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馬車は、綺麗に手入れがされた芝生に挟まれた土の道を進み、正門へと近づいていくようだ。
夕陽が照らす公爵邸は、ミレーには「豪壮」としか言い表せなかった。
クローバー家の屋敷も、古いなりに立派な建物だと思っていた。
だが、グランディア公爵邸を見た後で思い返してみると、雲泥の差だと思ってしまう。
「わ、私、クローバーの屋敷以外の貴族邸を見たことないんだけど、み、みんなこんな感じなの?」
こっそりとマルクに問いかける。彼も侯爵家だと言っていたので、参考に訊こうと思ったのだ。
「……グランディア家は、公爵家の中で三番目に領土が広いらしいよ。この家以上の階級の屋敷にお邪魔する機会は、王宮以外ではないからね」
眩暈がした。
(こ、こんなに大きくて広そうな建物なのに、これよりまだ大きい建物があるの……? 王宮も行ったことないから余計に想像がつかない……)
想像以上の規模を受け入れることが出来ず困惑するミレーに、オリヴァーが手を差し伸べた。
「着いたぞ、ミレー」
急に雰囲気が変わったオリヴァーに戸惑いながら、差し出された手に自分の手を重ね置いた。
先ほどイリーに手伝ってもらったときよりも安心できるのは、きっと相手が、自分がこの世界で一番信頼している人だからだろう。
ゆっくり馬車を降りると、邸宅の前にミレーはすくみ上がった。
(建物のてっぺんが……高い)
呆然と見上げていると、オリヴァーが声をかけてきた。
「あまり上を向き続けていると、首が疲れるぞ」
その言葉で正気を取り戻す。あまりにも、今まで自分が身を置いていた世界とは次元が違いすぎたので正気を失いかけていた。
気を取り直し、オリヴァーの後ろに引っ付いて歩こうとした時、邸宅の前で列を作って並んでいた執事やメイドの方々が一斉に頭を下げた。
「おかえりなさいませ、オリヴァー様」
「あぁ。すまないが、急ぎ父上に帰宅したことを知らせてほしい。それと、夕食の前にミレーとイリーに湯あみをさせてやってくれ。雨に濡れさせたままだから。休憩もしていないから、皆とても疲れている。特にジャールとロイヤルには無茶をさせてしまったから、十分栄養を摂ってゆっくり休んでほしい」
そう言い、オリヴァーは従者と馬のほうを向いた。
従者の名前がジャールで、馬の名前がロイヤルというらしい。
たしかに、ずっと駆けてくれていたこの二者の疲労は相当だろう。
ミレーも二者に向かって頭を下げた。
すると従者が慌てた。
「わ、私と馬なんぞに頭を下げないでください!」
「どうしてですか? こんなに長い距離と時間をかけて、私たちのために頑張ってくれたお二方にお礼を言うのは当然ではないんですか?」
当たり前のことをしているはずなのに、何故か困られてしまった。
何か失礼だっただろうかとミレーも焦っていると、オリヴァーがジャールの横のロイヤルの頭を撫でた。
「ミレーの言うとおりだ。まぁ、常識破りではあるが、ここは素直に受け入れてほしい」
ロイヤルはオリヴァーに撫でられ、嬉しそうにいなないて、ジャールは戸惑いながらも素直に「恐れ入ります」とミレーに頭を下げた。
どうやら、自分は何か間違えてしまったようだが、そんなに悪いことをしたとも思えない。
「ミレーは間違っていないよ。お礼を言うことは良いことだ。ただ世の中には、自分の地位をひけらかして横柄な態度を取るやつもたくさんいる。そんな中で、ミレーみたいな貴族は珍しいっていうだけだ」
「そう、なの……?」
「あぁ。ミレーが正しいと思ったのなら、それをやり通せばいい。オレはミレーが自分の意見を尊重してくれるのなら、どんな意見にだって味方するからな」
やはりオリヴァーの口調が丁寧に変わっているのが気になって、半分くらい耳をすり抜けていた。
とりあえず相槌を打っていると、邸宅から慌ただしく、誰かが走ってくるのが見えた。
「げ」
オリヴァーが苦々しい顔つきをしたが、すぐに表情を戻した。
「ただいま帰りました、父上」
駆け走ってくる男性に向かって、オリヴァーは恭しく頭を下げた。
(父上……ってことは、オリヴァーのお父様?!)
