双面の王子に愛されています

八百屋 成美

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 その日の深夜。
 ルカは、主人の寝室に忘れ物をしたことに気づいた。明日の朝一番で提出しなければならない出納帳だ。
 王子はもう就寝している時間だ。こっそり入り、机の上の帳簿を回収するだけでいい。
 ルカは音を立てないよう、細心の注意を払って寝室の重厚な扉を押し開けた。

「――それで、兄上。例の貴族の件はどうなさるおつもりですか」
「焦るな。機は熟すのを待て」

 話し声が聞こえた。
 寝台の天蓋の向こうではない。部屋の中央、月の光が差し込むバルコニーの窓辺だ。
 一人は豪奢な寝間着を纏い、椅子に優雅に腰掛けている。
 もう一人は、闇に溶け込むような黒い衣服を身に纏い、その傍らに立っている。
 金色の髪。宝石のような碧眼。
 鏡写しのように瓜二つの美貌が、そこには「二つ」あった。

「あ……」

 ルカの喉から、引きつった音が漏れた。
 その微かな音に、二つの顔が同時に弾かれたようにこちらを向く。
 四つの碧眼が、ルカを射抜いた。

「…………」

 沈黙は、永遠にも感じられた。
 先に動いたのは、黒衣の王子――おそらくは今日、紅茶の銘柄を聞いてきた「裏」の王子だ。
 彼は流れるような動作で腰の剣を抜き放ち、瞬きの間にルカとの距離を詰めた。
 冷たい金属の感触が、ルカの喉元に押し当てられる。

「……見られたか」
 低く、冷徹な声。
 椅子に座っていたもう一人の王子――昨日の「表」の王子が、ゆっくりと立ち上がり、楽しげな、しかし凍りつくような笑みを浮かべて近づいてくる。

「おやおや。私の可愛い従者は、夜遊びが過ぎるようだね」
「兄上、どうしますか。このまま喉を掻き切りますか?」

 剣を握る黒衣の男――イルスが、無機質な瞳で問いかける。
 それに対し、寝間着の男――カイは、ルカの青ざめた頬に手を伸ばし、親指でその唇をなぞった。

「待て、イルス。……こいつは面白い。誰も気づかなかった俺たちの『違い』に、唯一違和感を抱いていた者だ」
「だからこそ、危険なのでは?」
「だからこそ、だ。……殺すのは惜しい」

 カイの指が、ルカの顎を強引に上向かせる。逃げ場のない二対の視線に晒され、ルカは呼吸すら忘れて立ち尽くした。

「ルカと言ったな。……見られたからには、生かしてはおけない。だが、死にたくないのなら選ばせてやろう」

 カイとイルス。
 双面の王子が、捕らえた獲物を値踏みするように目を細める。

「ここで死体となって運び出されるか。――それとも、俺たちの『共犯者』になって、その身も心も捧げるか」

 喉元の剣が、ちり、と皮膚を切り裂いた。
 一筋の血が流れる熱さを感じながら、ルカの意識は暗い闇へと引きずり込まれていった。
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