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女の決断
その二
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入院していたまどかは三日ほどで退院し、香世子の迎えで帰宅する。その間彼女の世話は赤岩夫妻が交代で行い、店の切り盛りを任されていた村木は入院中のまどかを見舞う事が出来ず、気持ちは沈んだままだ。
「「ただいま」」
二人は普段と変わらず明るく振る舞い、赤岩もお帰りと笑顔で迎え入れる。しかし思っている事と行動が直結している村木にはそれが出来ず、和やかな空気をぶち壊した。
「なして今まで黙ってたんだべ?」
「何をだ?」
まどかは先日の事など無かったかのようにすっとぼけた態度を取り、村木は我慢がならずイライラする。
「病気の事だべ、こうなるんは分かってたはずだ」
「したってくっちゃったら『堕ろせ』ぬかすに決まってる」
彼女は下腹部を擦りながら兄の顔を睨みつける。
「そりゃあぬかすさ、自分の命大事にしねえでどうすんだ?産んで終わりでねえんだぞ」
「んな事分かってるさ、私が死ななきゃ済む話だべ。妊娠が分かった時は『今の状態だと死ぬ確率の方が高い』って言われたさ、したってゼロでねえんならそっちに賭けてみたいんだ。自分の勝手な都合でこの子の命は潰せないさ、後悔何てこれっぽっちも無いべ」
まどかは真剣そのものと言った表情で思っていることを正直に話す。一旦は仲裁に入ろうとしていた赤岩夫妻も兄妹の会話を見守っている。
「それにさ、最近この子色んな動きしてくんだべ。それをお腹ん中で感じてたら自分では想像も付かない物凄い力が漲ってくるんだ。『絶対この世に産み落としてみせる!この手で育ててみせる!』ってさ。そりゃ時々は死への恐怖で眠れんかったりもする、したってこの中で息づく命のためだったら何だって乗り越えられる。今じゃむしろそう思ってるべ」
村木は母親としての自覚が芽生えているまどかに、これまで無かったただならぬ強さを感じ取る。もうただのお転婆娘ではない……新たな命を守り、育てている強き女性へと変貌を遂げていた。
これ以上オレがとやかく言う事は何もない。妹の決断に水を差したくない村木は、自分に出来る事は何か?と訊ねた。すると彼女はにっこりと微笑んで、日曜日に『オクトゴーヌ』でランチがしたいと言った。
「そったら事でいいんかい?」
「んだ、そったら事が案外至福の時なんだべ。この前あそこでユキちゃんとのじゃんけんでエビフライプレートの方にしたからさ。迷ってたハンバーグプレートもまくらいたいんだ、久し振りに一緒に外食しよ」
まどかに誘いに村木は頷き、早速この週末約束は実行に移された。
「ってな訳で兄妹水入らずでランチなんだべ」
仲良くカウンター席に座っている村木とまどかは、この日カフェの接客を担当している小野坂にまどかの病気の事を洗いざらい話して聞かせた。
「『ってな訳で』って内容の話じゃねぇだろ、正直俺言葉に困ってんだから」
「智さんが困る事無いべさ、皆さんのサポートのお蔭で充実した毎日を過ごせてるしたから」
困惑している小野坂に、まどかは明るい表情を見せる。
「それなら良いけど……ご注文は?」
「私はハンバーグプレート。おろしポン酢で、あとライスもお願いします。飲み物はオレンジジュースで」
「かしこまりました、お前はハヤシライスだろ?」
小野坂は基本それしか注文しない村木に素っ気なく言ってやったが、この日の彼はいつに無く真剣にメニューと睨めっこをして、今日は違うのにする!と言い出した。
「悩み出したら長いからな……先にまどかちゃんの分だけオーダーしてくる」
小野坂は村木を放ってさっさと厨房に入ると、川瀬は既にハンバーグプレートの支度を始めていて、聞こえてたよと笑った。
「んじゃさっきの内容も全部聞こえてたんだな」
「うん。僕たちはまどかちゃんがここでの時間を楽しく過ごして頂く事に専念しようよ」
「そうだな、実際それしか出来ねぇから」