驚愕したのも一瞬で、必死な形相で走ってくるオリヴァーの父の姿に、先ほどの自分の父の姿を重ねて、身体を強張らせた。
オリヴァーの父親は、ミレーたちの至近距離で立ち止まり、息を切らせていた。
今更にして、自分が歓迎されるわけがないのでは、と思い到り、怖くなって身体を震わせた。
そんなミレーを、必死に息を整えているオリヴァーの父親がじろりと見やった。
「ッ!」
やはり歓迎されていない、先ほどのアレンのように酷くミレーを罵り、オリヴァーをたぶらかした罰として鞭で叩かれるのだと覚悟した。
「……さ、寒いの?」
「………………え?」
ようやく息が落ち浮いたのか、オリヴァーの父親は毒気のない声でミレーに問いかけた。
「か、身体が濡れているし、ふ、震えているし、ぜぇ、はぁ、顔色が、ぜぇ、悪い、し……ぜぇ、ぜぇ……」
体調を気遣っている人間のほうが、何故か体調が悪そうだと、ミレーは逆に心配になった。
「父上。こちらの令嬢が、ミレー・クローバーです。ここに連れてくる前に立ち寄った場所で、彼女とイリーと、あと従者のジャールと馬のロイヤルが通り雨に降られまして、乾かす暇もなく急ぎ帰宅しました。どうか皆の身体を洗い流し、休ませてあげたく、お願い申し上げます」
オリヴァーがそう言って頭を下げると、彼の父親が顔を赤らめて身体を震わせた。
怒っていると思ったミレーは、オリヴァーを庇うように両手を広げ、二人の間へ立ちはだかった。
「ミレー?」
背後からオリヴァーの声が聞こえるが、ミレーはオリヴァーを守らなくてはならないという気持ちでいっぱいいっぱいだった。
「そうか、君がクローバー男爵家の長女。オリヴァーが結婚したいという子か……」
そう言うとオリヴァーの父親は手を上げた。
(ぶたれる……!)
覚悟して目をつむると、次の瞬間オリヴァーに強く身体を引かれ、彼の身体にもたれかかることになった。
オリヴァーの父親は、上げた両手が空振りし、自分の身体を抱きしめるような形になった。
「息子の婚約者をなにハグしようとしていやがる、このクソ親父!!」
オリヴァーは牙を剥くようにして、ミレーを抱きしめながら父親を威嚇した。
「え、だ、だってミレーちゃんがこう大きく腕を広げてくれたから、友好関係を深めるためのハグを求めているんだろうな~……と思って」
弱々しくなっていくオリヴァーの父親の声に、ミレーは首を傾げる。
(え、ハグ……?)
