聖女召喚の巻き添えで喚ばれた「オマケ」の男子高校生ですが、魔王様の「抱き枕」として重宝されています

八百屋 成美

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 魔王城での生活は、驚くほど平穏だった。
 魔王ガレオスは一日の大半を寝て過ごす。もちろん、僕を抱きしめた状態で。
 彼の睡眠欲は底なしで、起きている時間も常に僕に触れていないと落ち着かない様子だ。

「……ミナト。あと五分だ」
「さっきもそう言いましたよ、ガレオス様。もうお昼です。執務をしないと、執事長が泣きます」

 玉座の上で、ガレオスは僕を膝に乗せ、背後からコアラのように抱きついたまま微睡んでいる。
 魔界の統治者としての威厳はどこへやら。今の彼は、ただの甘えん坊な大型猫だ。

 ――ドォォォンッ!!

 突然、城全体が揺れるほどの爆音が響き渡った。
 城門の方角から、神聖な光の柱が立ち昇るのが窓越しに見える。

「……なんだ」

 ガレオスの眉間が一瞬で険しくなった。
 不快そうに呻き、僕の腹部に回した腕に力を込める。
 執事が血相を変えて飛び込んできた。

「ガレオス様! 大変でございます! 人間界の『勇者パーティ』が結界を破り、城内へ侵入しました!」
「勇者……?」

 僕の心臓がドクリと跳ねた。
 勇者パーティ。それはつまり、僕を召喚し、そして捨てたあの連中だ。

「チッ……」

 ガレオスが舌打ちをした。
 その瞳から眠気が消え、代わりに絶対零度の殺気が宿る。

「私の安眠空間を土足で踏み荒らすとは。……万死に値する害虫どもめ」

 ガレオスは僕を抱いたまま立ち上がり、広間の中央へと進み出た。
 やがて、重厚な扉が光の魔法で吹き飛ばされる。
 土煙の中から現れたのは、煌びやかな鎧を纏った金髪の勇者と、聖女の法衣を身につけた愛梨、そして数名の騎士たちだった。

「覚悟しろ、魔王ガレオス! 聖なる光の導きにより、貴様を討ちに来た!」

 勇者が聖剣を突きつけて叫ぶ。
 だが、次の瞬間、彼らの視線が僕に釘付けになった。

「え……? 湊、くん……?」

 愛梨が目を見開く。勇者や騎士たちも、幽霊でも見たような顔で僕を凝視した。

「な、なぜ貴様がここにいる!?」
「『魔の森』で死んだはずじゃ……まさか、魔王の人質にされているのか!?」

 彼らの反応に、僕は冷めた感情を覚えた。
 人質? 死んだはず?
 自分たちが捨てたくせに、よくもまあそんな白々しいことが言えるものだ。

「……久しぶりだね、みんな。僕は生きてるよ。見ての通り、ピンピンしてる」

 僕が魔王の腕の中から答えると、勇者は鼻で笑った。

「フン、悪運の強いゴミめ。だが、ちょうどいい。おい無能、内側から魔王の隙を作れ! そうすれば、城へ連れ帰ってまた召使いとして使ってやるぞ!」
「湊くん! こっちに来て! そんな恐ろしい化け物のそばにいたら、食べられちゃうよ!」

 愛梨が悲鳴のような声を上げる。彼女に悪気はないのかもしれない。でも、その無自覚な「正義」が、僕をどれだけ傷つけたか、彼女は一生理解しないだろう。

「……断るよ」

 僕ははっきりと告げた。

「僕はここがいいんだ。君たち人間よりも、ガレオス様の方がずっと僕を大切にしてくれるからね」
「はぁ!? 正気か貴様! 魔王に洗脳されているに違いない!」
「そこを退け! 退かないなら、魔王ごと切り捨てるぞ、この役立たずが!」

 勇者が殺気立ち、聖剣に魔力を込めて踏み込んだ。
 その切っ先が、僕に向けられた――その時だった。

 ピキィィィィンッ……!

