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好意と嫌悪
その一
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翌朝、鵜飼は色落ちしないようペインティングされた塀にコーティング剤を塗りに来た。それが乾いた翌日から予想以上に人が集まり、多くの人が写真に収めて鑑賞している。
「誰かが動画サイトに投稿したらしいべ」
数日後、いつものように遊びにやって来た村木が自身のケータイで動画サイトを見せる。『オクトゴーヌ』の面々はそれを見てインターネットの凄さを思い知る。
「凄い宣伝効果ですね」
皆で村木のケータイを囲んで動画を見つめていると、ごめんくださいと裏口から聞き慣れない声が響く。堀江が裏口へ向かうと、壊れてしまった根田の自転車の修理を依頼していた自転車屋だった。
「お呼び立てしてしまってすみません。あっちにありますんで」
堀江は自転車の案内で外へ出て行った。川瀬は志願してカフェ営業の接客をしており、小野坂は休みで外出中、この場に居るのは村木と根田だけだ。
「ところでさ、本チャンのデザインは決まったんかい?」
「まだなんです、取り敢えず役所の方に見てもらってからにしようかって」
「まぁ、そうポコポコアイデアが出りゃ苦労しねえべな……それより凄い壁画見っけたのさ」
村木は動画サイトをザッピングして一つの動画をタップすると、かなりパステル調の動画が映し出されていた。
「凄いですね、これ」
「んだ、したって塀の老朽化で取り壊しが決まさってんだと。反対の声も大きかったらしいんだけど、何せ作者が見つかんねくて探しがてらこんサイトに投稿したってさ」
「へぇ」
根田は動画を食い入るように見つめている。勿体無いですね。少し寂しそうに言うと、鵜飼がこんちわ~と姿を見せる。
「何見てんだべ?」
鵜飼は頭を寄せ合う二人のところにやって来て動画サイトを覗き見する。
「ちょびっと良いかい?」
彼は村木のケータイを拝借して早速いじり始める。そして自身のケータイを取り出して何やら入力すると借りていたケータイを返し、洗濯物を片付けて帰っていった。
「信ん奴、今日はあっさり帰ってったさな」
「ハイ、でもさっきの動画は気にしてたみたいですよ」
二人でそんな会話をしていると堀江が用を済ませて厨房に入る。根田は壁面の動画を見せて凄いでしょ? とやや興奮気味に言う。軽い気持ちで覗いただけのつもりが一瞬で画面に釘付けになる。
「どうかしましたか?」
根田はその変化に気付き声を掛けた。堀江は動画から目を離し、あぁと鈍い反応をした。
「その壁画、見た事あるから。それよりちょっと出掛けてくるわ」
彼は時計を気にして輪から離れる。二人とも理由は分かっているので、行ってらっしゃいと見送った。彼は店内の川瀬にも一声掛けて裏口から出て行くと、村木と根田はどこの動画なのか調べ始める。
「京都ですか。見たことあるって言ってましたけど、出身地なんでしょうか?」
後で訊ねてみよう、客からのオーダーを取った川瀬が厨房に入ってくる。根田は村木と別れて仕事に戻り、カフェで接客を始めた。
夕方になって、市役所の担当者が『離れ』の壁画を見にやって来た。
「実際壁に描かさったん見ると凄いべ」
彼らはこの出来栄えに感嘆し、これなら納得してくださると太鼓判を押しした。早速見て頂こうと動画を撮影して満足気に帰っていった。
その後根田は堀江に昼間の疑問をぶつけてみることにする。
「昼間見た動画、ご存知みたいでしたけど」
堀江はその質問を予測していた様で白い封筒を手渡した。
「うん、それ描いたん知り合いやから。ただもう亡くなられてるんや」
「そうですか、京都のご出身なんですか?」
「うん。ゴメン、話さんで」
堀江の答えに納得した根田は封筒を開けてみると、あの壁画の写真が何枚か入っている。
「しばらくお借りしても良いですか?信さんに見せたいんです」
「えぇよ」
堀江は笑顔を見せて頷いた。
その写真は鵜飼の手に渡り、それを元にスケッチしたデザイン画を塀の所有者である尼崎家を訪ねていた。市役所の担当者が間に入って『離れ』の壁画を見せて後押ししてくれ、鵜飼は今回の為にある動画サイトで見付けたデザインを描きたいと言ってスケッチブックを広げて見せると、応対していた女性の表情が変わった。
「これって……」
尼崎夫人は鵜飼のスケッチをじっと見つめている。
「実はこの絵、京都にある壁画を元に描いてみたんです。動画サイトで知ったんですが近々取り壊しが決まっているそうで、調べてみると掛かれた方は既に亡くなられているとのことでした。それで投稿した方と連絡を取って、模写で良ければ箱館にある塀に描かせてもらいたいってお願いしてみたんです」
したら承諾して頂きました。鵜飼は根田経由で堀江に借りた写真も見せて尼崎夫人の反応を見る。彼女は一度立ち上がり、棚に飾られているフォトスタンドを二つ持って元の位置に座り直した。
「実はその絵、娘が描いたんです」
尼崎夫人はそれを鵜飼に見せる。一つはかなり幼少期のもので、もう一つは高校生くらいのものだった。
「八年前に亡くなったんです、まだ十八歳でした」
彼女は亡き娘のことを静かに語り始めた。
村木が見せに来た動画サイトの壁画は、堀江の亡き恋人尼崎ミサの手で描かれた物である。彼女は当時十五歳、堀江より一つ歳上の女の子だった。二人が初めて出逢ったのもその場所で、彼女は一人で壁画を作成していた。
当時非行少年だった堀江は黒のカラースプレーでセンスの無いスラングなイタズラ書きをしていて、パステルカラーのペンキを使って芸術的な作品を描く彼女を小バカにしたものだった。正直に言えば絵心の無い彼の幼い嫉妬心に過ぎなかったのだが、日を置いてそこを訪ねて見ると壁画は完成されており、つるんでいた仲間と違って妙に感動したのを覚えている。
それでもすぐ素直になれた訳ではなく、しばらくの間は相変わらずそこら中をぐちゃ塗りしていたのだが、ある日新人研修のパトロールで巡回していた塚原と出会い、君の居場所はそこ? と問い質された。
その一言が堀江の心に引っ掛かり、たまたま部品工場の社長と知り合って、暇をもて余してるならウチにおいでと誘われてそこで働くようになる。その後高校生になったミサと再会し、彼女の壁画作成を手伝ううちに次第に彼女に惹かれていった。
それから程なく交際を始め、彼女は絵を描く仕事がしたい、と芸大を目指すため行きたくもない学校に一生懸命通っていた。堀江もそんな彼女に触発され熱心に仕事に打ち込んでいた。それが実って彼女の両親に交際を認められ、ミサが高校を卒業して芸大に進学する際に結婚を前提に同棲を始めた矢先、全てが壊れてしまったのだった。
「誰かが動画サイトに投稿したらしいべ」
数日後、いつものように遊びにやって来た村木が自身のケータイで動画サイトを見せる。『オクトゴーヌ』の面々はそれを見てインターネットの凄さを思い知る。
「凄い宣伝効果ですね」
皆で村木のケータイを囲んで動画を見つめていると、ごめんくださいと裏口から聞き慣れない声が響く。堀江が裏口へ向かうと、壊れてしまった根田の自転車の修理を依頼していた自転車屋だった。
「お呼び立てしてしまってすみません。あっちにありますんで」
堀江は自転車の案内で外へ出て行った。川瀬は志願してカフェ営業の接客をしており、小野坂は休みで外出中、この場に居るのは村木と根田だけだ。
「ところでさ、本チャンのデザインは決まったんかい?」
「まだなんです、取り敢えず役所の方に見てもらってからにしようかって」
「まぁ、そうポコポコアイデアが出りゃ苦労しねえべな……それより凄い壁画見っけたのさ」
村木は動画サイトをザッピングして一つの動画をタップすると、かなりパステル調の動画が映し出されていた。
「凄いですね、これ」
「んだ、したって塀の老朽化で取り壊しが決まさってんだと。反対の声も大きかったらしいんだけど、何せ作者が見つかんねくて探しがてらこんサイトに投稿したってさ」
「へぇ」
根田は動画を食い入るように見つめている。勿体無いですね。少し寂しそうに言うと、鵜飼がこんちわ~と姿を見せる。
「何見てんだべ?」
鵜飼は頭を寄せ合う二人のところにやって来て動画サイトを覗き見する。
「ちょびっと良いかい?」
彼は村木のケータイを拝借して早速いじり始める。そして自身のケータイを取り出して何やら入力すると借りていたケータイを返し、洗濯物を片付けて帰っていった。
「信ん奴、今日はあっさり帰ってったさな」
「ハイ、でもさっきの動画は気にしてたみたいですよ」
二人でそんな会話をしていると堀江が用を済ませて厨房に入る。根田は壁面の動画を見せて凄いでしょ? とやや興奮気味に言う。軽い気持ちで覗いただけのつもりが一瞬で画面に釘付けになる。
