喋ったらぶっ殺すっ!!」
想定通りすぎるくらい、俺の言葉に目をひん剥いて噛みついてきそうな勢いで怒鳴る三好に、思わず笑いが漏れる。肉体と精神を壊す悦楽はいずれも甲乙つけがたい魅力を孕んでいると実感する。
「殺す?
君の方が、どう見ても殺されかけてる側なのに?
やっぱり、脳の働きが乏しい人は状況判断もできないんだね。可哀想に。」
三好は怒りをなんとか鎮めようとしているのか、荒い鼻息を繰り返しながら歯を食い縛った。そして少し間を置いてから、ニヤリと下品な笑みを浮かべた。
「お前、ずいぶんと早川にご執心みてぇだけど、あいつはお前のこと特別なんて思っちゃいねぇよ。さっきだって俺のでけーので、派手に喘いでんの見ただろ?
いーとこ突いてやると、ねだるようにあそこ締め付けて離さねぇんだよ。
あいつ…俺と初めてヤッた時も無理矢理ケツに突っ込まれてんのに、勃起して涙流しながら悦んでたぜ。天羽じゃなくても、ちんこついてたら誰でもいいみたいだな。」
わざとらしい露骨な挑発など、さらさら乗るつもりはなかった。俺はこいつみたいに煽られて、無様に吠えちぎるような馬鹿ではない。そんなみっともない姿を見せることは死に値するくらい格好悪い。
けれど、その言葉で、保健室のベッドの上で、自ら進んで受け入れるように三好の背に足を回していた真澄の姿を思い出してしまう。
ネクタイで隠された目元に赤く上気した頬、だらしなく半開きになった唇からは大きな喘ぎ声を漏らしていた。薄いお尻と太ももは快楽に抗うことなく震え、時折小さく跳ねていた。
俺以外の他人に犯され、仰け反ったその身体はグロテスクなほどの色気を放っていた。その姿には恥じらいは一切なく、三好の言葉通り、壊れて、ただ快楽を求め、貪っているように見えた。
「つーか、イく寸前にお前、邪魔すんなよな。
あいつ、今頃ムラついて水瀬あたりでも押し倒して、またガンガンに腰振って大声で喘いでんじゃねーの?
王子様気取りなのか知らねぇけど、こうやって必死に動いてるお前のことなんかマジどーでもよくて、他の男に抱かれに行ってんだよ、あのビッチ。お前はただの使い捨てディルドだったわけ。お疲れさん。」
ー『ねえ、真澄のここ…、知っていていいのは俺だけだよ。…俺以外には、教えちゃダメだから。』
続けて三好の口から吐かれた言葉が引き金となり、あの日、真澄の耳元で囁いた、言葉が蘇る。
真澄はあの日、初めて快感を知り、戸惑い、恥じらいながらも俺のものを受け入れた。そして息を呑むほど、美しくしなるその体に確かに俺の痕を刻んだ。
絶対に誰にも触れさせない、これは俺のものだと。
それなのに、俺が使い捨てだって?
勘違いも甚だしい。
“あれ”は俺の“もの”だ。
俺を使い捨てるなんて、そんな意思なんて持たせやしない。ましてや、俺以外の人間と関係を持つなんて、笑わせてくれる。
そんなこと、起こるはずねぇに決まってんだろ、この屑が。
気づいたら、三好の肩甲骨あたりをブレザー越しに鷲掴んでいた。
一度自分の方へその体を引き寄せ、それから躊躇なくフェンスの金網に叩きつける。金属がひしゃげるような音と、耳障りな呻き声が辺りに響いた。
何度も、何度も、その体を繰り返し叩きつけた。
「あっ、あも、天羽……っ、」
三好の体を下に落とさぬように必死に脚を支えている男子生徒が、震えた声で俺を静止しようと名前を呼んだ。けれど、俺の表情を見た途端、小さく悲鳴を上げ、それ以上は何も言わなかった。
三好のブレザーは乱れ、隙間から見える白いシャツには赤黒い染みがじわりと広がっていた。シャツの布地はところどころ擦り切れ、破れている。
フェンスに押し付けられ、血を流しながら苦しそうに呼吸をしながらも三好は、懲りずに血走った目で俺を睨みつけていた。
それを見て、幼い頃を思い出した。
猫を締め殺した時のあの感覚が呼び覚まされる。
胸が自然と昂った。
最後にもう一度、三好の体をフェンスに叩きつけると、俺はようやく動きを止めてその体から手を離した。
胸の奥ではまだ熱のようなものが渦巻いている。けれど、乱れた思考が静かに元の輪郭を取り戻していくのを感じた。完全に衝動が消えたわけではないが、制御できるだけの落ち着きは戻っていた。
「……君ってさ、優秀な弟がいるんだってね。」
三好の傷口に塩を塗り込むような言葉を選んで、放つ。まだ、この玩具を手のひらで転がし、握り潰して壊し、愉しむ気でいた。
「だったらさ、尚更、君みたいな血の繋がってない出来損ないの方は、家族には必要ないよね。
素直にその事実を受け入れなよ?
