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けじめ
その一
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更に数日が経って村木のケータイに角松からの着信があり、仕事が休みなので昼前に買い物がてら伺いますと言った。
「まどかにはくっちゃってねえんだ、客の振りしてくんねえかい?」
『分かりました、そうさせて頂きます』
その言葉通り、彼は本当に昼前である十一時半頃に『赤岩青果店』に来店し、客として真面目に商品の物色を始めた。
この時店に出ていたのは村木とパート従業員の女性だけで、店主赤岩は奥でストックの整理をしており、香世子は昼食の支度に追われている。まどかは妊娠検診から帰ってきたばかりで、店の手伝いは午後からの手筈となっている。
「ガチで買い物なんかせんでいいべ」
村木は店員として角松に近付き、そっと声を掛ける。
「いえ、はなから野菜は調達するつもりでいますので」
角松は気にする風でもなくごくごく普通に買い物客として見事に溶け込んでいた。コイツ案外芝居上手かい?ここでも思考と言葉が直結している彼はついポロッと口に出す。
「アンタ演劇でもしてたんかい?」
その問いに対し不思議そうにしながらも、はいと真面目に答える角松だった。
「高校、大学と演劇部に所属していました。仕事にするつもりはありませんので今はアマチュア劇団で趣味程度に」
「へぇ。したって最初会った時は蚊の鳴くような声で下向いてくっちゃってたさ」
「あん状況で芝居出来る程のメンタルはねえですよ。あんお客様を乗せなければきっとやんねかったと思いますし、まどかの心乱す結果になる位なら会わねえ方が良いんかもって散々悩みました」
二人は和やかに言葉を交わしながらこのほど旬を迎えているサツマイモの前に立っていた。周囲にはごくごく普通の接客風景に見えているが、バックヤードから戻った赤岩は角松がまどかの元カレであるとすぐに予想が付いた。
「まどか、サツマイモに値段付けといてくれ」
『なしてぇ?』
彼は姪っ子を呼び出して野暮用を言い付けたが、昼になるまで働く気の無いまどかは返事こそするものの売場に出ようとしない。
「一時間分の時給、上乗せしてやっから」
『絶対よぉ、約束だべ』
まどかはお腹を擦りながら渋々店に出てくると、視界に入ってきた兄と元カレの姿に表情が固くなる。
「……なして?」
まどかは角松が気になって仕事が手に付かず、兄である村木は僅かな変化を察知してなした?と声を掛ける。しかしそれには答えず、どうにか手を動かして商品に値段を付け始めた。
一方の角松は敢えてまどかを気にしていない風に振る舞い、野菜の取り扱いや調理方法を村木に訊ねる。赤岩は商品の補充に精を出しつつも姪っ子たちの動向を俯瞰していた。それからさつまいもとカット販売のかぼちゃを手にした角松はまどかの居るレジに向かう。
「精算はここですかい?」
彼は意を決して声を掛けたが、まどかは値段付けに集中している振りをして見向きもしない。パート従業員の女性が気を利かせてレジに向かうのを赤岩が引き留めた。
「まどかぁ、お客様がお待ちだぞぉ」
「へっ!?私がすんのかい!?」
まどかは思いっ切り嫌そうな顔をして叔父を見る。
「ったりめぇだ、おめえが一番近いでねえかい」
「え~っ」
「給料出すしたから働け」
社長である赤岩にとどめを刺されたまどかは、ふくれっ面のままレジに入る。
「しばらく振りだべ、元気してっか?」
「……何しに来た?」
「買い物だべ、異動ですぐ近所に住んでんだ」
「そうかい……二百二十六円です」
まどかのぶっきらぼうな接客に怒る事無く、角松はお金を支払って商品を受け取る。
「お腹、でっかくなってきたね。体調の方は?」
「どうもない、アンタに心配される筋合いねえ」
「そうかい……お大事にな」
彼はしたっけとあっさり店を出て行った。その一部始終を観察していた赤岩は客の背中を見送った。
「案外まどかの扱い、解ってんだな……」
この日は閉店時刻の午後八時になっても客足が引かず、赤岩夫妻の指示で村木兄妹は先に夕飯を頂くことにする。まどかは疲れを落としたいと風呂に入っている。支度は村木が担当し、先に香世子が作り置きしていた料理を温め直して配膳していく。
