犬

いつかの人

記憶を辿る。

あ、そっか。あの時だ。
私はようやく思い出した。

帽子をかぶり、長身で細い男。あの頃と違うように見えたのは、不精ひげが生えてる事くらいだ。
確か犬の名前が、、。
そーだ。ポチ。

懐かしく感じるレベルだ。
それでも、まだ二週間程度しか流れていないだろうか？

今日はポチの飼い主だけが歩いていた。

「ーーすいません。一度だけお会いしたんですけど、覚えてますか？」

物騒な世の中だから、前回も犬を題材にして軽い世間話をした程度だ。

「ーーあぁ、どうも」
彼は頭を下げた。

以前、感じたよりマトモな印象を受ける。

「そう言えば、今日は例の柴犬は来てないんですか？」

「あー、、」

沈黙が流れる。空気が澱んでみえた。
そのまま、彼は口をつぐみ、黙ってしまう。

「ーーポチ、何かあったんですか？」

「遊びに行ったきり、帰って来ないんです。だから、探してるんですけど、、」

小さな声が聞こえる。

「ーーこの匂い、、アイツのだ、、」
そう言ったのは柴ちゃんだ。

え？外にいる時は、喋っちゃダメだって。
そんな思いで焦っていると、彼には全く聞こえていないようだった。