「ほら! ミレーがその気はなかったっていう顔してんぞ! あと、気安くミレーちゃんって呼ぶな! ミレー様って呼べ!」
「え、え、え? は、ハグじゃなかったの? ミレー……様」
戸惑いながらも様付けでミレーに訊ねる。突然のことにミレーのほうが困った。
「え、えっと……っていうか、なんで様付け?! あの、だってあなたはグラン……じゃなかった、オリヴァー様の御父君ですよね?」
「オリヴァーで良いって言っているだろう! 様なんか付けるな!」
オリヴァーの父親に向けて訊ねたのに、何故かまったく違うツッコミをして、オリヴァーが割って入ってきた。
「そ、そうだよね! やっぱり自分の娘になる子に様付けはおかしいよね~。ね、ミレーちゃん!」
「あんたに言ってんじゃねえよ!」
息子に睨まれた哀れな父親は、泣きそうになるのをぐっと堪え、顔を真っ赤にしていた。
なにがなんだか分からず、混乱が深まっていく場を眺めていたマルクとイリーが仲介に入ってくれて、ようやくこのわけのわからない事態が収束した。
夕陽が照らす公爵邸は、ミレーには「豪壮」としか言い表せなかった。
クローバー家の屋敷も、古いなりに立派な建物だと思っていた。
だが、グランディア公爵邸を見た後で思い返してみると、雲泥の差だと思ってしまう。
「わ、私、クローバーの屋敷以外の貴族邸を見たことないんだけど、み、みんなこんな感じなの?」
こっそりとマルクに問いかける。彼も侯爵家だと言っていたので、参考に訊こうと思ったのだ。
「……グランディア家は、公爵家の中で三番目に領土が広いらしいよ。この家以上の階級の屋敷にお邪魔する機会は、王宮以外ではないからね」
眩暈がした。
(こ、こんなに大きくて広そうな建物なのに、これよりまだ大きい建物があるの……? 王宮も行ったことないから余計に想像がつかない……)
想像以上の規模を受け入れることが出来ず困惑するミレーに、オリヴァーが手を差し伸べた。
「着いたぞ、ミレー」
急に雰囲気が変わったオリヴァーに戸惑いながら、差し出された手に自分の手を重ね置いた。
先ほどイリーに手伝ってもらったときよりも安心できるのは、きっと相手が、自分がこの世界で一番信頼している人だからだろう。
ゆっくり馬車を降りると、邸宅の前にミレーはすくみ上がった。
(建物のてっぺんが……高い)
呆然と見上げていると、オリヴァーが声をかけてきた。
「あまり上を向き続けていると、首が疲れるぞ」
その言葉で正気を取り戻す。あまりにも、今まで自分が身を置いていた世界とは次元が違いすぎたので正気を失いかけていた。
気を取り直し、オリヴァーの後ろに引っ付いて歩こうとした時、邸宅の前で列を作って並んでいた執事やメイドの方々が一斉に頭を下げた。
「おかえりなさいませ、オリヴァー様」
「あぁ。すまないが、急ぎ父上に帰宅したことを知らせてほしい。それと、夕食の前にミレーとイリーに湯あみをさせてやってくれ。雨に濡れさせたままだから。休憩もしていないから、皆とても疲れている。特にジャールとロイヤルには無茶をさせてしまったから、十分栄養を摂ってゆっくり休んでほしい」
そう言い、オリヴァーは従者と馬のほうを向いた。
従者の名前がジャールで、馬の名前がロイヤルというらしい。
たしかに、ずっと駆けてくれていたこの二者の疲労は相当だろう。
ミレーも二者に向かって頭を下げた。
すると従者が慌てた。
「わ、私と馬なんぞに頭を下げないでください!」
「どうしてですか? こんなに長い距離と時間をかけて、私たちのために頑張ってくれたお二方にお礼を言うのは当然ではないんですか?」
当たり前のことをしているはずなのに、何故か困られてしまった。
何か失礼だっただろうかとミレーも焦っていると、オリヴァーがジャールの横のロイヤルの頭を撫でた。
「ミレーの言うとおりだ。まぁ、常識破りではあるが、ここは素直に受け入れてほしい」
ロイヤルはオリヴァーに撫でられ、嬉しそうにいなないて、ジャールは戸惑いながらも素直に「恐れ入ります」とミレーに頭を下げた。
どうやら、自分は何か間違えてしまったようだが、そんなに悪いことをしたとも思えない。
「ミレーは間違っていないよ。お礼を言うことは良いことだ。ただ世の中には、自分の地位をひけらかして横柄な態度を取るやつもたくさんいる。そんな中で、ミレーみたいな貴族は珍しいっていうだけだ」
「そう、なの……?」
「あぁ。ミレーが正しいと思ったのなら、それをやり通せばいい。オレはミレーが自分の意見を尊重してくれるのなら、どんな意見にだって味方するからな」
やはりオリヴァーの口調が丁寧に変わっているのが気になって、半分くらい耳をすり抜けていた。
とりあえず相槌を打っていると、邸宅から慌ただしく、誰かが走ってくるのが見えた。
「げ」
オリヴァーが苦々しい顔つきをしたが、すぐに表情を戻した。
「ただいま帰りました、父上」
駆け走ってくる男性に向かって、オリヴァーは恭しく頭を下げた。
(父上……ってことは、オリヴァーのお父様?!)