構ってもらいたい人に、構ってもらえないからっていつまでも惨めなプライド慰めるために人を痛めつけてさあ…、そういうの哀れって言うんだけど、知ってる?」
フェンスに顔を寄せ、金網の穴から三好のその反抗的な表情を覗き込み、反応を伺った。
「っ……それ、お前のことだろ。
何とち狂ってんのか、知らねぇけど…、
早川みてぇな、なんの価値もねーやつにここまでこだわって…マジで馬鹿だろ。
普通にしてりゃ、勝ち組のお前が…それ手放すかもしれねぇこと、平気でやって……正気じゃねぇな。
どうせ…“恋だの、愛だの”ほざいて…、キチガイじみた行動を正当化して、そんで頭の中で理想化した早川と…妄想の世界で生きてんだろ……。
見たことねぇよ…そこまで堕ちてる人間……。
お前みてぇなのが…一番、滑稽で、哀れなんだよっ。」
体の痛みに耐えながら苦しそうにそう言い返した三好の瞳に、自分の瞳がくっついてしまいそうなほど近づいて凝視する。
「うるさいな、低脳が。
お前の考えは浅いんだよ。
その皺のない脳みそじゃ、あれの価値は一生理解できねぇだろうな。
俺たちの間にあるのは恋とか愛とか、そんな乳臭くて甘ったるいクソみたいなもんじゃねぇんだよ。
あれをぶっ壊すなら、とっくに俺だって決めてんのに、お前みたいな薄汚いカスが台無しにしやがって、黙って死ねよ。」
声はいつになく低く、冷たく響き、熱は全く帯びていなかった。それでも、その声で発せられた言葉には俺の本性と欲望が剥き出しになって現れていた。
しばらくの沈黙の後、三好の喉が震え、声がわずかに漏れた。肩は小さく揺れている。
「……ぶっ、ははっ!お前っ…、マジ、イカれてんじゃん!
早川のこと守りてーから、ここまでやんのかと思ったら……、壊したいから?
……は?意味わかんねーよ。
っはは、何?そういうわけわかんねぇ類の、病んでる恋愛映画とか観て影響受けちゃった感じ?
つーか…、そんなきめぇ理由で俺のこと、殺すつもりなのかよ…っ
ああ、マジでっ……っざけんなよ、お前も早川も…マジ気色わりぃんだよっ!!」
三好は吹き出し、俺を嘲笑したかと思えば、次の瞬間には怒りをぶつけるようにフェンスの上で暴れた。縛られた状態で、不恰好にもがくその姿は、地面を這う毛虫のように滑稽だった。
ふと思い出したように、スラックスのポケットからスマホを取り出し、画面を確認する。もう玩具で遊ぶ時間は残されていなかった。
時間切れだ。
「矢野くん。一限目の授業があと2分で終わるから、チャイムが鳴った直後に、この見苦しいのを屋上から落としてくれるかな?」
くるりと振り返り、三好の下半身をしっかり掴んでいるが唖然としている男子生徒、矢野に話かける。過去に昼休みの廊下で、水瀬たちも含めた真澄の悪口を言った愚かな生徒だ。俺が制裁を与えた。
「派手にいこうよ。
君、水瀬くんの人気に嫉妬してあんなこと言ってしまったんだよね?
ここからこいつ落としたら、たくさんの視線を集めることができるよ。
水瀬くんのくだらない人気なんて、霞んじゃうくらいのね。
…良い提案だと思わない?」
すっと一瞬だけ三好へ視線を移し、矢野を促す。
「……は?
なっ…、なに言って……そんなことっ、できるわけないだろっ!!」
矢野は俺の言葉に目を見開き、怯えた顔つきを一変し、今にも俺に掴みかかってきそうなほど怒気を含んだ表情をして声を荒げた。
「しないの?
