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その夜、公爵邸の最も豪華な主寝室の、天蓋付きの巨大なベッドの上で、最後の儀式が始まった。
普段は公爵夫妻が使うこの部屋に足を踏み入れること自体、エリオットにとっては初めてだった。天井から吊るされたシャンデリアは、まるで星屑を閉じ込めたかのように静かな光を放ち、壁一面に飾られた豪奢なタペストリーが、これから行われる背徳の行為を黙って見守っている。そこは、寝室というよりは、何か神聖で、そして禁じられた儀式を行うための祭壇のようだった。
それは、昼間の争いのような嫉妬や独占欲に満ちたものではなかった。三人の兄たちは、これが最後だという、あまりにも重い事実を噛み締めながら、ただひたすらに、エリオットという存在そのものを慈しんだ。
エリオットが、震える足でベッドの端に腰掛けると、三人の兄が静かに彼を囲んだ。誰も、すぐには触れようとしない。ただ、痛ましいほどの愛情を込めた眼差しで、彼を見つめているだけだった。
最初に動いたのは、アレクシスだった。いつもは厳格で、決して弱さを見せない長兄が、祈るようにエリオットの前に膝をついた。そして、壊れやすい硝子細工に触れるかのように、その震える指で、エリオットの色素の薄い髪を優しく梳いた。
「……すまなかった、エリオット。私は、お前を完璧にすることで、お前を守れると信じていた。だが、それはただの私のエゴで、お前を深く傷つけただけだった」
その声には、いつもの冷徹さはなく、深い後悔の念が滲んでいた。彼は、梳いた髪の流れに沿って、そっとエリオットの額に唇を寄せた。それは、支配の刻印ではなく、ただ純粋な赦しを乞う、懺悔の口づけだった。その温かさに、エリオットの瞳から一筋の涙がこぼれ落ちた。
その涙を、クリスの唇が優しく受け止めた。彼はベッドの隣に座り込むと、エリオットの頬を両手で包み込み、その涙の跡を慰めるように、ゆっくりと舐め取った。
「……しょっぱいな。もう、お前にこんな顔はさせないと誓うよ」
いつもは太陽のように快活な彼の緑の瞳が、今は切なげに潤んでいる。彼は、まるで幼子をあやすかのように、エリオットの頬、瞼、そして鼻先に、柔らかな口づけを何度も落とした。その温もりは、クリスという人間の本質そのもののように、エリオットの凍てついた心をじんわりと溶かしていく。
そして、ゼムが、その場の空気を変えた。彼はベッドの反対側に立ち、その指先から、淡く柔らかな紫色の光を放った。光は、まるで霧のように部屋中に広がり、ラベンダーとカモミールを合わせたような、心を落ち着かせる清らかな香りで満たされていく。
「心と身体の繋がりは、魔術的にも非常に重要だ。君の魂が安らいでいなければ、本当の意味で満たされることはない」
彼の魔術は、物理的な接触以上に深く、エリオットの精神に直接働きかけた。ささくれ立っていた感情の波が凪いでいき、深い安らぎが訪れる。それは、探究心からくるものではなく、ただひたすらにエリオットの魂を癒やしたいと願う、純粋な庇護の魔術だった。
支配ではなく、赦しを乞うアレクシス。
慰めという名の堕落ではなく、ただ純粋に寄り添うクリス。
探究ではなく、癒やしを与えるゼム。
三者三様の、飾り気のない、剥き出しの愛情。その温かい奔流の中で、エリオットは初めて、心の底から満たされていくのを感じていた。恐怖も、罪悪感も、今はどこにもない。ただ、愛されているという事実だけが、そこにあった。
これが、兄たちの本当の姿。そして、この愛を、自分は今夜限りで手放そうとしている。
その事実に、胸が張り裂けそうになった。
エリオットは、震える腕を、ゆっくりと伸ばした。
そして、自分の両側にいるアレクシスとクリスの首に、その腕を回した。それは、許しであり、懇願であり、そして、これから始まる最後の儀式を受け入れるという、彼の主体的な合図だった。
「……兄様たち……」
その声に応えるように、三人の兄が、同時に彼を優しく抱きしめた。
三つの異なる体温が、三つの異なる鼓動が、一つになる。
その温かい抱擁は、彼らの間で交わされた、言葉のない誓約だった。エリオットは、その腕の中で、自分がこれから行うことの意味を噛み締めていた。これは、兄たちを解放するための、そして自分自身が前に進むための、聖なる犠牲なのだ、と。
