悪魔の手の中 改訂版

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前編

滲み出るもの

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どのくらい水瀬と抱き合っていたのだろう。
流した涙は、目の前のブレザーに静かに染み込んでいた。
水瀬はそれを気に留めることなく、ただ、そっと寄り添うようにして俺の背に腕を回している。
その抱き寄せ方はまるで繊細なガラス細工を扱うように、どこか慎重で、それでも確かな温もりを伝えていた。

とくとくと重なり合う鼓動と温かな体温を感じながら、乱れていた呼吸がゆっくりと整っていく。

派手に泣いたせいで鼻が詰まって、ずっとすする音を鳴らしてしまうが、その間も水瀬は一言も話さなかった。

俺が落ち着くのをひたすら見守ってくれていた。

優しさと強引さを併せ持っているはずの水瀬のその様子がなんだか不思議で、どうしてこんなに丁寧に大事なものを扱うような仕草をするのか、理解できなかった。

その時、チャイムが鳴った。
そのすぐ後、バチンーー何かが強く叩きつけられる音がした。
それと同時に、ぐちゃりと崩れ落ちるような音がかすかにする。
ひき肉を素手で混ぜ合わせる時のような、あの音と似ていた。
耳にへばりつくように残ったその不気味な響きに、背筋が凍る。

俺の背中に触れている水瀬の腕にも、わずかに力が入った。

「なんだ……?」

一拍置いて、小さく動揺した声が耳に届く。

その声はすぐに、校舎中に響き渡る無数の悲鳴にかき消された。

水瀬も俺も状況が読み込めず、抱き合ったまま、呆然とするしかなかった。

落ち着きかけていた鼓動がバクバクと早鐘を打つ。
水瀬の鼓動も乱れているように感じたのは気のせいではないだろう。
先程まであった、心落ち着く穏やかな空間は、もうなかった。

気づいたらすぐ近くで、誰かの足音が聞こえた。
その足音は静かでしなやかさを感じるものだったが、床を踏みしめる度にどこか威圧感が滲み出ていた。

「ああ、水瀬くん。真澄のこと見ていてくれたんだね。ありがとう。」

ずっとすぐそばで聞いてきた、優しげな耳触りのいいはずの声に胸の奥がざわめく。
涙で濡れてしまった水瀬のブレザーを、思わず、ぎゅっと握ってしまう。
そのまま、慌てて水瀬の肩口に顔を埋めた。

あんなに今朝の楓の言葉を求め、切望していたのに、今の楓のまとう雰囲気が怖く感じた。
三好との行為で快楽に逃げた自分を見透かされて、軽蔑されるのも恐ろしかった。
二つの意味で顔を上げられそうになかった。

水瀬の視線がちらりと俺に向けられたのを感じた。
俺の些細な動作が気になったのだろうか。
突っ込むべきかどうか迷っているように思えた。

それとは別にもう一つ、頭上からも鋭い視線が刺さる。

「……天羽。」

少し戸惑ったような声色で水瀬は楓の名前を呼んだ。
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