しないのなら、君もここから飛び降りてもらうことになるけど…、いいよね?」
静かに微笑んでそう告げると、矢野は息を詰まらせ、わずかに身を引く。そして三好の脚を掴む手と、膝を大袈裟なほど震わせた。
顔はあっという間に青ざめて、また惨めなくらい怯えた表情に戻った。かと思えば、今度は悲しみと怒りが入り乱れた表情で、幼児が駄々をこねるように喚いた。
「っ……、やだっ、絶対、嫌だっ!!
ごめ、ごめんっ、許してっ、本当、ごめんなさいっ。
ど、どっちも無理…無理だって!
俺みたいなビビりにはできるわけないだろ!!勘弁してくれよっ!
もう…、もう十分痛い目に遭ったし、謝っただろ!?何回もっ!
足りないんだったら早川たちの前でもまた、謝るからっ!許してっ…、
それにっ、今も天羽の言うこと聞いて、従ってんのに…、それなのにっ、なんでっ、まだ俺にやらせるんだよ!?
なんでだよ……なんで、こんなに追い詰めんだよっ!!」
矢野のその言葉に眉がごくわずかに動く。気づける者などいないほどに。
手間を取らせるなよ、面倒くさい。
「落とすのか、落とさないのか、どっち?
すぐに答えないなら、君にはもう選択権ないから。」
微笑みを崩さないまま、それでも脅すように言えば、矢野は慌てて、懇願するように俺の顔を見つめた。
「…っ、待って!待って、って!
落とすからっ!ちゃんと言うこと聞くからっ…、お願いっ、これ以上、俺に酷いことしないでくれっ!!」
「ハッ…、俺よりお前の方がとことんクズじゃん。
誰だよ、こいつのこと模範生徒とか言って、持ち上げ始めた奴。」
三好はその様子を見ながら、鼻で笑ったが、カチカチと歯を鳴らし、小刻みに震えているのを隠せていなかった。
なんだ、こいつも怖いのか。
「み、三好、ご、ごめっ…、ごめんっ!!
お、俺、お前に恨みとかないからっ!!
でも、命令されてやるしかなくて…それでっ、だからっ…!
もし…、もし死んだとしても、俺のこと恨まないでくれよ……?
…だって、俺は悪くないよな?
そ、そうだっ!悪くないっ!
悪いのは水瀬だろっ!!
あいつがあんなふうに目立つからっ…、
俺が妬んで、悪口の一つや二つ言うのも仕方ねぇだろっ!!
アイツっ…、いつも俺を、最悪な気分にさせやがって……こんな目に遭ってるのも元はと言えば、全部アイツのせいだ…っ!あの日だって…大勢の前で俺にっ、恥をかかせたっ…。
許せねぇ…許せねぇっ…!許さねぇッ!!」
錯乱して取り乱す矢野を無視して、三好は鋭い眼光で俺を睨みつけた。
「おい、……クソ天羽。」
深く、重く、ドス黒い何かが滲み出た声で俺を呼ぶ。三好の体につい先程の震えはなかった。
「お前と、お前が“大好き”なクソお粗末な早川…、
ぜってえ、俺がまとめて地獄に引き摺り込んでやる。
こんな外道なお前が、スカした顔で生きてけるわけねぇんだよ。
覚えとけ……次は、おめえの番だ。」
三好の呪いと断罪が混じった言葉に微笑みを返す。その言葉になぜか不思議と心が軽くなった気がした。返答はせずに、屋上の扉へと足を進めた。
そして扉のドアノブに手をかけたちょうどその時、授業の終了を知らせるチャイムが鳴り響いた。
直後、ドンッと何かが突き落とされる音が背後から聞こえる。数秒の静寂の後、バチンっと重みのある物体が地面に叩きつけられる衝撃音。
それとほぼ同時に校舎のあちこちで、悲鳴が重なり合って響き渡るのが耳に届いた。気が触れてしまったのか、矢野がぶつぶつと笑い混じりに呟き続けている声も聞こえてくる。
そんな中、三好悠真の死に際の言葉を思い出す。
もう用のない過去の制裁対象の言葉を、反芻するのは初めてだ。
少しだけ思考を巡らせてから、ポツリと呟いた。
「俺と真澄はもう地獄に堕ちてるのに…、」
真澄が俺の中の悪魔を目覚めさせた、あの日からー
それなのに…いったいあの屑は、これ以上、俺たちをどこに連れていくつもりなんだ?
