弟王子に無理やり妃にされました

八百屋 成美

文字の大きさ
2 / 5

2.

しおりを挟む
 あの日を境に、アルフォンスの世界は一変した。
 彼が住まう王城の一角は、いつしか美しくも堅牢な鳥かごへと姿を変えていた。窓には鉄格子こそ嵌められてはいないが、窓の下には常にフランツ配下の衛兵が立ち、その鋭い視線がアルフォンスの自由を無言のうちに奪っていた。長年仕えてきた侍従たちはいつの間にか暇を出され、代わりに控え室に詰めているのは、弟の息のかかった、感情の読めない者たちばかりだった。
 食事も、書物も、衣服も、すべてが以前より豪奢になった。まるで壊れ物を扱うかのように丁重に扱われるが、その全てがフランツの監視下にあることを、アルフォンスは痛いほど感じていた。ここは鳥かごだ。そして自分は、弟の気まぐれで生かされている、一羽の鳥に過ぎない。
 そして夜になると、その鳥かごの主が必ず訪れた。

「今宵の月は美しいな、兄上。あなたの髪の色によく似ている」

 フランツは、まるで恋人に囁くように甘い言葉を紡ぎながら、アルフォンスの銀髪を指ですくい、その感触を確かめるように弄んだ。

「触るな」

 アルフォンスは、その手を荒々しく振り払った。しかしフランツは気分を害した様子もなく、楽しげに喉を鳴らすだけだ。

「つれないな。だが、そういう気高さもまた、あなたらしい」

 毎夜、同じことの繰り返しだった。フランツは訪れ、アルフォンスを言葉で嬲り、時に力で押さえつける。その執着は、もはや狂気の域に達していた。

「幼い頃から、ずっと願っていた」

 ある夜、フランツは窓辺に立つアルフォンスを背後から抱きしめ、その耳元に熱い吐息を吹き込んだ。

「あなたのその銀髪が、澄んだ青い瞳が、儚げな白い肌が、私だけのものになればいい、と。誰にも触れさせず、私だけが見つめ、私だけが愛でることを許される。そのために、私はこの国の頂点に立つ必要があった」
「それは愛情などではない! ただの独占欲だ!」
「どう違うというのだ? 私にとって、あなたを独占することが愛情の最も純粋な形なのだ」

 フランツの腕が、アルフォンスの身体をさらに強く抱きしめる。抵抗しようにも、鍛え抜かれた弟の肉体は鋼のように固く、びくともしない。

「あなたを守るためなら、私は王にでも悪魔にでもなろう。気弱なあなたが玉座に座れば、いずれ内外の敵に食い物にされるだけだ。私が王となり、あなたを妃としてこの腕の中に囲っておけば、誰もあなたを傷つけることはできない」

 それは、あまりに身勝手で歪んだ理屈だった。しかし、その声に含まれた絶対的な自信と、揺るぎない響きは、アルフォンスの心を不本意にも揺さぶった。
 反論の言葉を探すアルフォンスの顎を、フランツの指が捉え、無理やり上向かせる。金色の瞳が、すぐ間近で兄を射抜いた。

「妃になるための教育が必要だな、兄上」

 その言葉を合図に、唇が再び塞がれた。あの夜と同じ、暴力的で、所有を主張する口づけ。しかし、今回はそれだけでは終わらなかった。
 唇が解放されたかと思うと、フランツの唇はアルフォンスの首筋を這い、白い肌に赤い痕を刻みつけていく。

「やめろ……っ、きたない……!」
「綺麗だ。あなたの全てが、私を狂わせる」

 衣服の隙間から滑り込んできた冷たい指が、素肌に触れる。その瞬間、アルフォンスの身体は恐怖と屈辱に強張った。必死に身をよじって逃れようとするが、寝台の上に押さえつけられ、完全に自由を奪われる。

