ペンション『オクトゴーヌ』再生計画

谷内 朋

文字の大きさ
11 / 174
新しい風

その二

しおりを挟む
 そんなある日のこと、チェックアウトの宿泊客を送り出して客室が空になり、カフェも臨時休業させて従業員三人仲良く近所の大型スーパーへ買い物に出掛けていた。翌日やって来る団体客を迎え入れる準備を兼ね、傷んできた清掃道具を買い換えるため生活雑貨売り場を物色している。
「スポンジとトイレ用たわし……あと風呂用の洗剤が切れそうだったよね?」
 几帳面な川瀬が買い物リストを記したメモをチェックしながら、カゴの中の商品とを照らし合わせている。堀江と根田はこの手の作業を苦手としており、堀江に至っては買い物自体が不得手だった。根田は目移りしやすい性格で、目的そっちのけであちこちをうろつき回っている。
「これ凄いですよ♪ ホラ」
 彼はテスターを触っては興奮しており、たまの外出が楽しくて仕方がない。ペンション運営は自身の時間を確保しづらい仕事なのだが、逆に堀江は仕事をしている方が気楽で、慣れぬ外出の方が落ち着かなかった。
 川瀬にしてみればこのメンツとの買い物は子供連れの母親の様な気分になり、自身にくっ付いて離れない堀江が長男、少し目を離すとどこかへ消えてしまう根田が次男と言ったところか。
 川瀬は一人黙々と買い物を済ませると、二十三歳児根田を探し始める。迷子ではないので店内を探せば見付かるのだが、大概何かに夢中になっていてこの日はサイクロン型の小型掃除機で“遊んで”いた。
「悌、帰るよ。一時に信君来るんだから」
 川瀬に呼ばれた根田は、はぁいと名残惜しそうに小型掃除機とお別れすると、二人に付いて売り場を後にした。
 目的を終えた三人はスーパーを出て商店街を歩いていると、少し離れた所で一人の女子高生が三人の若い男に囲まれている現場を目撃する。男たちは困っている女子高生の体を触り、逃げようとすると道を塞いだりしていた。
「随分としつこいナンパですね」
 根田は何気にその現場を見つめている。
「ちょっと質悪過ぎない? 仁君、どこ行くの?」
 川瀬も同じ光景を見て嫌悪感むき出しの表情をしていると、堀江は何も言わずその現場に近付き、ナンパな男の一人の肩を叩く。
「嫌がってんじゃない、それくらいにしてあげたら?」
「あ"ぁ? 邪魔すんなワレェ!」
 チンピラ風情の男たちは気に入らなさげに関西弁で声を荒げる。しかし堀江は全く怯まず、顔色一つ変えなかった。
「邪魔するつもりは無いけど、完全に嫌われてるよ」
 その言葉を合図に男たちはいきなり堀江に殴り掛かる。しかし涼しい顔で軽くかわし、当たった? と思えばあっさりと払いのけていた。川瀬と根田は初めて見る堀江の立ち回りに驚いた表情を見せる。
 そんな中で正攻法では無理と思ったのか、最初に肩を叩かれた男がポケットから刃物を取り出した。周囲は一時騒然となるが当の堀江は至って普通にしており、ナイフを振り回されてもまるで慣れているかのように軽くあしらって全く相手にならなかった。
 彼は一瞬の隙にナイフを持つ男の手首を掴むと、相手はひどく痛がってそれをポロリと地面に落とす。
 三人は勝ち目が無いと見て逃げ出してしまい、ナイフは地面に置き去りとなる。そのままにしていても危険なので、堀江は仕方なくそれを拾い上げた。
「仁君、怪我は?」
 川瀬と根田が慌ててオーナーの元へと駆け寄ると、堀江はふっと表情を緩めて笑顔を見せる。
「大丈夫、無傷だよ。それよりこれどうしようか?」
 手にしているナイフの扱いに困っているところに、騒ぎを聞き付けてやって来た警察官が三人と女子高生に声を掛けた。
「私がお預かりします。署までご同行頂けますか?」
 彼らは四人を伴って近くの交番に連れて行き、早速調書を取り始める。見た目年長の警察官がまずは女子高生の顔を見た。
「まずはアンタから、お名前は?」
「ヤマバヤシミサです。山に林でヤマバヤシ、ミサんミは実る、サは糸偏に少ないって書きます」
 彼女はハキハキとした口調で受け答えをする。北海道とは違う訛りがあり、印象としては四国西部か九州のイントネーションのように聞き取れた。川瀬は四国東部に住んでいた時期があったので、直接使用はしていなかったが方言そのものは聞き馴染みがあった。
山林実紗ヤマバヤシミサさんね。ご住所は?」
 山林実紗と名乗った女子高生は、福岡県と言い出してその場に居た全員の注目を一斉に浴びる。
「福岡? 修学旅行生かい?」
「はい。仲間っちはぐれて探しとる途中で、チンピラ風ん人たちに絡まれてしもうたんです」
「そうかい、災難だったべな。地元民としては申し訳ない事だべ」
 警察官は旅先で怖い目に遭わせてしまったことに責任を感じたのか彼女に頭を下げる。もう一人のやや若めの警察官も頭を下げてからメモを取った。
「よかよかです、怪我もしてまっせんし。ちょっと気の緩んでたんだっち思います」
 実紗は警察官二人に可愛い笑顔を見せると、抱えているショルダーバッグの中からバイブレーションの音が聞こえてくる。彼女は中に手を入れてゴソゴソと漁りケータイを取り出した。
「すみまっせん、同級生からなんです。出てもよかですか?」
 年長の警察官はええよと頷いて、今度は堀江の方を見た。
「じゃあその間にアンタの方も、名前聞いていいかい?」
「堀江仁です」
 若い警察官は調書にカタカナで表記する。そして住所を尋ねられ、ペンションの住所を伝える。
「あぁ、金碗衛さんが居ったペンション『オクトゴーヌ』しょ? 最近亡くなられて代替わりしたとは聞かさってたけど、アンタの事だったんかい」
 ペンションの住所を書きながら、あの人孫居たんかぁと意外そうにこそっと呟いていた。堀江は正直に話そうかと迷いながらも、無断に時間を費やしたくなくて聞かれた時に答えれば良いとここでは何も言わなかった。
「因みに今身分を証明出来る物は持ってるっしょか?」
「いえ、そこのお店に行ってただけなので」
「そうかい」
 若い警察官は、買い物途中とでも書いたのか何かを記入していた。それから程なく通話が終わり、実紗はケータイを机の上に置いて元居た椅子に座り直した。
「すんまっせん、先生と同級生がここに向かっちるんです。お邪魔でなければ待たしぇてもろうても良かとですか?」
「その方が安心だべ。もうちょびっと詳しく聞かしてちょうだい」
「はい」
 その言葉に促されてここからはほぼ実紗が話した。
 修学旅行の自由行動中に商店街で買い物をしていて同級生とはぐれ、連絡を取り合って落ち合う途中でチンピラ風の男たちに絡まれた。断っても付け回されて、逃げるに逃げられなくなってしまったところを堀江に助けてもらった。男たちは関西弁を使っていて面識は無い。概要としてはそんな内容だった。
「そん時にこいん方が助けてくだしゃったんです。あんの……」
 彼女は堀江の方を向くと、年長の警察官が彼の名前を教える。
「堀江さん、助けて頂いてありがとうございました」
 座ったままではあったが深々と頭を下げる実紗に、堀江は慣れない状況にこっ恥ずかしくなってあっ、いやと慌てている。
「頭、上げてください」
 実紗はその言葉に従ってゆっくりと頭を上げ、顔にかかった艶やかな長い髪を軽く直した。その時初めて女子高生の顔をまともに見た、ような気がした堀江の表情が途端に変わる。
 彼は目を見開き、可愛らしい顔をじっと見つめている。彼女も不思議そうに見つめ返し、その間だけ時間が止まったかの様に空気も止まる。川瀬はそんなオーナーの変化を察知し、どうかした? と声を掛ける。
「何でもない」
 堀江ははっと我に返り、首を横に振った。
 それからしばらくそのまま待っていると、担任と思しき男性と実紗と同じ制服を着た女の子三人が彼女を迎えにやって来た。堀江たちもようやく解放され、集められた全員が交番を出る。
「本当にありがとうございました。お陰様で皆と合流出来たとです」
 実紗は改めて堀江に頭を下げるが、当人はもう良いですよと恐縮している。
「彼照れ屋なんです、もうそれくらいで」
 川瀬は女子高生の可愛さに照れているのかと思い二人を仲裁する。担任の男性にも感謝され、何もしていない川瀬と根田まで恐縮していた。
「道中お気を付けて」
 堀江は一行に一礼して早々に立ち去ってしまう。
「すみません、この後待ち合わせをしていますのでこれで失礼致します。それでは良い旅を」
「ありがとうございます」
 男性は二人に一礼すると、生徒たちを連れて駅方向へと歩き出した。女子高生たちが手を振ってきたので、川瀬と根田がそれに応じる。
 そんな中、実紗だけは先に行ってしまった堀江の事を気にしていた。こん辺りん人かいな? 彼女は仲間たちと戯れる隙に彼の姿を探す。少し先に別れたのでかなり小さくなっており、その直後に交差点を曲がって行ったので、どこへ向かったまでは分からなかった。
 また会えるかいな? 彼女は胸の中にときめきを仕舞い込み、一人再来を誓った。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