目の前の冷たいドアノブの感触を感じながら、ひねる。カチャリ、と微かな音がして、扉が開いた。
……ああ、こんなくだらないことを考えている場合じゃない。早く、真澄に会いに行かないと。
壊れた真澄を、なんとか元の形に戻すんだ。
たとえ、最後に壊してしまうのがこの手だったとしても。
今はまだーー
(※三好に楓が煽られ本性を見せたエピソードなので、暴かれた本性というタイトルにしました。ですが三好も本性丸出しなので本性というタイトルには複数の意味があります。おまけに矢野も恐怖から本性丸出しです。)
「う゛っ……」
パーマのかかった鬱陶しい髪型をした生徒、三好悠真は呻き声をあげ、ゆっくりと瞼を開いた。
正直、この件がなければ、わざわざ名前を思い出す気にもならないくらい、どうでもいい存在だった。
「いい天気だね。」
いつもの表向きの柔らかい笑顔をつくり、三好に話しかける。
「君みたいなクズには、勿体無いくらいの綺麗な青空だ。」
雲一つない、清々しいほど青一色の空が目に入り、そう言った。
虫ケラにこんな空は相応しくない。
「今から、ここから君を落とすけど、言い残すことってある?」
まだ頭が朦朧としているのか、三好は上半身がフェンスの外側にあるのに暴れもしなかった。けれど、フェンスの金網越しのその瞳だけは鋭く俺を射抜いていた。
「…ああ、そっか。君のことを惜しむ人なんていないだろうから、何もないか。」
「……ハッ、キチガイが。いつもの優等生ヅラ、忘れてっけど。」
やっと意識がはっきりしたのか、本性をあらわにしながら俺をあざけるように三好は鼻先で笑う。
どうやら、皺のない滑らかな脳みそでは自分の置かれている状況すら理解できないらしい。下劣な上に、どうしようもなく可哀想な生き物の会話に、少しだけ付き合ってやることにした。
「君、中学の頃から暴行やレイプを繰り返してるんだってね。
家族に無視され続けるくらいで、そんなに傷ついて荒れるもんなんだ?
見た目によらず、随分、繊細な心を持ってるんだね。
…よかったら俺が話聞こうか?」
普段同級生の悩み事を聞く時に浮かべる、相手を不快にさせず心を開かせるために最適な控えめな微笑みをその可哀想な生き物、三好に向ける。
すると、威嚇するように三好は自らの上半身をフェンスに打ちつけた。
フェンスが大きく軋んで揺れ、その体がぐらりと傾く。三好の下半身を支えていた男子生徒が「―あっ!!」と短く声を上げて、慌てて踏ん張った。
おかしいな、みんなには“この顔”をするだけで十分なのに。お気に召さなかったみたいだ。
微笑みを貼り付けたまま、三好の顔を眺めていると、鬼のような形相で睨みつけられる。
「勝手な妄想して、ほざいてんじゃねぇよ。」
三好を取り巻く空気が一気に、凶暴なものへと変わるのを感じた。
家族の話題は、三好にとって感情の均衡を崩す引き金だと事前に把握していた。こいつの情報なんてまるで興味なかったが、精神を嬲る道具としては非常に有効だ。使わないわけがない。
「ああ、ごめんね。
誤ったことを言って、君を怒らせてしまったんだよね。家族って言い方は確かに悪かったよ。
君の家族は本当の家族とは言えなかったね。
確か…君だけが血が繋がってない。
―まがいものだ。」
「っるせえ!!それ以上、喋ったらぶっ殺すっ!!」
想定通りすぎるくらい、俺の言葉に目をひん剥いて噛みついてきそうな勢いで怒鳴る三好に、思わず笑いが漏れる。肉体と精神を壊す悦楽はいずれも甲乙つけがたい魅力を孕んでいると実感する。
「殺す?
君の方が、どう見ても殺されかけてる側なのに?
やっぱり、脳の働きが乏しい人は状況判断もできないんだね。可哀想に。」
三好は怒りをなんとか鎮めようとしているのか、荒い鼻息を繰り返しながら歯を食い縛った。そして少し間を置いてから、ニヤリと下品な笑みを浮かべた。
「お前、ずいぶんと早川にご執心みてぇだけど、あいつはお前のこと特別なんて思っちゃいねぇよ。さっきだって俺のでけーので、派手に喘いでんの見ただろ?