驚愕したのも一瞬で、必死な形相で走ってくるオリヴァーの父の姿に、先ほどの自分の父の姿を重ねて、身体を強張らせた。
オリヴァーの父親は、ミレーたちの至近距離で立ち止まり、息を切らせていた。
今更にして、自分が歓迎されるわけがないのでは、と思い到り、怖くなって身体を震わせた。
そんなミレーを、必死に息を整えているオリヴァーの父親がじろりと見やった。
「ッ!」
やはり歓迎されていない、先ほどのアレンのように酷くミレーを罵り、オリヴァーをたぶらかした罰として鞭で叩かれるのだと覚悟した。
「……さ、寒いの?」
「………………え?」
ようやく息が落ち浮いたのか、オリヴァーの父親は毒気のない声でミレーに問いかけた。
「か、身体が濡れているし、ふ、震えているし、ぜぇ、はぁ、顔色が、ぜぇ、悪い、し……ぜぇ、ぜぇ……」
体調を気遣っている人間のほうが、何故か体調が悪そうだと、ミレーは逆に心配になった。
「父上。こちらの令嬢が、ミレー・クローバーです。ここに連れてくる前に立ち寄った場所で、彼女とイリーと、あと従者のジャールと馬のロイヤルが通り雨に降られまして、乾かす暇もなく急ぎ帰宅しました。どうか皆の身体を洗い流し、休ませてあげたく、お願い申し上げます」
オリヴァーがそう言って頭を下げると、彼の父親が顔を赤らめて身体を震わせた。
怒っていると思ったミレーは、オリヴァーを庇うように両手を広げ、二人の間へ立ちはだかった。
「ミレー?」
背後からオリヴァーの声が聞こえるが、ミレーはオリヴァーを守らなくてはならないという気持ちでいっぱいいっぱいだった。
「そうか、君がクローバー男爵家の長女。オリヴァーが結婚したいという子か……」
そう言うとオリヴァーの父親は手を上げた。
(ぶたれる……!)
覚悟して目をつむると、次の瞬間オリヴァーに強く身体を引かれ、彼の身体にもたれかかることになった。
オリヴァーの父親は、上げた両手が空振りし、自分の身体を抱きしめるような形になった。
「息子の婚約者をなにハグしようとしていやがる、このクソ親父!!」
オリヴァーは牙を剥くようにして、ミレーを抱きしめながら父親を威嚇した。
「え、だ、だってミレーちゃんがこう大きく腕を広げてくれたから、友好関係を深めるためのハグを求めているんだろうな~……と思って」
弱々しくなっていくオリヴァーの父親の声に、ミレーは首を傾げる。
(え、ハグ……?)
「ほら! ミレーがその気はなかったっていう顔してんぞ! あと、気安くミレーちゃんって呼ぶな! ミレー様って呼べ!」
「え、え、え? は、ハグじゃなかったの? ミレー……様」
戸惑いながらも様付けでミレーに訊ねる。突然のことにミレーのほうが困った。
「え、えっと……っていうか、なんで様付け?! あの、だってあなたはグラン……じゃなかった、オリヴァー様の御父君ですよね?」
「オリヴァーで良いって言っているだろう! 様なんか付けるな!」
オリヴァーの父親に向けて訊ねたのに、何故かまったく違うツッコミをして、オリヴァーが割って入ってきた。
「そ、そうだよね! やっぱり自分の娘になる子に様付けはおかしいよね~。ね、ミレーちゃん!」
「あんたに言ってんじゃねえよ!」
息子に睨まれた哀れな父親は、泣きそうになるのをぐっと堪え、顔を真っ赤にしていた。
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