69 / 174
家族とは?
その三
しおりを挟む
それから一夜が明けて長兄和明夫妻、次兄英次が赤岩家に集結していた。角松の親戚筋に当たる肇のいとこ一家も揃って弔問に訪れ、村木と赤岩夫妻は初見であるためまずは挨拶を交わす。道東在住であるためなかなか会える機会が無いらしいのだが、まどかとは何度か面識があるとの事で彼女の死を悼んでいた。
「この度は御愁傷様です」
「ありがとうございます。あちらは悪天候と伺っています、道中大変だったっしょ?」
香世子はいとこ一家にお茶を出す。
「いや困った時はお互い様だべ、わちら中途半端に遠方したからこれまで何も出来ねかったし。こんな事になんねえと挨拶もせんかった事お許しください」
「それはウチも同じです、これからええ付合いを始めればええと思います。子供は元気したから」
「んだ、それがせめてもの救いだべ。わちゃわちゃしますが式の後ででもお顔見せてもろうていいべか?」
「是非そうしてやってけれ」
赤岩家といとこ一家は初対面とは思えぬくらいに和やかな雰囲気で会話をする。一方長兄夫妻と次兄も角松家と和やかに言葉を交わしていた。
「このような事態になって何とお詫びしてええもんか……」
角松夫妻は嫁の兄に土下座とも言えるくらいに深々と頭を下げている。
「いえ、めんじは覚悟しとったと思います。むしろ受け入れてくださった事に感謝します」
「僕もそう思います。死への恐怖はあったと思いますが、正君と結婚してからはずっと前向きで明るくしてましたんで。どうか頭を上げてください」
和明が夫妻をなだめる。
「葬儀の後お子様を見せて頂いてええでしょうか?」
英次は実子と同い年になる姪っ子に興味を示す。
「そうしてやってけれ、ちょべっとちっこいしたから抱っこはまだ難しいけど」
「そうですかい、無事に生まれて何よりです」
そんな会話をしていると役場へ出掛けていた角松が戻ってくる。
「ただいま戻りました……あれ?おっちゃん飛行機飛んだんかい?」
「ん、普通に飛んだべ。こっちはええしたから兄様らにご挨拶せえ」
あっ……!おじにそう言われて初めて二人の義兄の存在に気付いた角松は、一人慌てふためいて頭を下げる。
「えっと、あの……このような事態になり申し訳……」
「アンタが正君かい。始めまして、兄の和明です。こっちは嫁の瞳、形はともかく会えて嬉しいべ」
「同じく英次です、ウチのんは明後日来んべ。まどかの願いを叶えてくれてありがとな」
「いえ、でも……」
彼らにとって大事な妹を死なせてしまった申し訳無さで一杯になっていた角松にとって、義兄の言葉が意外過ぎて返事が上手く出てこない。
「そりゃあめんじが死んじまった事は悲しいさ。けどそれは誰のせいでもねえし本人は後悔してねえと思うんだ」
「んだ、それよりも遺してくれた子供を大事にする方が生産的だと思うんだべさ。きっとめんじもそう思ってんべ」
「……」
正直に言ってしまうと、多少責められるのを覚悟していた角松は義兄との対峙に怖さがあった。葬儀に参列する旨は伝わっていたので、昨夜はほとんど眠れぬまま今この時を迎えていた。そのせいか無意識に気が張っていたのだろう、責めてくるどころか好意的に接してくれる二人の厚意がありがたくて不覚にも涙をこぼす。
「何も泣くことねえでねえか」
湿っぽい雰囲気を苦手とする村木が義弟の肩を叩く。
「何吐かしてんだ、まどかの苦楽を見てきたしたから思うところも色々あんべ。一番辛えのは正君だ」
和明にたしなめられた村木は、まあそうだけど。と口を尖らせる。
「湿っぽいんが嫌なんは分かる、まどかもそうだったからな。笑顔で~とまではこかねえけど、わざわざ歪み合う必要も無えべ」
「俺らは何もしてやってねえ、余計な口挟む筋合いは無えしたからさ」
「んなのは近くに居る人間の役目でええんだ。それよりアンタらいつからセットみたくなったんだべ?」
これまでそり合わなかったでねえか、と二人の兄を見て苦笑いする。