いーとこ突いてやると、ねだるようにあそこ締め付けて離さねぇんだよ。
あいつ…俺と初めてヤッた時も無理矢理ケツに突っ込まれてんのに、勃起して涙流しながら悦んでたぜ。天羽じゃなくても、ちんこついてたら誰でもいいみたいだな。」
わざとらしい露骨な挑発など、さらさら乗るつもりはなかった。俺はこいつみたいに煽られて、無様に吠えちぎるような馬鹿ではない。そんなみっともない姿を見せることは死に値するくらい格好悪い。
けれど、その言葉で、保健室のベッドの上で、自ら進んで受け入れるように三好の背に足を回していた真澄の姿を思い出してしまう。
ネクタイで隠された目元に赤く上気した頬、だらしなく半開きになった唇からは大きな喘ぎ声を漏らしていた。薄いお尻と太ももは快楽に抗うことなく震え、時折小さく跳ねていた。
俺以外の他人に犯され、仰け反ったその身体はグロテスクなほどの色気を放っていた。その姿には恥じらいは一切なく、三好の言葉通り、壊れて、ただ快楽を求め、貪っているように見えた。
「つーか、イく寸前にお前、邪魔すんなよな。
あいつ、今頃ムラついて水瀬あたりでも押し倒して、またガンガンに腰振って大声で喘いでんじゃねーの?
王子様気取りなのか知らねぇけど、こうやって必死に動いてるお前のことなんかマジどーでもよくて、他の男に抱かれに行ってんだよ、あのビッチ。お前はただの使い捨てディルドだったわけ。お疲れさん。」
ー『ねえ、真澄のここ…、知っていていいのは俺だけだよ。…俺以外には、教えちゃダメだから。』
続けて三好の口から吐かれた言葉が引き金となり、あの日、真澄の耳元で囁いた、言葉が蘇る。
真澄はあの日、初めて快感を知り、戸惑い、恥じらいながらも俺のものを受け入れた。そして息を呑むほど、美しくしなるその体に確かに俺の痕を刻んだ。
絶対に誰にも触れさせない、これは俺のものだと。
それなのに、俺が使い捨てだって?
勘違いも甚だしい。
“あれ”は俺の“もの”だ。
俺を使い捨てるなんて、そんな意思なんて持たせやしない。ましてや、俺以外の人間と関係を持つなんて、笑わせてくれる。
そんなこと、起こるはずねぇに決まってんだろ、この屑が。
気づいたら、三好の肩甲骨あたりをブレザー越しに鷲掴んでいた。
一度自分の方へその体を引き寄せ、それから躊躇なくフェンスの金網に叩きつける。金属がひしゃげるような音と、耳障りな呻き声が辺りに響いた。
何度も、何度も、その体を繰り返し叩きつけた。
「あっ、あも、天羽……っ、」
三好の体を下に落とさぬように必死に脚を支えている男子生徒が、震えた声で俺を静止しようと名前を呼んだ。けれど、俺の表情を見た途端、小さく悲鳴を上げ、それ以上は何も言わなかった。
三好のブレザーは乱れ、隙間から見える白いシャツには赤黒い染みがじわりと広がっていた。シャツの布地はところどころ擦り切れ、破れている。
フェンスに押し付けられ、血を流しながら苦しそうに呼吸をしながらも三好は、懲りずに血走った目で俺を睨みつけていた。
それを見て、幼い頃を思い出した。
猫を締め殺した時のあの感覚が呼び覚まされる。
胸が自然と昂った。
最後にもう一度、三好の体をフェンスに叩きつけると、俺はようやく動きを止めてその体から手を離した。
胸の奥ではまだ熱のようなものが渦巻いている。けれど、乱れた思考が静かに元の輪郭を取り戻していくのを感じた。完全に衝動が消えたわけではないが、制御できるだけの落ち着きは戻っていた。
「……君ってさ、優秀な弟がいるんだってね。」
三好の傷口に塩を塗り込むような言葉を選んで、放つ。まだ、この玩具を手のひらで転がし、握り潰して壊し、愉しむ気でいた。
「だったらさ、尚更、君みたいな血の繋がってない出来損ないの方は、家族には必要ないよね。
素直にその事実を受け入れなよ?