ゆっくりと抱擁が解かれると、三人の兄は、まるで示し合わせたかのように、エリオットの衣服に手をかけた。それは、アレクシスが見せた引き裂くような暴力でも、クリスが忍び寄った甘い不意打ちでも、ゼムが行った分析的な解体でもない。まるで、神聖な儀式の前に、祭壇に捧げられる供物の、最後のヴェールを剥がすかのような、どこまでも敬虔で、慎重な手つきだった。
アレクシスが肩のボタンを外し、クリスが腰の帯を解き、ゼムが足元の靴下をそっと脱がせる。彼らの指先が肌に触れるたび、エリオットの身体は微かに震えたが、そこに恐怖はなかった。むしろ、その触れ方の一つ一つが、彼らの後悔と、どうしようもないほどの愛情を物語っているようで、胸が締め付けられた。
やがて、エリオットの白い身体が、シャンデリアの柔らかな光の下に完全に晒される。そこには、兄たちが刻みつけた愛の痕跡が、まだ生々しく残っていた。それを見た三人の瞳に、一瞬、痛ましい色が浮かんだが、誰も目を逸らさなかった。それらすべてが、自分たちの罪の証であり、エリオットが受け入れてくれた愛の証でもあるのだから。
三人は、エリオットを巨大なベッドの中央に、まるで王のように横たえた。そして、自らの衣服も静かに脱ぎ捨てていく。完璧に鍛え上げられた三つの裸身が、エリオットの前に晒された。彼は、その光景に羞恥よりも、畏怖に近い感情を覚えていた。
「エリオット……」
アレクシスが、掠れた声でその名を呼んだ。彼は、エリオットの右側に横たわると、その唇に、今までで最も優しい口づけを落とした。それは、支配ではなく、ただ愛情を伝えるためだけの、穏やかな口づけだった。
「……もう二度と、お前を傷つけない」
「俺もだ」
左側に横たわったクリスが、エリオットの手に自らの手を絡めた。そして、その指の一本一本に、慈しむように口づけを落としていく。
「お前の笑顔を、これ以上曇らせたりしない」
そして、ゼムがエリオットの足元に座り、その足の甲にそっと額を寄せた。
「君の魂が、安らかでありますように」
彼の指先から放たれる微かな魔力が、心地よい痺れとなってエリオットの身体を駆け巡り、緊張を解きほぐしていく。
これが最初で最後となるはずの、三つの愛が一つに溶け合う奇跡の夜に、エリオットは、その身を静かに委ねていったのだった。
普段は公爵夫妻が使うこの部屋に足を踏み入れること自体、エリオットにとっては初めてだった。天井から吊るされたシャンデリアは、まるで星屑を閉じ込めたかのように静かな光を放ち、壁一面に飾られた豪奢なタペストリーが、これから行われる背徳の行為を黙って見守っている。そこは、寝室というよりは、何か神聖で、そして禁じられた儀式を行うための祭壇のようだった。
それは、昼間の争いのような嫉妬や独占欲に満ちたものではなかった。三人の兄たちは、これが最後だという、あまりにも重い事実を噛み締めながら、ただひたすらに、エリオットという存在そのものを慈しんだ。
エリオットが、震える足でベッドの端に腰掛けると、三人の兄が静かに彼を囲んだ。誰も、すぐには触れようとしない。ただ、痛ましいほどの愛情を込めた眼差しで、彼を見つめているだけだった。
最初に動いたのは、アレクシスだった。いつもは厳格で、決して弱さを見せない長兄が、祈るようにエリオットの前に膝をついた。そして、壊れやすい硝子細工に触れるかのように、その震える指で、エリオットの色素の薄い髪を優しく梳いた。
「……すまなかった、エリオット。私は、お前を完璧にすることで、お前を守れると信じていた。だが、それはただの私のエゴで、お前を深く傷つけただけだった」
その声には、いつもの冷徹さはなく、深い後悔の念が滲んでいた。彼は、梳いた髪の流れに沿って、そっとエリオットの額に唇を寄せた。それは、支配の刻印ではなく、ただ純粋な赦しを乞う、懺悔の口づけだった。その温かさに、エリオットの瞳から一筋の涙がこぼれ落ちた。
その涙を、クリスの唇が優しく受け止めた。彼はベッドの隣に座り込むと、エリオットの頬を両手で包み込み、その涙の跡を慰めるように、ゆっくりと舐め取った。
「……しょっぱいな。もう、お前にこんな顔はさせないと誓うよ」
いつもは太陽のように快活な彼の緑の瞳が、今は切なげに潤んでいる。彼は、まるで幼子をあやすかのように、エリオットの頬、瞼、そして鼻先に、柔らかな口づけを何度も落とした。その温もりは、クリスという人間の本質そのもののように、エリオットの凍てついた心をじんわりと溶かしていく。
