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好意と嫌悪
その二
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ついに役所から許可を取り付けた鵜飼の計画は、市の協力の元ボランティアが募る。そして街を挙げての【壁画大作戦】がスタートし、作業は夜を中心に行われた。延べ百人を超えるボランティア、このためにわざわざ手伝いに来た芸大生、絵描き好きの一般市民なども参加した。仲間内である村木、川瀬、小野坂、嶺山兄妹、そして塚原も参加し、製作段階で早くも見物客が訪れるほどだった。
更には動画を投稿した京都在住の男性も休暇を取って駆け付け、【壁画大作戦】に参加した。彼の呼び掛けもあって絵心のある若者たちが全国からやって来たり、時には有名アーティストも忙しい合間を縫ってアドバイスをするという一幕もあった。
沢山の人たちの協力を得たお陰で遂に壁画は完成し、ローカル版ではあったがニュースになるほどの話題を呼んで一躍観光スポットとなる盛況振りだった。
堀江は参加しなかった。物理的事情もあったのだが、恋人への思い入れが強すぎたのか過去としての消化がまだ出来ていなかった。彼は相変わらず壁画を見ようとせず、いつものように通常業務をこなしているとフロントの電話が鳴る。
「ありがとうございます、ペンション『オクトゴーヌ』でございます」
彼は営業用口調で応対すると声の主は鵜飼だった。
『壁画、完成したべ。時間が空いたら見に来てよ』
それだけ伝えると電話が切れる。堀江は受話器を置くと、まるで見計らっていたかのように川瀬と小野坂が戻ってきた。二人は事務所でエプロンを着けると店内に入り、小野坂は堀江のエプロンの紐を解き始める。
「壁画観てきなよ、代わるから」
そう言いながらあっさり堀江からエプロンを外し、手を掴んで事務所に引き入れる。渋る彼を外へ連れ出すと、暗くならないうちにさっさと行けとペンションから追い出した。
どないしよ……戸惑う堀江は一人オロオロしていると、根田がかつて衛氏が使っていた古い自転車に乗って帰宅した。
「壁画、完成しましたよ」
嬉しそうにはしゃぐ根田に、らしいねと歯切れ悪く返事をする。
「信さん待ってますよ、これ貸しますから早く行ってください」
根田は自転車を堀江に預け、着替えの為『離れ』へと入っていく。俺を待っててくれてる?その言葉に居ても立ってもいられなくなった彼は、古い自転車にまたがって壁画のある現場へ急行した。
壁画のある個人宅に到着した堀江の目に飛び込んできた絵は、かつての恋人尼崎ミサが描いたものそのままだった。実際は鵜飼が模写したものなのだが、彼女らしいパステル基調の優しい雰囲気も活かされていた。
「凄い……」
正直ここまでの出来映えとは思っていなかったので、堀江は一人感慨深げに見つめていた。すると背後から仁君と声が掛かり、振り返ると鵜飼と品の良い五十代の夫婦が立っている。
「え?」
堀江はその夫婦を見て表情を変えるが、鵜飼は構わず彼らが壁の所有者であることを話す。すると夫である尼崎氏が堀江の方に歩み寄り、こっちに来てたんだねと言った。
「ご無沙汰致しております」
堀江が尼崎氏に一礼すると、妻である尼崎夫人も二人に近付く。
「お元気そうね、この街にはいつから?」
「一昨年の十月です、ご連絡出来ず申し訳ございません」
「お気になさらないで、お忙しかったんでしょう?」
彼女は堀江に笑顔を向けてそっと右手を握った。鵜飼はそんな三人を見つめていると、尼崎氏がそれに気付いてかつて堀江と付き合いがあったことを話す。
「彼とは京都で知り合ったんだ、娘と婚約しててね」
「え? それじゃあ……」
尼崎氏は頷いて、彼のことだよと妻と話している堀江を見た。