二十五時の来訪者

木野もくば
ライト文芸
とある田舎町で会社員をしているカヤコは、深夜に聞こえる鳥のさえずりで目を覚ましてしまいます。 独特でおもしろい鳴き声が気になりベランダから外を眺めていると、ちょっとしたハプニングからの出会いがあって……。 夏が訪れる少し前の季節のなか、深夜一時からの時間がつむぐ、ほんのひと時の物語です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】

絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。 下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。 ※全話オリジナル作品です。

君への気持ちが冷めたと夫から言われたので家出をしたら、知らぬ間に懸賞金が掛けられていました

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【え? これってまさか私のこと?】 ソフィア・ヴァイロンは貧しい子爵家の令嬢だった。町の小さな雑貨店で働き、常連の男性客に密かに恋心を抱いていたある日のこと。父親から借金返済の為に結婚話を持ち掛けられる。断ることが出来ず、諦めて見合いをしようとした矢先、別の相手から結婚を申し込まれた。その相手こそ彼女が密かに思いを寄せていた青年だった。そこでソフィアは喜んで受け入れたのだが、望んでいたような結婚生活では無かった。そんなある日、「君への気持ちが冷めたと」と夫から告げられる。ショックを受けたソフィアは家出をして行方をくらませたのだが、夫から懸賞金を掛けられていたことを知る―― ※他サイトでも投稿中

処理中です...