「はぁ~、さっぱりしたらお腹空いたべ」
まどかは髪の毛をごしごしと拭きながら居間に入る。
「飯ある所で髪拭くんでね、先に乾かしてこい」
「へ~い」
まどかは竜田揚げを一つ摘んで口の中に放り込む。
「んめぇ、さすがカヨちゃんだべ」
「コラッ!つまみ食いすんでね!」
「ドライヤー使う為の栄養補給だ、細かい事ぬかしてっとハゲるぞ」
「やかましいわっ!風邪引いても知んねぇからな!」
まどかはフフンと鼻で笑ってさっさと部屋を出て行った。村木にとって『ハゲ』は切実な問題であり、父母方両家とも禿げ家系で祖父と父は見事なまでにしっかりと遺伝している。このところ赤岩も前髪が減ってきているのを気にしており、村木自身も絶対ハゲるものか!と日頃から頭皮のケアを入念に行っている。
相変わらず小ズルい奴め……まどかは自身が不利な状況になると、相手の弱みを突付いて逃げる姑息な手段を取る。これには実母も手を焼いていたようで、『末っ子は変に口が立つから困る』とよくぼやいていたのを思い出した。普段の村木であれは何かに付け母親を毛嫌いしているが、こればかりは同情すっペ……とため息を漏らした。
それからも角松は時間の許す限り『赤岩青果店』にやって来てはまどかを気遣っていた。出来る協力はしたいと申し出ているのだが、まどかの態度は一向に改善されず、接客態度としても問題があった。
「なして角松君にだけあんな態度取るだ?彼良い人だべ」
村木は目に余る妹の態度の悪さを窘める。
「礼君はアイツの非情な言葉を知んねえからんな事がこけんだ」
「俺は非情だと思わね、オメエを優先しただけだべ」
「知ってたんかい?」
まどかは兄の返答に予想以上の驚きを見せる。村木もそれには気付いていたが敢えて見ぬふりをしてそのまま話を進める。
「したって彼が子供の父親であるんは事実だ、ちょべっとくれえ頼ったっていくないかい?」
「ヤダ!」
まどかは頑なに首を横に振った。
「少なくとも親よりは頼りになっペ、ヨリは戻さんでいいしたから味方だけは増やしとけって」
普段ならもっと押し付けがましい口調になるところだが、さすがに安全とは言えない妊活をしている妹にそれは出来ず言葉を控える。
村木は彼なりに注意を払って進言したつもりだったが、それからもなかなか改善を見せない妹の態度にイライラを募らせ始めていた。
「まどかにはくっちゃってねえんだ、客の振りしてくんねえかい?」
『分かりました、そうさせて頂きます』
その言葉通り、彼は本当に昼前である十一時半頃に『赤岩青果店』に来店し、客として真面目に商品の物色を始めた。
この時店に出ていたのは村木とパート従業員の女性だけで、店主赤岩は奥でストックの整理をしており、香世子は昼食の支度に追われている。まどかは妊娠検診から帰ってきたばかりで、店の手伝いは午後からの手筈となっている。
「ガチで買い物なんかせんでいいべ」
村木は店員として角松に近付き、そっと声を掛ける。
「いえ、はなから野菜は調達するつもりでいますので」
角松は気にする風でもなくごくごく普通に買い物客として見事に溶け込んでいた。コイツ案外芝居上手かい?ここでも思考と言葉が直結している彼はついポロッと口に出す。
「アンタ演劇でもしてたんかい?」
その問いに対し不思議そうにしながらも、はいと真面目に答える角松だった。
「高校、大学と演劇部に所属していました。仕事にするつもりはありませんので今はアマチュア劇団で趣味程度に」
「へぇ。したって最初会った時は蚊の鳴くような声で下向いてくっちゃってたさ」
「あん状況で芝居出来る程のメンタルはねえですよ。あんお客様を乗せなければきっとやんねかったと思いますし、まどかの心乱す結果になる位なら会わねえ方が良いんかもって散々悩みました」
二人は和やかに言葉を交わしながらこのほど旬を迎えているサツマイモの前に立っていた。周囲にはごくごく普通の接客風景に見えているが、バックヤードから戻った赤岩は角松がまどかの元カレであるとすぐに予想が付いた。
「まどか、サツマイモに値段付けといてくれ」
『なしてぇ?』
彼は姪っ子を呼び出して野暮用を言い付けたが、昼になるまで働く気の無いまどかは返事こそするものの売場に出ようとしない。
「一時間分の時給、上乗せしてやっから」
『絶対よぉ、約束だべ』