構ってもらいたい人に、構ってもらえないからっていつまでも惨めなプライド慰めるために人を痛めつけてさあ…、そういうの哀れって言うんだけど、知ってる?」
フェンスに顔を寄せ、金網の穴から三好のその反抗的な表情を覗き込み、反応を伺った。
「っ……それ、お前のことだろ。
何とち狂ってんのか、知らねぇけど…、
早川みてぇな、なんの価値もねーやつにここまでこだわって…マジで馬鹿だろ。
普通にしてりゃ、勝ち組のお前が…それ手放すかもしれねぇこと、平気でやって……正気じゃねぇな。
どうせ…“恋だの、愛だの”ほざいて…、キチガイじみた行動を正当化して、そんで頭の中で理想化した早川と…妄想の世界で生きてんだろ……。
見たことねぇよ…そこまで堕ちてる人間……。
お前みてぇなのが…一番、滑稽で、哀れなんだよっ。」
体の痛みに耐えながら苦しそうにそう言い返した三好の瞳に、自分の瞳がくっついてしまいそうなほど近づいて凝視する。
「うるさいな、低脳が。
お前の考えは浅いんだよ。
その皺のない脳みそじゃ、あれの価値は一生理解できねぇだろうな。
俺たちの間にあるのは恋とか愛とか、そんな乳臭くて甘ったるいクソみたいなもんじゃねぇんだよ。
あれをぶっ壊すなら、とっくに俺だって決めてんのに、お前みたいな薄汚いカスが台無しにしやがって、黙って死ねよ。」
声はいつになく低く、冷たく響き、熱は全く帯びていなかった。それでも、その声で発せられた言葉には俺の本性と欲望が剥き出しになって現れていた。
しばらくの沈黙の後、三好の喉が震え、声がわずかに漏れた。肩は小さく揺れている。
「……ぶっ、ははっ!お前っ…、マジ、イカれてんじゃん!
早川のこと守りてーから、ここまでやんのかと思ったら……、壊したいから?
……は?意味わかんねーよ。
っはは、何?そういうわけわかんねぇ類の、病んでる恋愛映画とか観て影響受けちゃった感じ?
つーか…、そんなきめぇ理由で俺のこと、殺すつもりなのかよ…っ
ああ、マジでっ……っざけんなよ、お前も早川も…マジ気色わりぃんだよっ!!」
三好は吹き出し、俺を嘲笑したかと思えば、次の瞬間には怒りをぶつけるようにフェンスの上で暴れた。縛られた状態で、不恰好にもがくその姿は、地面を這う毛虫のように滑稽だった。
ふと思い出したように、スラックスのポケットからスマホを取り出し、画面を確認する。もう玩具で遊ぶ時間は残されていなかった。
時間切れだ。
「矢野くん。一限目の授業があと2分で終わるから、チャイムが鳴った直後に、この見苦しいのを屋上から落としてくれるかな?」
くるりと振り返り、三好の下半身をしっかり掴んでいるが唖然としている男子生徒、矢野に話かける。過去に昼休みの廊下で、水瀬たちも含めた真澄の悪口を言った愚かな生徒だ。俺が制裁を与えた。
「派手にいこうよ。
君、水瀬くんの人気に嫉妬してあんなこと言ってしまったんだよね?
ここからこいつ落としたら、たくさんの視線を集めることができるよ。
水瀬くんのくだらない人気なんて、霞んじゃうくらいのね。
…良い提案だと思わない?」
すっと一瞬だけ三好へ視線を移し、矢野を促す。
「……は?
なっ…、なに言って……そんなことっ、できるわけないだろっ!!」
矢野は俺の言葉に目を見開き、怯えた顔つきを一変し、今にも俺に掴みかかってきそうなほど怒気を含んだ表情をして声を荒げた。
「しないの?
しないのなら、君もここから飛び降りてもらうことになるけど…、いいよね?」
静かに微笑んでそう告げると、矢野は息を詰まらせ、わずかに身を引く。そして三好の脚を掴む手と、膝を大袈裟なほど震わせた。
顔はあっという間に青ざめて、また惨めなくらい怯えた表情に戻った。かと思えば、今度は悲しみと怒りが入り乱れた表情で、幼児が駄々をこねるように喚いた。
「っ……、やだっ、絶対、嫌だっ!!
ごめ、ごめんっ、許してっ、本当、ごめんなさいっ。
ど、どっちも無理…無理だって!