小野坂はそう言って笑顔を見せて再びカフェに戻ると、村木は既にメニューを閉じており、結局ハヤシライスを注文した。
「結局それじゃねぇかよ、さっきの時間は何だったんだ?」
「良いでねえか、たまには違うんもって思ったってさ」
村木は呆れた態度でメニューを仕舞う友に口答えした。
「私が『一口まくらいたい』ってこいたんだ。礼君が同じ物を何度も頼むってなまら珍しい事したから」
「まぁ確かに……」
表向きこそ平静を装っていた小野坂だったが、正直に言えばまどかの話をきちんと消化しきれておらず、動揺はまた治まっていなかった。それでも厨房に川瀬が居るお蔭で何とか乗り切れている状態で、もし一人ならどういった態度になっていただろうか?と考えていた。
かつて調布の母親が妊娠中に腎疾患が見つかった時は中絶を選択しているだけに、まどかが今決して体調が安定している訳ではない事は理解出来ているつもりでいる。かと言って今更治療しろなどと言えず、奇跡を信じるしか道は残されていない……彼にはまどかとお腹の子供の無事を祈る事しか出来ないのが現状だ。
小野坂は村木のオーダーを川瀬に伝えるため厨房に入ると、ハヤシライスでしょ?と笑顔を見せていた。
「あぁ、さっきまでの時間は一体何だったんだよ?って感じだ」
「でも偏食な上に飽きっぽい彼がハヤシライスに関してだけは別だもんね。僕にしてみればむしろ嬉しいけどね」
「他のも食ってくれとは思わないのか?」
「それは飽きてからでも遅くないよ。外食で礼君に見初められるってなかなか至難の業だからね」
「それもそうだな」
小野坂も村木の偏食振りを思いながら頷いた。川瀬は小野坂を見て、もしかして動揺してる?と声を掛ける。
「正直に言ってしまうとな。実はユメのお母さんが同じ様な状況の時に中絶を選択しててさ、『本当に正しい選択だったのか?』って母親に悩みを打ち明けてたのを聞いた事があったから何とも言えねぇ気持ちになっちまって……」
「そう……僕はこの歳の割に人の死に立ち合ってる機会が多い方だから。それでも衛さんが亡くなられた時は精神的支柱が無くなってしばらくは頭がフワフワしてたんだ、やっぱり慣れないよ」
川瀬はそう言って寂しそうに笑ってから二人分のランチ創作に取り掛かり、小野坂はカフェに出て接客を始めた。
「「ただいま」」
二人は普段と変わらず明るく振る舞い、赤岩もお帰りと笑顔で迎え入れる。しかし思っている事と行動が直結している村木にはそれが出来ず、和やかな空気をぶち壊した。
「なして今まで黙ってたんだべ?」
「何をだ?」
まどかは先日の事など無かったかのようにすっとぼけた態度を取り、村木は我慢がならずイライラする。
「病気の事だべ、こうなるんは分かってたはずだ」
「したってくっちゃったら『堕ろせ』ぬかすに決まってる」
彼女は下腹部を擦りながら兄の顔を睨みつける。
「そりゃあぬかすさ、自分の命大事にしねえでどうすんだ?産んで終わりでねえんだぞ」
「んな事分かってるさ、私が死ななきゃ済む話だべ。妊娠が分かった時は『今の状態だと死ぬ確率の方が高い』って言われたさ、したってゼロでねえんならそっちに賭けてみたいんだ。自分の勝手な都合でこの子の命は潰せないさ、後悔何てこれっぽっちも無いべ」
まどかは真剣そのものと言った表情で思っていることを正直に話す。一旦は仲裁に入ろうとしていた赤岩夫妻も兄妹の会話を見守っている。
「それにさ、最近この子色んな動きしてくんだべ。それをお腹ん中で感じてたら自分では想像も付かない物凄い力が漲ってくるんだ。『絶対この世に産み落としてみせる!この手で育ててみせる!』ってさ。そりゃ時々は死への恐怖で眠れんかったりもする、したってこの中で息づく命のためだったら何だって乗り越えられる。今じゃむしろそう思ってるべ」
村木は母親としての自覚が芽生えているまどかに、これまで無かったただならぬ強さを感じ取る。もうただのお転婆娘ではない……新たな命を守り、育てている強き女性へと変貌を遂げていた。