「確かに仁君は罪を犯した。でもきちんと罪を償うこと、娘を弔うことを忘れずにいてくれている。今彼がここに居るのがその証拠だと、私はそう思っているんだ」
その言葉は鵜飼が考えていたこととはほぼ逆だった。ここに居る堀江の恋人の両親はとおに彼を許している。ろくに事情も知らない自分が堀江の前科に拘るのは筋違いなのかも知れない。
今度は堀江と尼崎夫人の方に目をやると、申し訳無さそうに下を向いている堀江を、夫人は優しく手を擦って笑顔で話し掛けていた。それを見て先日放った言葉を後悔した。
これ以上意固地になるのはもうやめよう、二人の会話が終わるのを待ってから堀江に声を掛けようと歩き出すと、堀江も鵜飼の方に近付き、ありがとうと言った。
「お礼を言うんはわちの方だべ、『離れ』の塀に絵を描かさってくれたから実現出来たんだべ」
鵜飼は根田経由で借りていた写真を返す。
「こん前は差し出がましいこと吐かしちゃってごめんね、ろくに事情も知らんで」
鵜飼の謝罪に、しょうがないよと首を振る。
「俺自身そのことはずっとくすぶってたから。それに、信君のお蔭でこの絵をいつでも見ることが出来るんやから」
堀江は再び壁画を見て笑顔になる。鵜飼はもう一度、ごめんねと下を向いて涙をこぼす。もうえぇよ……堀江は鵜飼に向き直り、ポンと肩を軽く叩いた。
翌日から堀江と鵜飼の仲はすっかり元に戻っており、しかも学年は違えど同い年の二人は敬語すらも取っ払っていた。その頃になると新規顧客として尼崎夫妻も顔を見せるようになっている。
問題は片付いた。一同はホッと胸を撫で下ろしたが、屋外パーティで見た川瀬の表情が気になる小野坂は、どうもスッキリしない様子で彼の動向を見つめていた。
ここ数日堀江と鵜飼が何やらコソコソと怪しい行動を取り始める。山下貞行の登場で治安が悪化した辺りから何かと忙しかった彼らは、根田の誕生日がとおに過ぎていることの埋め合わせを考えていた。
今になって誕生日プレゼントを用意していないと気付いた二人は、修理に出していた根田の自転車に新たなペインティングを施そうと目論んでいた。現在自転車は修理を終えて鵜飼の自宅に置いてあり、彼の手でその作業は着々と進めていた。
そして根田の自転車のカスタマイズが完成した日、堀江から根田以外のメンバーにも伝える。
「実は、来週辺りに悌君の誕生会、やろうと思ってるんやけど。それで、プレゼントはこれにするつもり」
堀江はケータイを取り出して画像を見せる。
「これって……」
「うん、悌君の自転車に信が壁画と同じデザインを描いてくれてん。皆に内緒でやったんは申し訳無いけど、勘付かれるんも具合悪いかなと」
堀江と鵜飼の企みを知った村木は、吐かせよな~と拗ねる。
「お前に教えるとバレんじゃん。それより、費用はいくらかかったんだ?」
小野坂の現実的な質問に堀江は、修理費の千円だけと答えた。ペンキは【壁画大作戦】の残りを使ったので事実上の費用はかかっていなかった。すると川瀬が珍しく自ら声を上げてある提案をする。
「ならいっそ今晩にしません? さすがに今日だとは思わないだろうから、サプライズ感が出るんじゃないかな?」
その提案に皆が乗ると、堀江は鵜飼と嶺山に連絡を取る。
「悌君十時に来るから交替で準備しよか?」
「いや、オレ休みしたから任してもらっていいかい?」
イベント事が大好きな村木がここぞとばかり立候補する。少し前、誕生会の話題になった時の小野坂の言葉を思い出していた。
『こういうのは礼にやらせときゃ何とかしてくれるさ』
「じゃ、お願いしてえぇかな? 必要な時は手伝うから」
「りょーかい♪」
村木は嬉しそうに、ちょっくら買い物してくるとペンションから出て行った。
「僕は夕食までに下ごしらえしてくるよ」