俺みたいなビビりにはできるわけないだろ!!勘弁してくれよっ!
もう…、もう十分痛い目に遭ったし、謝っただろ!?何回もっ!
足りないんだったら早川たちの前でもまた、謝るからっ!許してっ…、
それにっ、今も天羽の言うこと聞いて、従ってんのに…、それなのにっ、なんでっ、まだ俺にやらせるんだよ!?
なんでだよ……なんで、こんなに追い詰めんだよっ!!」
矢野のその言葉に眉がごくわずかに動く。気づける者などいないほどに。
手間を取らせるなよ、面倒くさい。
「落とすのか、落とさないのか、どっち?
すぐに答えないなら、君にはもう選択権ないから。」
微笑みを崩さないまま、それでも脅すように言えば、矢野は慌てて、懇願するように俺の顔を見つめた。
「…っ、待って!待って、って!
落とすからっ!ちゃんと言うこと聞くからっ…、お願いっ、これ以上、俺に酷いことしないでくれっ!!」
「ハッ…、俺よりお前の方がとことんクズじゃん。
誰だよ、こいつのこと模範生徒とか言って、持ち上げ始めた奴。」
三好はその様子を見ながら、鼻で笑ったが、カチカチと歯を鳴らし、小刻みに震えているのを隠せていなかった。
なんだ、こいつも怖いのか。
「み、三好、ご、ごめっ…、ごめんっ!!
お、俺、お前に恨みとかないからっ!!
でも、命令されてやるしかなくて…それでっ、だからっ…!
もし…、もし死んだとしても、俺のこと恨まないでくれよ……?
…だって、俺は悪くないよな?
そ、そうだっ!悪くないっ!
悪いのは水瀬だろっ!!
あいつがあんなふうに目立つからっ…、
俺が妬んで、悪口の一つや二つ言うのも仕方ねぇだろっ!!
アイツっ…、いつも俺を、最悪な気分にさせやがって……こんな目に遭ってるのも元はと言えば、全部アイツのせいだ…っ!あの日だって…大勢の前で俺にっ、恥をかかせたっ…。
許せねぇ…許せねぇっ…!許さねぇッ!!」
錯乱して取り乱す矢野を無視して、三好は鋭い眼光で俺を睨みつけた。
「おい、……クソ天羽。」
深く、重く、ドス黒い何かが滲み出た声で俺を呼ぶ。三好の体につい先程の震えはなかった。
「お前と、お前が“大好き”なクソお粗末な早川…、
ぜってえ、俺がまとめて地獄に引き摺り込んでやる。
こんな外道なお前が、スカした顔で生きてけるわけねぇんだよ。
覚えとけ……次は、おめえの番だ。」
三好の呪いと断罪が混じった言葉に微笑みを返す。その言葉になぜか不思議と心が軽くなった気がした。返答はせずに、屋上の扉へと足を進めた。
そして扉のドアノブに手をかけたちょうどその時、授業の終了を知らせるチャイムが鳴り響いた。
直後、ドンッと何かが突き落とされる音が背後から聞こえる。数秒の静寂の後、バチンっと重みのある物体が地面に叩きつけられる衝撃音。
それとほぼ同時に校舎のあちこちで、悲鳴が重なり合って響き渡るのが耳に届いた。気が触れてしまったのか、矢野がぶつぶつと笑い混じりに呟き続けている声も聞こえてくる。
そんな中、三好悠真の死に際の言葉を思い出す。
もう用のない過去の制裁対象の言葉を、反芻するのは初めてだ。
少しだけ思考を巡らせてから、ポツリと呟いた。
「俺と真澄はもう地獄に堕ちてるのに…、」
真澄が俺の中の悪魔を目覚めさせた、あの日からー
それなのに…いったいあの屑は、これ以上、俺たちをどこに連れていくつもりなんだ?
目の前の冷たいドアノブの感触を感じながら、ひねる。カチャリ、と微かな音がして、扉が開いた。
……ああ、こんなくだらないことを考えている場合じゃない。早く、真澄に会いに行かないと。
壊れた真澄を、なんとか元の形に戻すんだ。
たとえ、最後に壊してしまうのがこの手だったとしても。
今はまだーー
(※三好に楓が煽られ本性を見せたエピソードなので、暴かれた本性というタイトルにしました。ですが三好も本性丸出しなので本性というタイトルには複数の意味があります。おまけに矢野も恐怖から本性丸出しです。)
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