犬

誰？

「ーーもー諦めたのか。情けない」

誰もが深い眠りについている真夜中の寝室に、小さな声が響いた。

ーーん？一体、誰の声？？

静香は目を開けようとしたが、まぶたが重い。意識はこんなにもハッキリしているのにーー。


大雨が降っている様な音が鳴り響いている。
その中、物凄い物音が響く。
何かが落ちるような、、人が倒れるような、、タダゴトではないそんな音がした。

無理やり目をこじ開けると体を起こし、静香は音のした玄関先の方へと向かう。

ーーまた、か。

そこにいたのは、つい昨日二階から侵入してこようと企んでいたあの男だ。
一時期は大切に思い、愛してきた男のはずだったが、今はもうーー。

「こんなとこで、一体何をやってんの？」
怒りをあらわにした顔で、静香は怒鳴った。
その声は大きすぎて、もしかしたらご近所中に響き渡っていたかも知れない。

「ーーごめん。俺、、」
そこまで言うと男は倒れた。
良く見なくてもわかる。彼はずぶ濡れだった。
とりあえず一時休戦して、暖かい室内に担ぎ込むと、布団に横にならせる。

ーーふぅ。
大きなため息。静香はどーしたもんか？と考え込むような難しい表情だ。

彼は片桐祐司《ゆうじ》。
今はもう45才になるだろう。元はこの男と「永遠」を誓い合った仲だったはずだ。
当時は紛れもなくこの男に「恋」をしていた。
今となればその断片すらも残っていない。
あの時の気持ちは、一体どこに行ってしまったのだろう？