(休載中）下町のグランと公爵家のオリヴァー

オリヴァーの昔話

グランからオリヴァーへ・２

　だが馬車は通り過ぎる気配を見せず、中から誰かが降りてくるのが話し声で分かった。
「アルバート！？」
　見知らぬ男の低い声が、頭上から降ってくる。
　誰かの名前を呼んだ様子だが、グランには聞き覚えもないので無視していたが、声の主がグランの前までやってきたので、さすがに無視するわけにもいかずに顔をあげた。
「……アルバート……いや、オリヴァー、か？」
　声の主は、やつれた顔をした、高価な服を纏った中年の男性だった。
　彼は今にも泣きそうに表情をゆがめ、こみ上げる何かを抑えるように、必死に言葉を紡いだ。
　グランに話しかけているようだが、見知らぬ名前で呼びかけられたので首を傾げて返す。
「君はオリヴァー、だろう？」
　中年の男は、グランに目線を合わせるように地面に膝をつき、腰を下ろした。
　傍に仕えていた、兵士のような恰好をした男たちが慌てていた。
　だがそれよりも、目の前の男が自分に訊ねた名前に対して頭を振る。
「……き、君のお母さんの名前は、ロザリーじゃないのかい？」
「！」
　なんで母の名前を知っているのだという目で見やれば、男はホッとしたように表情を緩めた。
「彼女はボクの妻だ。そして君は、ボクの息子なんだよ、オリヴァー」
「……？」
　目の前の男が言った言葉の意味がわからず、怪訝そうな顔をしてしまったと思う。
　貴族に対しての礼儀など知らないので、どう言葉を返していいか分からず黙っていたが、今は純粋に意味が分からなくて黙ってしまった。
「……覚えて、いないかい？」
　男の声が震える。
　その声を少し気の毒だと思いながら、グランは素直にうなずいた。
「……お母さんから、何も聞いていないのかい？　オリヴァー」
「オレはグランだ」
　先ほどから、自分のではない名前で自分を呼ばれることに耐えられなくなり、不躾ながら言葉を返した。
　男はやや驚いた様子を見せた後、寂しそうに眼を伏せ、弱弱しく笑んで見せた。
「……そう、だね。グラン……失礼をした。……ボクはクラウド。また近いうちに来るから、覚えていてもらえると嬉しいな」
　クラウドと名乗った男はそう告げ立ち上がると、よたよたと頼りない背中を見せて馬車に戻って行った。
　今度こそ馬車が通り過ぎるまで顔を伏せていたグランだが、ようやく馬車が遠ざかった音を聞いても、地面を見つめていた目線をあげることが出来なかった。
『君は僕の息子だ』
　それはつまり、彼がグランの父ということになる。
（オレに、父親がいた？　でも、オリヴァーって？　誰かと間違えている？　でも……ロザリーって、たしかに母さんの名前だ）
　わけがわからず、頭の中で疑問が回り続けていた。
　だがすぐに、一人で考え込んでいても埒が明かないと、一旦家に帰ることにした。
　母に聞けば何かわかるかもしれないと考え、足早に下町へ向かって歩き出した。