まどかはお腹を擦りながら渋々店に出てくると、視界に入ってきた兄と元カレの姿に表情が固くなる。
「……なして?」
まどかは角松が気になって仕事が手に付かず、兄である村木は僅かな変化を察知してなした?と声を掛ける。しかしそれには答えず、どうにか手を動かして商品に値段を付け始めた。
一方の角松は敢えてまどかを気にしていない風に振る舞い、野菜の取り扱いや調理方法を村木に訊ねる。赤岩は商品の補充に精を出しつつも姪っ子たちの動向を俯瞰していた。それからさつまいもとカット販売のかぼちゃを手にした角松はまどかの居るレジに向かう。
「精算はここですかい?」
彼は意を決して声を掛けたが、まどかは値段付けに集中している振りをして見向きもしない。パート従業員の女性が気を利かせてレジに向かうのを赤岩が引き留めた。
「まどかぁ、お客様がお待ちだぞぉ」
「へっ!?私がすんのかい!?」
まどかは思いっ切り嫌そうな顔をして叔父を見る。
「ったりめぇだ、おめえが一番近いでねえかい」
「え~っ」
「給料出すしたから働け」
社長である赤岩にとどめを刺されたまどかは、ふくれっ面のままレジに入る。
「しばらく振りだべ、元気してっか?」
「……何しに来た?」
「買い物だべ、異動ですぐ近所に住んでんだ」
「そうかい……二百二十六円です」
まどかのぶっきらぼうな接客に怒る事無く、角松はお金を支払って商品を受け取る。
「お腹、でっかくなってきたね。体調の方は?」
「どうもない、アンタに心配される筋合いねえ」
「そうかい……お大事にな」
彼はしたっけとあっさり店を出て行った。その一部始終を観察していた赤岩は客の背中を見送った。
「案外まどかの扱い、解ってんだな……」
この日は閉店時刻の午後八時になっても客足が引かず、赤岩夫妻の指示で村木兄妹は先に夕飯を頂くことにする。まどかは疲れを落としたいと風呂に入っている。支度は村木が担当し、先に香世子が作り置きしていた料理を温め直して配膳していく。
「はぁ~、さっぱりしたらお腹空いたべ」
まどかは髪の毛をごしごしと拭きながら居間に入る。
「飯ある所で髪拭くんでね、先に乾かしてこい」
「へ~い」
まどかは竜田揚げを一つ摘んで口の中に放り込む。
「んめぇ、さすがカヨちゃんだべ」
「コラッ!つまみ食いすんでね!」
「ドライヤー使う為の栄養補給だ、細かい事ぬかしてっとハゲるぞ」
「やかましいわっ!風邪引いても知んねぇからな!」
まどかはフフンと鼻で笑ってさっさと部屋を出て行った。村木にとって『ハゲ』は切実な問題であり、父母方両家とも禿げ家系で祖父と父は見事なまでにしっかりと遺伝している。このところ赤岩も前髪が減ってきているのを気にしており、村木自身も絶対ハゲるものか!と日頃から頭皮のケアを入念に行っている。
相変わらず小ズルい奴め……まどかは自身が不利な状況になると、相手の弱みを突付いて逃げる姑息な手段を取る。これには実母も手を焼いていたようで、『末っ子は変に口が立つから困る』とよくぼやいていたのを思い出した。普段の村木であれは何かに付け母親を毛嫌いしているが、こればかりは同情すっペ……とため息を漏らした。
それからも角松は時間の許す限り『赤岩青果店』にやって来てはまどかを気遣っていた。出来る協力はしたいと申し出ているのだが、まどかの態度は一向に改善されず、接客態度としても問題があった。
「なして角松君にだけあんな態度取るだ?彼良い人だべ」
村木は目に余る妹の態度の悪さを窘める。
「礼君はアイツの非情な言葉を知んねえからんな事がこけんだ」
「俺は非情だと思わね、オメエを優先しただけだべ」
「知ってたんかい?」
まどかは兄の返答に予想以上の驚きを見せる。村木もそれには気付いていたが敢えて見ぬふりをしてそのまま話を進める。
「したって彼が子供の父親であるんは事実だ、ちょべっとくれえ頼ったっていくないかい?」
「ヤダ!」
まどかは頑なに首を横に振った。
「少なくとも親よりは頼りになっペ、ヨリは戻さんでいいしたから味方だけは増やしとけって」
普段ならもっと押し付けがましい口調になるところだが、さすがに安全とは言えない妊活をしている妹にそれは出来ず言葉を控える。
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