「セットって訳でもねえけど……」
和明と英次はお互いの顔を見合わせる。この二人双子ではないが和明は四月初頭、英次は翌年三月末生まれで同級生という事もあり、よく比較されては競い合っていた様に村木には映っていた。
「年取ると思うところもあるって事だべ、お互い家庭持って離れて暮らしてるし」
「へぇ、そんなもんかい」
そんな三人のやり取りを微笑ましく見つめていた角松は、きょうだいって良いですねと呟いた。
「へっ?オレらさほど仲良かねえけど」
「そうかい?聞いてたほどでねえべ」
「まぁお互い大人になったいう事でええんでないかい?そろそろ支度始めんべ」
赤岩のひと声で村木と角松が立ち上がり、通夜の支度のためその場を離れた。
通夜の時間が近くなると従業員たちも喪服姿で赤岩家に集合した。受付は自分たちがする、と雑用係を買って出てくれたので遺族にあたる角松家、村木家、赤岩家はそこまで慌ただしく動き回らずに済んだ。夕刻になって鵜飼と雪路も姿を見せ、従業員と共に雑務を手伝っている。
その後『オクトゴーヌ』からは堀江、根田、里見が、営業を終えた『アウローラ』の従業員全員が、『クリーニングうかい』からも鵜飼の両親が通夜に顔を出した。他にも顔馴染みの商店街関係者や病院関係者も数名、角松の職場の同僚、オタルからもまどかの知人も数名弔問にやって来た。
友引という理由で一日挟み、告別式には川瀬と小野坂、『DAIGO』の従業員全員と相原親子、雪路と鵜飼は両日とも顔を出して雑用を手伝った。結婚パーティーでまどかのメイクをした小森も参列し、どこで聞いたのか高校時代の友人もサッポロから遠路はるばる弔問に訪れた。
予想以上に沢山の弔問客に見守られて告別式もしめやかに執り行われる。親族の弔辞で角松が生まれたばかりの娘に“木の葉”と命名した事を報告し、命名色紙を掲げてみせた。まどかの力強い文字に拍手と涙が入り混じり、悲しみの中にも温かみのある葬儀だったのだが、その群衆の中に村木の両親は含まれていなかった。
「この度は御愁傷様です」
「ありがとうございます。あちらは悪天候と伺っています、道中大変だったっしょ?」
香世子はいとこ一家にお茶を出す。
「いや困った時はお互い様だべ、わちら中途半端に遠方したからこれまで何も出来ねかったし。こんな事になんねえと挨拶もせんかった事お許しください」
「それはウチも同じです、これからええ付合いを始めればええと思います。子供は元気したから」
「んだ、それがせめてもの救いだべ。わちゃわちゃしますが式の後ででもお顔見せてもろうていいべか?」
「是非そうしてやってけれ」
赤岩家といとこ一家は初対面とは思えぬくらいに和やかな雰囲気で会話をする。一方長兄夫妻と次兄も角松家と和やかに言葉を交わしていた。
「このような事態になって何とお詫びしてええもんか……」
角松夫妻は嫁の兄に土下座とも言えるくらいに深々と頭を下げている。
「いえ、めんじは覚悟しとったと思います。むしろ受け入れてくださった事に感謝します」
「僕もそう思います。死への恐怖はあったと思いますが、正君と結婚してからはずっと前向きで明るくしてましたんで。どうか頭を上げてください」
和明が夫妻をなだめる。
「葬儀の後お子様を見せて頂いてええでしょうか?」
英次は実子と同い年になる姪っ子に興味を示す。
「そうしてやってけれ、ちょべっとちっこいしたから抱っこはまだ難しいけど」
「そうですかい、無事に生まれて何よりです」
そんな会話をしていると役場へ出掛けていた角松が戻ってくる。
「ただいま戻りました……あれ?おっちゃん飛行機飛んだんかい?」
「ん、普通に飛んだべ。こっちはええしたから兄様らにご挨拶せえ」
あっ……!おじにそう言われて初めて二人の義兄の存在に気付いた角松は、一人慌てふためいて頭を下げる。
「えっと、あの……このような事態になり申し訳……」