「どうかしましたか?」
根田はその変化に気付き声を掛けた。堀江は動画から目を離し、あぁと鈍い反応をした。
「その壁画、見た事あるから。それよりちょっと出掛けてくるわ」
彼は時計を気にして輪から離れる。二人とも理由は分かっているので、行ってらっしゃいと見送った。彼は店内の川瀬にも一声掛けて裏口から出て行くと、村木と根田はどこの動画なのか調べ始める。
「京都ですか。見たことあるって言ってましたけど、出身地なんでしょうか?」
後で訊ねてみよう、客からのオーダーを取った川瀬が厨房に入ってくる。根田は村木と別れて仕事に戻り、カフェで接客を始めた。
夕方になって、市役所の担当者が『離れ』の壁画を見にやって来た。
「実際壁に描かさったん見ると凄いべ」
彼らはこの出来栄えに感嘆し、これなら納得してくださると太鼓判を押しした。早速見て頂こうと動画を撮影して満足気に帰っていった。
その後根田は堀江に昼間の疑問をぶつけてみることにする。
「昼間見た動画、ご存知みたいでしたけど」
堀江はその質問を予測していた様で白い封筒を手渡した。
「うん、それ描いたん知り合いやから。ただもう亡くなられてるんや」
「そうですか、京都のご出身なんですか?」
「うん。ゴメン、話さんで」
堀江の答えに納得した根田は封筒を開けてみると、あの壁画の写真が何枚か入っている。
「しばらくお借りしても良いですか?信さんに見せたいんです」
「えぇよ」
堀江は笑顔を見せて頷いた。
その写真は鵜飼の手に渡り、それを元にスケッチしたデザイン画を塀の所有者である尼崎家を訪ねていた。市役所の担当者が間に入って『離れ』の壁画を見せて後押ししてくれ、鵜飼は今回の為にある動画サイトで見付けたデザインを描きたいと言ってスケッチブックを広げて見せると、応対していた女性の表情が変わった。
「これって……」
尼崎夫人は鵜飼のスケッチをじっと見つめている。
「実はこの絵、京都にある壁画を元に描いてみたんです。動画サイトで知ったんですが近々取り壊しが決まっているそうで、調べてみると掛かれた方は既に亡くなられているとのことでした。それで投稿した方と連絡を取って、模写で良ければ箱館にある塀に描かせてもらいたいってお願いしてみたんです」
したら承諾して頂きました。鵜飼は根田経由で堀江に借りた写真も見せて尼崎夫人の反応を見る。彼女は一度立ち上がり、棚に飾られているフォトスタンドを二つ持って元の位置に座り直した。
「実はその絵、娘が描いたんです」
尼崎夫人はそれを鵜飼に見せる。一つはかなり幼少期のもので、もう一つは高校生くらいのものだった。
「八年前に亡くなったんです、まだ十八歳でした」
彼女は亡き娘のことを静かに語り始めた。
村木が見せに来た動画サイトの壁画は、堀江の亡き恋人尼崎ミサの手で描かれた物である。彼女は当時十五歳、堀江より一つ歳上の女の子だった。二人が初めて出逢ったのもその場所で、彼女は一人で壁画を作成していた。
当時非行少年だった堀江は黒のカラースプレーでセンスの無いスラングなイタズラ書きをしていて、パステルカラーのペンキを使って芸術的な作品を描く彼女を小バカにしたものだった。正直に言えば絵心の無い彼の幼い嫉妬心に過ぎなかったのだが、日を置いてそこを訪ねて見ると壁画は完成されており、つるんでいた仲間と違って妙に感動したのを覚えている。
それでもすぐ素直になれた訳ではなく、しばらくの間は相変わらずそこら中をぐちゃ塗りしていたのだが、ある日新人研修のパトロールで巡回していた塚原と出会い、君の居場所はそこ? と問い質された。
その一言が堀江の心に引っ掛かり、たまたま部品工場の社長と知り合って、暇をもて余してるならウチにおいでと誘われてそこで働くようになる。その後高校生になったミサと再会し、彼女の壁画作成を手伝ううちに次第に彼女に惹かれていった。
それから程なく交際を始め、彼女は絵を描く仕事がしたい、と芸大を目指すため行きたくもない学校に一生懸命通っていた。堀江もそんな彼女に触発され熱心に仕事に打ち込んでいた。それが実って彼女の両親に交際を認められ、ミサが高校を卒業して芸大に進学する際に結婚を前提に同棲を始めた矢先、全てが壊れてしまったのだった。
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