この日川瀬は夕方まで休みなので、それ用に食材調達してくると村木同様買い物に出掛けた。すると堀江のケータイが忙しく震え始め、それを軽くいじって小野坂に見せる。
「信と嶺山兄妹今晩空いてるって。今日は雪路ちゃん午前中だけやから手伝わせよか? って」
「良いんじゃない? ああいうのは女の子の方がセンスあるから」
こうして根田の居ぬ間に誕生会の準備は着々と進んでいた。
更には動画を投稿した京都在住の男性も休暇を取って駆け付け、【壁画大作戦】に参加した。彼の呼び掛けもあって絵心のある若者たちが全国からやって来たり、時には有名アーティストも忙しい合間を縫ってアドバイスをするという一幕もあった。
沢山の人たちの協力を得たお陰で遂に壁画は完成し、ローカル版ではあったがニュースになるほどの話題を呼んで一躍観光スポットとなる盛況振りだった。
堀江は参加しなかった。物理的事情もあったのだが、恋人への思い入れが強すぎたのか過去としての消化がまだ出来ていなかった。彼は相変わらず壁画を見ようとせず、いつものように通常業務をこなしているとフロントの電話が鳴る。
「ありがとうございます、ペンション『オクトゴーヌ』でございます」
彼は営業用口調で応対すると声の主は鵜飼だった。
『壁画、完成したべ。時間が空いたら見に来てよ』
それだけ伝えると電話が切れる。堀江は受話器を置くと、まるで見計らっていたかのように川瀬と小野坂が戻ってきた。二人は事務所でエプロンを着けると店内に入り、小野坂は堀江のエプロンの紐を解き始める。
「壁画観てきなよ、代わるから」
そう言いながらあっさり堀江からエプロンを外し、手を掴んで事務所に引き入れる。渋る彼を外へ連れ出すと、暗くならないうちにさっさと行けとペンションから追い出した。
どないしよ……戸惑う堀江は一人オロオロしていると、根田がかつて衛氏が使っていた古い自転車に乗って帰宅した。
「壁画、完成しましたよ」
嬉しそうにはしゃぐ根田に、らしいねと歯切れ悪く返事をする。
「信さん待ってますよ、これ貸しますから早く行ってください」
根田は自転車を堀江に預け、着替えの為『離れ』へと入っていく。俺を待っててくれてる?その言葉に居ても立ってもいられなくなった彼は、古い自転車にまたがって壁画のある現場へ急行した。
壁画のある個人宅に到着した堀江の目に飛び込んできた絵は、かつての恋人尼崎ミサが描いたものそのままだった。実際は鵜飼が模写したものなのだが、彼女らしいパステル基調の優しい雰囲気も活かされていた。
「凄い……」
正直ここまでの出来映えとは思っていなかったので、堀江は一人感慨深げに見つめていた。すると背後から仁君と声が掛かり、振り返ると鵜飼と品の良い五十代の夫婦が立っている。
「え?」
堀江はその夫婦を見て表情を変えるが、鵜飼は構わず彼らが壁の所有者であることを話す。すると夫である尼崎氏が堀江の方に歩み寄り、こっちに来てたんだねと言った。
「ご無沙汰致しております」
堀江が尼崎氏に一礼すると、妻である尼崎夫人も二人に近付く。
「お元気そうね、この街にはいつから?」
「一昨年の十月です、ご連絡出来ず申し訳ございません」
「お気になさらないで、お忙しかったんでしょう?」
彼女は堀江に笑顔を向けてそっと右手を握った。鵜飼はそんな三人を見つめていると、尼崎氏がそれに気付いてかつて堀江と付き合いがあったことを話す。
「彼とは京都で知り合ったんだ、娘と婚約しててね」
「え? それじゃあ……」
尼崎氏は頷いて、彼のことだよと妻と話している堀江を見た。
「確かに仁君は罪を犯した。でもきちんと罪を償うこと、娘を弔うことを忘れずにいてくれている。今彼がここに居るのがその証拠だと、私はそう思っているんだ」
その言葉は鵜飼が考えていたこととはほぼ逆だった。ここに居る堀江の恋人の両親はとおに彼を許している。ろくに事情も知らない自分が堀江の前科に拘るのは筋違いなのかも知れない。