「アンタが正君かい。始めまして、兄の和明です。こっちは嫁の瞳、形はともかく会えて嬉しいべ」
「同じく英次です、ウチのんは明後日来んべ。まどかの願いを叶えてくれてありがとな」
「いえ、でも……」
彼らにとって大事な妹を死なせてしまった申し訳無さで一杯になっていた角松にとって、義兄の言葉が意外過ぎて返事が上手く出てこない。
「そりゃあめんじが死んじまった事は悲しいさ。けどそれは誰のせいでもねえし本人は後悔してねえと思うんだ」
「んだ、それよりも遺してくれた子供を大事にする方が生産的だと思うんだべさ。きっとめんじもそう思ってんべ」
「……」
正直に言ってしまうと、多少責められるのを覚悟していた角松は義兄との対峙に怖さがあった。葬儀に参列する旨は伝わっていたので、昨夜はほとんど眠れぬまま今この時を迎えていた。そのせいか無意識に気が張っていたのだろう、責めてくるどころか好意的に接してくれる二人の厚意がありがたくて不覚にも涙をこぼす。
「何も泣くことねえでねえか」
湿っぽい雰囲気を苦手とする村木が義弟の肩を叩く。
「何吐かしてんだ、まどかの苦楽を見てきたしたから思うところも色々あんべ。一番辛えのは正君だ」
和明にたしなめられた村木は、まあそうだけど。と口を尖らせる。
「湿っぽいんが嫌なんは分かる、まどかもそうだったからな。笑顔で~とまではこかねえけど、わざわざ歪み合う必要も無えべ」
「俺らは何もしてやってねえ、余計な口挟む筋合いは無えしたからさ」
「んなのは近くに居る人間の役目でええんだ。それよりアンタらいつからセットみたくなったんだべ?」
これまでそり合わなかったでねえか、と二人の兄を見て苦笑いする。
「セットって訳でもねえけど……」
和明と英次はお互いの顔を見合わせる。この二人双子ではないが和明は四月初頭、英次は翌年三月末生まれで同級生という事もあり、よく比較されては競い合っていた様に村木には映っていた。
「年取ると思うところもあるって事だべ、お互い家庭持って離れて暮らしてるし」
「へぇ、そんなもんかい」
そんな三人のやり取りを微笑ましく見つめていた角松は、きょうだいって良いですねと呟いた。
「へっ?オレらさほど仲良かねえけど」
「そうかい?聞いてたほどでねえべ」
「まぁお互い大人になったいう事でええんでないかい?そろそろ支度始めんべ」
赤岩のひと声で村木と角松が立ち上がり、通夜の支度のためその場を離れた。
通夜の時間が近くなると従業員たちも喪服姿で赤岩家に集合した。受付は自分たちがする、と雑用係を買って出てくれたので遺族にあたる角松家、村木家、赤岩家はそこまで慌ただしく動き回らずに済んだ。夕刻になって鵜飼と雪路も姿を見せ、従業員と共に雑務を手伝っている。
その後『オクトゴーヌ』からは堀江、根田、里見が、営業を終えた『アウローラ』の従業員全員が、『クリーニングうかい』からも鵜飼の両親が通夜に顔を出した。他にも顔馴染みの商店街関係者や病院関係者も数名、角松の職場の同僚、オタルからもまどかの知人も数名弔問にやって来た。
友引という理由で一日挟み、告別式には川瀬と小野坂、『DAIGO』の従業員全員と相原親子、雪路と鵜飼は両日とも顔を出して雑用を手伝った。結婚パーティーでまどかのメイクをした小森も参列し、どこで聞いたのか高校時代の友人もサッポロから遠路はるばる弔問に訪れた。
予想以上に沢山の弔問客に見守られて告別式もしめやかに執り行われる。親族の弔辞で角松が生まれたばかりの娘に“木の葉”と命名した事を報告し、命名色紙を掲げてみせた。まどかの力強い文字に拍手と涙が入り混じり、悲しみの中にも温かみのある葬儀だったのだが、その群衆の中に村木の両親は含まれていなかった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
8
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる