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オリヴァーの昔話
オリヴァーがグランになった日・12
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「居酒屋で注文を取ってきて、その注文品を客のところへ運ぶだけの仕事さ。物が覚えられるのと愛嬌があれば、まぁなんとかなると思うがのう」
リンクがそう告げれば、ウィスパーとディックも納得して頷いた。
「たしかに。給料はそんなに高くないけど、まぁ公爵家からの支援を足して渡せば……生活することは出来るな」
「酒屋の店長のシェイカさんにはさりげなく事情を説明しておくことになるが、それは大丈夫ですかい? アンドロさん」
「……そうですね。シェイカさんなら口も堅いと思いますし。よろしくお願いしてもよろしいですか?」
アンドロの許可を貰い、リンクが何本か欠けた歯を見せニッと笑った。
「大丈夫。じゃあ、頼んでおくわい。酒場で働くのなら、住み込みも交渉出来るからのう」
「ありがとうございます!」
アンドロは、なんとかロザリーの移住地と働き場所を見つけたことで、ようやく安堵した。
ただし、ロザリーとオリヴァーは、戸籍上グランディア公爵家の者であることは変わらない。あくまで「仮住まい」としている。
オリヴァーはともかく、ロザリーがこの下町の環境になれるかと聞かれれば、アンドロは迷うことなく頭を振った。
どれだけ持つかははっきり言えないが、音を上げることは予想できた。
そもそも、ロザリーは生粋のお嬢様育ちなのだ。
そんな彼女が、自分の足だけで生きていけるわけもない。それはクラウドにも予想出来たことだろう、だから、支援をした。
ましてやロザリーは生まれつき身体が強いほうでもない。
この下町は身体が頑丈な者が多いから、そんな彼女の軟弱さが足手まといにすら思われるかもしれない。
そこまで考えてロザリーは「ここに住みたい」と言ったとは、アンドロは思えなかった。
そしてその予想は概ね当たった。
なんなら、予想よりはるかに酷かった。
支援なくして生きてきたことがない生粋のお嬢様は何を思ったか、アンドロにこう告げたのだ。
「オリヴァーの名前を変えようと思うの」
アンドロはギョッとした。
なぜかと問えば、ロザリーは不思議そうな顔で笑みながら言った。
「だって、オリヴァーって呼んでいたら、どこであの人の耳に入ってしまうかもわからないでしょう。オリヴァーって、この国ではわりと珍しい名前だし」
「……でも、だからと言って名前を変えるなんて……オリヴァー様は……!」
「……ディザクライン侯爵。あの子のことは、オリヴァーではなく、グランとお呼びください」
「……グラン?」
「あの子の名前です。あの子にも、ここではそう名乗るように伝えておきました」
「……夫人、それは……!」
「そのほうが、あの子にとっても過ごしやすいと思うわ」
そう告げたロザリーのキラキラとした瞳には、何も映っていないように、アンドロには思えた。
自分だけではない。自分の勝手な思い込みで、オリヴァーの人生そのものを壊そうとしていることに、アンドロは戦慄を覚えた。
ここはもう、真実を告げてロザリーに公爵家へ帰ってもらうほうが、オリヴァーであると思った。
「夫人、ここに住むことをグランディア公爵閣下は……」
「あの人の名前を私の前で出さないで!!」
突然声を荒げるロザリーに、アンドロは黙った。
「グランの人生を、あの人の手でめちゃくちゃにされてたまるものですか……! あの子は私が守る……私が守るの!」
悲鳴じみた叫びをあげるロザリーを、アンドロは冷ややかな脳と目で見やった。
この状況の中で、誰が被害者であるかは明白であった。
それは、自分の住む場所と名前を実の母親の思い込みによって奪われたオリヴァー少年と、自分のせいでオリヴァーが邸に帰って来られないのだと心を痛めているアルバート少年である。
公爵邸を訪れたアンドロに、アルバートが追い詰められたような表情で、母とオリヴァーが何故帰ってこないのかを訊ねてきた。
その痛々しい表情を、3歳になったばかりの少年に、ロザリーはさせているのだ。
そして、それをロザリーは知らない。
クラウドも、溺愛しているはずの息子アルバートより、妻であるロザリーのことばかり慮っているように見える。
ロザリーが帰らない分、クラウドなりに今まで以上にアルバートへ愛情を注いでいるように見えるが、努力の方向うが違っている。
向き合うべき問題に、二人ともまったく向き合えていないのである。
(私が夫人にどう思われてもいい。だから、一日も早く夫人に真実を伝え、誤解を解いて、二人の少年の心を助けなければ)