 空気が凍った。
 いや、物理的に空間が歪み、勇者の動きがピタリと止まった。
 重力魔法だ。立っていられないほどの重圧が、勇者一行を床に這いつくばらせる。

「ぐ、あ……ッ!? なんだ、この、力……!」
「……おい」

 地獄の底から響くような声。
 ガレオスだ。
 彼は片手で僕を抱き寄せたまま、もう片方の手を無造作にかざしていた。
 その瞳は、もはや人間が直視していいものではない。深淵そのものだった。

「今、私の『枕』をなんと呼んだ?」
「ま、くら……だと……?」
「役立たず? ゴミ? ……ふざけるな」

 ドォォォォン!!

 ガレオスの魔力が爆発的に膨れ上がり、城の天井に亀裂が入った。

「この者は、私の至高の宝だ。数百年ぶりに私に安らぎを与え、狂気から救い出した、唯一無二の存在だぞ」

 ガレオスは僕の髪に口づけを落とし、見せつけるように愛おしげに撫でた。

「貴様らが束になろうと、神に祈ろうと、このミナトの髪一本の価値にも及ばん。……それを、切り捨てるだと?」
「ひっ……!」

 愛梨が腰を抜かし、騎士たちが震え上がる。
 格が違う。
 勇者だの聖女だのという肩書きが、ここでは何の意味も持たないことを、彼らは本能で理解させられたのだ。

「それに何より……」

 ガレオスは不機嫌そうに目を細めた。

「貴様らの立てる足音、甲高い声、放つ魔力の波長……すべてが耳障りだ。せっかくミナトの匂いで微睡んでいたというのに、最悪の目覚めだ」

 魔王にとっての罪。
 それは人類への敵対ではなく、単なる「睡眠妨害」だった。

「消えろ、害虫ども。私の視界から、そしてミナトの前から」

 ガレオスが指を弾く。
 たったそれだけの動作で、勇者たちが展開していた防御結界がガラス細工のように砕け散った。

「うわぁぁぁぁっ!?」

 漆黒の突風が巻き起こり、勇者一行を木の葉のように吹き飛ばす。
 彼らは悲鳴を上げながら、入ってきた扉の外へ、そして遥か彼方の空の彼方へと射出された。
 まるで、掃除機で吸ったゴミを外へ捨てるかのように、あっさりと。

「……ふん。口ほどにもない」

 静寂が戻った広間で、ガレオスはつまらなそうに鼻を鳴らした。
 そして、すぐに僕の方へ向き直ると、心配そうに眉を下げた。

「ミナト。怪我はないか? あの下衆どもの汚い言葉で、耳が汚れていないか?」
「ふふ、大丈夫ですよ。スッキリしました」

 僕は心からの笑顔で答えた。
 かつて僕を見下していた連中が、手も足も出ずに吹き飛ばされる様は、確かに痛快だった。
 でも、それ以上に嬉しかったのは。

「ガレオス様が、あんなに怒ってくれたからです」
「当たり前だ。お前は私のモノだ。誰にも傷つけさせはしない」

 ガレオスは僕を強く抱きしめ、首筋に顔を埋めた。

「……はぁ。興奮して目が覚めてしまった。責任を取れ、ミナト」
「責任って?」
「寝かしつけろ。……今日は一日、ベッドから出さんぞ」

 ガレオスは駄々っ子のように僕にしがみつくと、そのまま寝室へと歩き出した。
 その背中越しに、僕は窓の外へ消えていった勇者たちを思う。
 ざまぁみろ。
 僕はもう、君たちの知っている「無能」じゃない。
 世界最強の魔王様に、これ以上ないほど愛されている「抱き枕」なんだから。
 こうして、最大の危機(?)は、魔王様の寝起きドッキリによって幕を閉じた。
 しかし、物語はまだ終わらない。
 勇者たちを退けたことで、僕と魔王様の関係は、新たな局面を迎えようとしていた。
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