「抵抗するな。すぐに、これが快楽なのだと教えてやる」

 囁きと共に、フランツはアルフォンスの衣服を乱し、その白い身体を露わにしていく。アルフォンスは涙を浮かべ、弟の名を呪うように呼んだ。

「フランツ……頼むから、やめてくれ……!」
「なぜ? あなたは私の妃だろう。夫の愛撫を受けるのは、当然のことだ」

 まるで道理を説くかのように、フランツは淡々と告げる。彼のなかでは、この常軌を逸した行いの全てが、正当なこととして完結しているのだ。その事実が、アルフォンスをさらに深い絶望へと突き落とした。
 その夜、フランツは最後の一線こそ越えなかったが、アルフォンスの身体の隅々まで、その指と唇で嬲り尽くした。屈辱に震え、快楽を拒絶しようとすればするほど、身体は正直に熱を帯びていく。憎んでいるはずの弟に与えられる刺激に、微かでも感じてしまう自分自身が、何よりも許せなかった。
 フランツが部屋を去った後、アルフォンスは乱れた衣服のまま、冷たい床に蹲った。肌に残る弟の熱と、身体の奥で燻る不快な疼きが、彼を苛み続ける。涙はとうに枯れ果て、残ったのは虚ろな瞳だけだった。
 この甘い毒が、少しずつ自分の心を、身体を侵食していくのが分かった。フランツは、力ずくで自分を支配しながら、同時にその行為が「愛」なのだと繰り返し囁き続ける。恐怖と屈辱の中で、弟が与える熱に抗えなくなっていく自分。いつかこの狂気に慣れ、彼の与える歪んだ愛を受け入れてしまう日が来るのかもしれない。
 その想像は、死よりも恐ろしいものに思えた。
 アルフォンスは、光の届かない鳥かごの中で、静かに心を殺していくしかなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

おれの超ブラコンでちょっと変態な兄がかっこよすぎるので

しち
BL
兄(バスケ選手)の顔が大好きな弟(ファッションモデル)の話。 これの弟ver.です。 https://www.alphapolis.co.jp/novel/557561084/460952903

ある日、人気俳優の弟になりました。2

雪 いつき
BL
母の再婚を期に、立花優斗は人気若手俳優、橘直柾の弟になった。穏やかで真面目で王子様のような人……と噂の直柾は「俺の命は、君のものだよ」と蕩けるような笑顔で言い出し、大学の先輩である隆晴も優斗を好きだと言い出して……。 平凡に生きたい(のに無理だった)19歳大学生と、24歳人気若手俳優、21歳文武両道大学生の、更に溺愛生活が始まる――。

強制悪役劣等生、レベル99の超人達の激重愛に逃げられない

砂糖犬
BL
悪名高い乙女ゲームの悪役令息に生まれ変わった主人公。 自分の未来は自分で変えると強制力に抗う事に。 ただ平穏に暮らしたい、それだけだった。 とあるきっかけフラグのせいで、友情ルートは崩れ去っていく。 恋愛ルートを認めない弱々キャラにわからせ愛を仕掛ける攻略キャラクター達。 ヒロインは?悪役令嬢は?それどころではない。 落第が掛かっている大事な時に、主人公は及第点を取れるのか!? 最強の力を内に憑依する時、その力は目覚める。 12人の攻略キャラクター×強制力に苦しむ悪役劣等生

チクニー大好きおじさん、うっかり教え子の前でイッちゃうよ!

丸井まー(旧:まー)
BL
チクニー大好きな教師アドン。 チクニーの真っ最中を可愛がっていた教え子ルポールに見られてしまった! 教え子美青年(18歳)✕チクニー大好き教師(36歳) ※ムーンライトノベルズさんでも公開しております。

過保護な義兄ふたりのお嫁さん

ユーリ
BL
念願だった三人での暮らしをスタートさせた板垣三兄弟。双子の義兄×義弟の歳の差ラブの日常は甘いのです。

ループ執愛症候群~初対面のはずなのに、執着MAXで迫られてます~

たぴおか定食
BL
事故で命を落とした高校生は、乙女ゲームの世界に貴族の少年、ルルスとして転生する。 
穏やかな生活を送っていたある日、出会ったのは、宮廷魔導師の息子のノアゼル。 
彼は初対面のはずのルルに涙ながらに言う…「今度こそ、君を守る。」 ノアは、ルルがゲームの矯正力により何度も命を落とす未来を繰り返し経験していた。 
そのたびにルルを救えず、絶望の中で時を遡ることを選び続けた。 「君がいない世界なんて、いらない」 
愛と執着を抱えた少年は、何度でもルルを取り戻す。 これは、転生した能天気なルルと、そんな彼に執着するノアが織りなす、激重タイムリープファンタジー。

「今夜は、ずっと繋がっていたい」というから頷いた結果。

猫宮乾
BL
 異世界転移(転生)したワタルが現地の魔術師ユーグと恋人になって、致しているお話です。9割性描写です。※自サイトからの転載です。サイトにこの二人が付き合うまでが置いてありますが、こちら単独でご覧頂けます。

平凡な僕が優しい彼氏と別れる方法

あと
BL
「よし!別れよう!」 元遊び人の現爽やか風受けには激重執着男×ちょっとネガティブな鈍感天然アホの子 昔チャラかった癖に手を出してくれない攻めに憤った受けが、もしかしたら他に好きな人がいる!?と思い込み、別れようとする……?みたいな話です。 攻めの女性関係匂わせや攻めフェラがあり、苦手な人はブラウザバックで。    ……これはメンヘラなのではないか?という説もあります。 pixivでも投稿しています。 攻め:九條隼人 受け:田辺光希 友人:石川優希 ひよったら消します。 誤字脱字はサイレント修正します。 また、内容もサイレント修正する時もあります。 定期的にタグ整理します。ご了承ください。 批判・中傷コメントはお控えください。 見つけ次第削除いたします。

処理中です...