アンドロはそう思って頑張ってくれたが、ロザリーがグランディア公爵邸に帰ることは、もう永遠になかった。
そして、オリヴァーとアルバートが再び会うことが叶うことも、なかった。
リンクがそう告げれば、ウィスパーとディックも納得して頷いた。
「たしかに。給料はそんなに高くないけど、まぁ公爵家からの支援を足して渡せば……生活することは出来るな」
「酒屋の店長のシェイカさんにはさりげなく事情を説明しておくことになるが、それは大丈夫ですかい? アンドロさん」
「……そうですね。シェイカさんなら口も堅いと思いますし。よろしくお願いしてもよろしいですか?」
アンドロの許可を貰い、リンクが何本か欠けた歯を見せニッと笑った。
「大丈夫。じゃあ、頼んでおくわい。酒場で働くのなら、住み込みも交渉出来るからのう」
「ありがとうございます!」
アンドロは、なんとかロザリーの移住地と働き場所を見つけたことで、ようやく安堵した。
ただし、ロザリーとオリヴァーは、戸籍上グランディア公爵家の者であることは変わらない。あくまで「仮住まい」としている。
オリヴァーはともかく、ロザリーがこの下町の環境になれるかと聞かれれば、アンドロは迷うことなく頭を振った。
どれだけ持つかははっきり言えないが、音を上げることは予想できた。
そもそも、ロザリーは生粋のお嬢様育ちなのだ。
そんな彼女が、自分の足だけで生きていけるわけもない。それはクラウドにも予想出来たことだろう、だから、支援をした。
ましてやロザリーは生まれつき身体が強いほうでもない。
この下町は身体が頑丈な者が多いから、そんな彼女の軟弱さが足手まといにすら思われるかもしれない。
そこまで考えてロザリーは「ここに住みたい」と言ったとは、アンドロは思えなかった。
そしてその予想は概ね当たった。
なんなら、予想よりはるかに酷かった。
支援なくして生きてきたことがない生粋のお嬢様は何を思ったか、アンドロにこう告げたのだ。
「オリヴァーの名前を変えようと思うの」
アンドロはギョッとした。
なぜかと問えば、ロザリーは不思議そうな顔で笑みながら言った。
「だって、オリヴァーって呼んでいたら、どこであの人の耳に入ってしまうかもわからないでしょう。オリヴァーって、この国ではわりと珍しい名前だし」
「……でも、だからと言って名前を変えるなんて……オリヴァー様は……!」
「……ディザクライン侯爵。あの子のことは、オリヴァーではなく、グランとお呼びください」
「……グラン?」
「あの子の名前です。あの子にも、ここではそう名乗るように伝えておきました」
「……夫人、それは……!」
「そのほうが、あの子にとっても過ごしやすいと思うわ」
そう告げたロザリーのキラキラとした瞳には、何も映っていないように、アンドロには思えた。
自分だけではない。自分の勝手な思い込みで、オリヴァーの人生そのものを壊そうとしていることに、アンドロは戦慄を覚えた。
ここはもう、真実を告げてロザリーに公爵家へ帰ってもらうほうが、オリヴァーであると思った。
「夫人、ここに住むことをグランディア公爵閣下は……」
「あの人の名前を私の前で出さないで!!」
突然声を荒げるロザリーに、アンドロは黙った。
「グランの人生を、あの人の手でめちゃくちゃにされてたまるものですか……! あの子は私が守る……私が守るの!」
悲鳴じみた叫びをあげるロザリーを、アンドロは冷ややかな脳と目で見やった。
この状況の中で、誰が被害者であるかは明白であった。
それは、自分の住む場所と名前を実の母親の思い込みによって奪われたオリヴァー少年と、自分のせいでオリヴァーが邸に帰って来られないのだと心を痛めているアルバート少年である。
公爵邸を訪れたアンドロに、アルバートが追い詰められたような表情で、母とオリヴァーが何故帰ってこないのかを訊ねてきた。
その痛々しい表情を、3歳になったばかりの少年に、ロザリーはさせているのだ。
そして、それをロザリーは知らない。
クラウドも、溺愛しているはずの息子アルバートより、妻であるロザリーのことばかり慮っているように見える。
ロザリーが帰らない分、クラウドなりに今まで以上にアルバートへ愛情を注いでいるように見えるが、努力の方向うが違っている。
向き合うべき問題に、二人ともまったく向き合えていないのである。
(私が夫人にどう思われてもいい。だから、一日も早く夫人に真実を伝え、誤解を解いて、二人の少年の心を助けなければ)
アンドロはそう思って頑張ってくれたが、ロザリーがグランディア公爵邸に帰ることは、もう永遠になかった。
そして、オリヴァーとアルバートが再び会うことが叶うことも、なかった。
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