三人の義兄から歪な愛を受けています

八百屋 成美

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 アレクシスとの悪夢のような夜が明け、エリオットの世界は色を失った。身体の至る所に残る痛みと、心の奥深くに刻みつけられた屈辱的な記憶。鏡に映る自分は、まるで魂を抜き取られた人形のように虚ろだった。
 そして訪れた、運命の夜会。
 エリオットは、アレクシスが選んだ豪奢な礼服に身を包み、まるで操り人形のように兄のエスコートを受けて王宮のホールへと足を踏み入れた。
 その儚げで類い稀な美貌は、瞬く間に会場中の注目を集めた。多くの貴族たちが、次々と挨拶に訪れる。エリオットは、アレクシスから教え込まれた完璧な作法で、無感情にそれに応対した。その姿は、近寄りがたいほどに美しく、完成されていた。
 しかし、その完璧さは、兄によって作られた見せかけの鎧に過ぎない。エリオットの心は、ずっと凍りついたままだった。
 そんな彼のもとに、一筋の太陽のような光が差し込んだ。

「エリオット! 探したぞ!」

 騎士団の煌びやかな制服に身を包んだ、次兄のクリスだった。彼は任務で遅れていたのか、少し息を切らしながら、人垣を掻き分けて弟の元へとやってきた。

「すごいじゃないか、エリオット! みんな、お前の噂で持ちきりだぞ!」

 屈託のない笑顔でそう言うと、クリスはアレクシスの冷たい視線をものともせず、エリオットの肩を親しげに抱いた。その腕から伝わる温もりに、エリオットの凍てついていた心が、ほんの少しだけ溶けるような気がした。
 夜会が終わり、公爵邸へと戻る馬車の中は、重苦しい沈黙に包まれていた。
 屋敷に着くと、エリオットは誰に挨拶することもなく、ふらつく足取りで自室へと向かった。もう限界だった。一刻も早く、一人になりたい。
 しかし、部屋の扉を開けようとしたその腕を、後ろから誰かに掴まれた。

「エリオット」

 クリスだった。彼はいつもの快活な表情を消し、真剣な眼差しで弟を見つめていた。

「お前、ずっと顔色が悪かったぞ。何かあったのか? アレク兄様に、何かされたんじゃないだろうな」

 その言葉に、エリオットの身体がびくりと震える。図星だった。しかし、あの夜のことを、誰にも、特にこの太陽のように明るい兄にだけは、知られたくなかった。

「……何も、ありません。ただ、少し疲れただけです」

 そう言って無理に笑顔を作ると、エリオットはクリスの手を振り払って部屋に入り、扉に鍵をかけた。
 翌日、エリオットは心身の疲労から熱を出し、ベッドから起き上がれずにいた。侍女が心配そうに世話を焼くが、彼の心の傷を癒やすことはできない。
 昼過ぎ、部屋の扉が勢いよく開かれた。

「エリオット! 大丈夫か!」

 クリスだった。彼は侍女を下がらせると、大きな手でエリオットの額に触れた。

「すごい熱じゃないか……。やっぱり、昨夜の夜会は負担だったんだ。父さんも、アレク兄様も無茶をさせる」

 クリスは、甲斐甲斐しくエリオットの看病を始めた。濡れたタオルで汗を拭い、飲みやすいように薄めた果実水をスプーンで口元へと運んでくれる。その優しさが、今のエリオットには痛いほどに染みた。

「……クリス兄様は、お優しいですね」
「当たり前だろ? お前は、俺の大事な、世界で一番可愛い弟なんだから」

 熱で朦朧とする意識の中、エリオットは久しぶりに安らぎを感じ、浅い眠りに落ちていった。
 どれくらい時間が経っただろうか。ふと目を覚ますと、クリスがすぐ傍らで、じっと自分の顔を見つめていた。その緑の瞳は、いつもとは違う、どこか暗い光を宿している。

「……兄様?」
「エリオット、着替えよう。汗でびっしょりだ」

 そう言うと、クリスは有無を言わさず、エリオットの寝間着のボタンに手をかけた。

「だ、大丈夫です、自分で……」
「いいから。病人は大人しくしてるんだ」

 抵抗も虚しく、寝間着を剥がされていく。そして、その白い肌が露わになった瞬間、クリスの動きが、ぴたりと止まった。
 その視線は、エリオットの鎖骨の下あたりに、釘付けになっていた。そこには、アレクシスが付けた、まだ青紫色に残る生々しい痣が、はっきりと刻まれていた。

「……これ……」

 クリスの声は、低く、震えていた。

「これ、なんだよ、エリオット……?」

 その問いに、エリオットは答えることができなかった。ただ、シーツを固く握りしめるだけだ。

「……アレク兄様に、やられたのか?」

 沈黙は、肯定と受け取られた。
 次の瞬間、クリスの纏う空気が一変した。太陽のような明るさは完全に消え失せ、底なしの暗い嫉妬と、狂気的な独占欲がその場を支配した。緑の瞳は、嵐の前の海のように、危険な色に濁っている。

「……兄様だけ、ずるいじゃないか」

 絞り出すような、恨みのこもった声だった。

「俺だって……俺だってお前をこんなに愛しているのに……!」

 クリスは、まるで壊れ物を扱うかのように、そっとその痣に指で触れた。しかし、その指先は、嫉妬の炎で焼かれるように熱かった。

「俺のこと、ちゃんと見てくれよ、エリオット」

 そう言うと、クリスはエリオットの身体の上に、ゆっくりと覆いかぶさってきた。その瞳は、もはや正気の色を失っていた。

「俺は、兄様みたいに乱暴なことはしない。もっと優しくしてやる。だから……」

 太陽の裏側に隠されていた、暗く、そして歪んだ愛情が、今、病に伏せる無防備な弟へと、その牙を剥こうとしていた。
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