そして、ゼムが、その場の空気を変えた。彼はベッドの反対側に立ち、その指先から、淡く柔らかな紫色の光を放った。光は、まるで霧のように部屋中に広がり、ラベンダーとカモミールを合わせたような、心を落ち着かせる清らかな香りで満たされていく。
「心と身体の繋がりは、魔術的にも非常に重要だ。君の魂が安らいでいなければ、本当の意味で満たされることはない」
彼の魔術は、物理的な接触以上に深く、エリオットの精神に直接働きかけた。ささくれ立っていた感情の波が凪いでいき、深い安らぎが訪れる。それは、探究心からくるものではなく、ただひたすらにエリオットの魂を癒やしたいと願う、純粋な庇護の魔術だった。
支配ではなく、赦しを乞うアレクシス。
慰めという名の堕落ではなく、ただ純粋に寄り添うクリス。
探究ではなく、癒やしを与えるゼム。
三者三様の、飾り気のない、剥き出しの愛情。その温かい奔流の中で、エリオットは初めて、心の底から満たされていくのを感じていた。恐怖も、罪悪感も、今はどこにもない。ただ、愛されているという事実だけが、そこにあった。
これが、兄たちの本当の姿。そして、この愛を、自分は今夜限りで手放そうとしている。
その事実に、胸が張り裂けそうになった。
エリオットは、震える腕を、ゆっくりと伸ばした。
そして、自分の両側にいるアレクシスとクリスの首に、その腕を回した。それは、許しであり、懇願であり、そして、これから始まる最後の儀式を受け入れるという、彼の主体的な合図だった。
「……兄様たち……」
その声に応えるように、三人の兄が、同時に彼を優しく抱きしめた。
三つの異なる体温が、三つの異なる鼓動が、一つになる。
その温かい抱擁は、彼らの間で交わされた、言葉のない誓約だった。エリオットは、その腕の中で、自分がこれから行うことの意味を噛み締めていた。これは、兄たちを解放するための、そして自分自身が前に進むための、聖なる犠牲なのだ、と。
ゆっくりと抱擁が解かれると、三人の兄は、まるで示し合わせたかのように、エリオットの衣服に手をかけた。それは、アレクシスが見せた引き裂くような暴力でも、クリスが忍び寄った甘い不意打ちでも、ゼムが行った分析的な解体でもない。まるで、神聖な儀式の前に、祭壇に捧げられる供物の、最後のヴェールを剥がすかのような、どこまでも敬虔で、慎重な手つきだった。
アレクシスが肩のボタンを外し、クリスが腰の帯を解き、ゼムが足元の靴下をそっと脱がせる。彼らの指先が肌に触れるたび、エリオットの身体は微かに震えたが、そこに恐怖はなかった。むしろ、その触れ方の一つ一つが、彼らの後悔と、どうしようもないほどの愛情を物語っているようで、胸が締め付けられた。
やがて、エリオットの白い身体が、シャンデリアの柔らかな光の下に完全に晒される。そこには、兄たちが刻みつけた愛の痕跡が、まだ生々しく残っていた。それを見た三人の瞳に、一瞬、痛ましい色が浮かんだが、誰も目を逸らさなかった。それらすべてが、自分たちの罪の証であり、エリオットが受け入れてくれた愛の証でもあるのだから。
三人は、エリオットを巨大なベッドの中央に、まるで王のように横たえた。そして、自らの衣服も静かに脱ぎ捨てていく。完璧に鍛え上げられた三つの裸身が、エリオットの前に晒された。彼は、その光景に羞恥よりも、畏怖に近い感情を覚えていた。
「エリオット……」
アレクシスが、掠れた声でその名を呼んだ。彼は、エリオットの右側に横たわると、その唇に、今までで最も優しい口づけを落とした。それは、支配ではなく、ただ愛情を伝えるためだけの、穏やかな口づけだった。
「……もう二度と、お前を傷つけない」
「俺もだ」
左側に横たわったクリスが、エリオットの手に自らの手を絡めた。そして、その指の一本一本に、慈しむように口づけを落としていく。
「お前の笑顔を、これ以上曇らせたりしない」
そして、ゼムがエリオットの足元に座り、その足の甲にそっと額を寄せた。
「君の魂が、安らかでありますように」
彼の指先から放たれる微かな魔力が、心地よい痺れとなってエリオットの身体を駆け巡り、緊張を解きほぐしていく。
これが最初で最後となるはずの、三つの愛が一つに溶け合う奇跡の夜に、エリオットは、その身を静かに委ねていったのだった。
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