これ以上オレがとやかく言う事は何もない。妹の決断に水を差したくない村木は、自分に出来る事は何か?と訊ねた。すると彼女はにっこりと微笑んで、日曜日に『オクトゴーヌ』でランチがしたいと言った。
「そったら事でいいんかい?」
「んだ、そったら事が案外至福の時なんだべ。この前あそこでユキちゃんとのじゃんけんでエビフライプレートの方にしたからさ。迷ってたハンバーグプレートもまくらいたいんだ、久し振りに一緒に外食しよ」
まどかに誘いに村木は頷き、早速この週末約束は実行に移された。
「ってな訳で兄妹水入らずでランチなんだべ」
仲良くカウンター席に座っている村木とまどかは、この日カフェの接客を担当している小野坂にまどかの病気の事を洗いざらい話して聞かせた。
「『ってな訳で』って内容の話じゃねぇだろ、正直俺言葉に困ってんだから」
「智さんが困る事無いべさ、皆さんのサポートのお蔭で充実した毎日を過ごせてるしたから」
困惑している小野坂に、まどかは明るい表情を見せる。
「それなら良いけど……ご注文は?」
「私はハンバーグプレート。おろしポン酢で、あとライスもお願いします。飲み物はオレンジジュースで」
「かしこまりました、お前はハヤシライスだろ?」
小野坂は基本それしか注文しない村木に素っ気なく言ってやったが、この日の彼はいつに無く真剣にメニューと睨めっこをして、今日は違うのにする!と言い出した。
「悩み出したら長いからな……先にまどかちゃんの分だけオーダーしてくる」
小野坂は村木を放ってさっさと厨房に入ると、川瀬は既にハンバーグプレートの支度を始めていて、聞こえてたよと笑った。
「んじゃさっきの内容も全部聞こえてたんだな」
「うん。僕たちはまどかちゃんがここでの時間を楽しく過ごして頂く事に専念しようよ」
「そうだな、実際それしか出来ねぇから」
小野坂はそう言って笑顔を見せて再びカフェに戻ると、村木は既にメニューを閉じており、結局ハヤシライスを注文した。
「結局それじゃねぇかよ、さっきの時間は何だったんだ?」
「良いでねえか、たまには違うんもって思ったってさ」
村木は呆れた態度でメニューを仕舞う友に口答えした。
「私が『一口まくらいたい』ってこいたんだ。礼君が同じ物を何度も頼むってなまら珍しい事したから」
「まぁ確かに……」
表向きこそ平静を装っていた小野坂だったが、正直に言えばまどかの話をきちんと消化しきれておらず、動揺はまた治まっていなかった。それでも厨房に川瀬が居るお蔭で何とか乗り切れている状態で、もし一人ならどういった態度になっていただろうか?と考えていた。
かつて調布の母親が妊娠中に腎疾患が見つかった時は中絶を選択しているだけに、まどかが今決して体調が安定している訳ではない事は理解出来ているつもりでいる。かと言って今更治療しろなどと言えず、奇跡を信じるしか道は残されていない……彼にはまどかとお腹の子供の無事を祈る事しか出来ないのが現状だ。
小野坂は村木のオーダーを川瀬に伝えるため厨房に入ると、ハヤシライスでしょ?と笑顔を見せていた。
「あぁ、さっきまでの時間は一体何だったんだよ?って感じだ」
「でも偏食な上に飽きっぽい彼がハヤシライスに関してだけは別だもんね。僕にしてみればむしろ嬉しいけどね」
「他のも食ってくれとは思わないのか?」
「それは飽きてからでも遅くないよ。外食で礼君に見初められるってなかなか至難の業だからね」
「それもそうだな」
小野坂も村木の偏食振りを思いながら頷いた。川瀬は小野坂を見て、もしかして動揺してる?と声を掛ける。
「正直に言ってしまうとな。実はユメのお母さんが同じ様な状況の時に中絶を選択しててさ、『本当に正しい選択だったのか?』って母親に悩みを打ち明けてたのを聞いた事があったから何とも言えねぇ気持ちになっちまって……」
「そう……僕はこの歳の割に人の死に立ち合ってる機会が多い方だから。それでも衛さんが亡くなられた時は精神的支柱が無くなってしばらくは頭がフワフワしてたんだ、やっぱり慣れないよ」
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