今度は堀江と尼崎夫人の方に目をやると、申し訳無さそうに下を向いている堀江を、夫人は優しく手を擦って笑顔で話し掛けていた。それを見て先日放った言葉を後悔した。
これ以上意固地になるのはもうやめよう、二人の会話が終わるのを待ってから堀江に声を掛けようと歩き出すと、堀江も鵜飼の方に近付き、ありがとうと言った。
「お礼を言うんはわちの方だべ、『離れ』の塀に絵を描かさってくれたから実現出来たんだべ」
鵜飼は根田経由で借りていた写真を返す。
「こん前は差し出がましいこと吐かしちゃってごめんね、ろくに事情も知らんで」
鵜飼の謝罪に、しょうがないよと首を振る。
「俺自身そのことはずっとくすぶってたから。それに、信君のお蔭でこの絵をいつでも見ることが出来るんやから」
堀江は再び壁画を見て笑顔になる。鵜飼はもう一度、ごめんねと下を向いて涙をこぼす。もうえぇよ……堀江は鵜飼に向き直り、ポンと肩を軽く叩いた。
翌日から堀江と鵜飼の仲はすっかり元に戻っており、しかも学年は違えど同い年の二人は敬語すらも取っ払っていた。その頃になると新規顧客として尼崎夫妻も顔を見せるようになっている。
問題は片付いた。一同はホッと胸を撫で下ろしたが、屋外パーティで見た川瀬の表情が気になる小野坂は、どうもスッキリしない様子で彼の動向を見つめていた。
ここ数日堀江と鵜飼が何やらコソコソと怪しい行動を取り始める。山下貞行の登場で治安が悪化した辺りから何かと忙しかった彼らは、根田の誕生日がとおに過ぎていることの埋め合わせを考えていた。
今になって誕生日プレゼントを用意していないと気付いた二人は、修理に出していた根田の自転車に新たなペインティングを施そうと目論んでいた。現在自転車は修理を終えて鵜飼の自宅に置いてあり、彼の手でその作業は着々と進めていた。
そして根田の自転車のカスタマイズが完成した日、堀江から根田以外のメンバーにも伝える。
「実は、来週辺りに悌君の誕生会、やろうと思ってるんやけど。それで、プレゼントはこれにするつもり」
堀江はケータイを取り出して画像を見せる。
「これって……」
「うん、悌君の自転車に信が壁画と同じデザインを描いてくれてん。皆に内緒でやったんは申し訳無いけど、勘付かれるんも具合悪いかなと」
堀江と鵜飼の企みを知った村木は、吐かせよな~と拗ねる。
「お前に教えるとバレんじゃん。それより、費用はいくらかかったんだ?」
小野坂の現実的な質問に堀江は、修理費の千円だけと答えた。ペンキは【壁画大作戦】の残りを使ったので事実上の費用はかかっていなかった。すると川瀬が珍しく自ら声を上げてある提案をする。
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その提案に皆が乗ると、堀江は鵜飼と嶺山に連絡を取る。
「悌君十時に来るから交替で準備しよか?」
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イベント事が大好きな村木がここぞとばかり立候補する。少し前、誕生会の話題になった時の小野坂の言葉を思い出していた。
『こういうのは礼にやらせときゃ何とかしてくれるさ』
「じゃ、お願いしてえぇかな? 必要な時は手伝うから」
「りょーかい♪」
村木は嬉しそうに、ちょっくら買い物してくるとペンションから出て行った。
「僕は夕食までに下ごしらえしてくるよ」
この日川瀬は夕方まで休みなので、それ用に食材調達してくると村木同様買い物に出掛けた。すると堀江のケータイが忙しく震え始め、それを軽くいじって小野坂に見せる。
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