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家族とは?
その四
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告別式を終え、出棺してそのまま火葬場に向かった角松家を始めとした親族は、送迎用のマイクロバスに乗り込んだ。『赤岩青果店』の従業員たちに留守を任せ、雪路、鵜飼、小野坂は喪主の角松と赤岩たっての希望で火葬にも参列する事になった。
「さすがに疲れたろ?」
小野坂は後方に位置する二人席の窓際側に座っており、当然のように空いている隣の椅子に座る。
「ん、ここ数日の事したって、何したかもう思い出せねえくれえだべ」
「そっか。店もあるだろうけど全部終わったら取り敢えず寝ろ」
「ん」
村木は力無い返事だけして外の景色をぼんやりと眺めていた。
二人席の最前列に赤岩夫妻、通路を挟んだ隣の一人席には喪主の角松が遺影を抱えて一人静かに座っていた。その後ろには肇と衣子、いとこ夫妻、甥にあたる男性がその後ろの席に一人座っていた。赤岩夫妻の後ろには和明夫妻、英次夫妻、村木と小野坂、雪路と鵜飼の順に座り、バスは火葬場に向けて静かに走り出した。
三ヶ月ほど前に何の前触れもなく赤岩家に転がり込んできた時には既に妊娠七ヶ月だった。唐突の事に驚きはしたが、ある意味らしいなとも思ったものだ。その後腎疾患が分かったり当時は元カレ状態だった角松まで現れ、これまでの平穏をかき回しやがってとイライラした事もあった。
そんなお転婆娘も日に日に母親としての自覚が表面化して、胎内にいる子供をあやしたり話し掛けたりしている姿は、歳上である自身よりもずっと大人に見えていた。
その後角松との結婚を決めて両親である肇と衣子もやって来て精神的支えが増え、病状も徐々に安定していった。店番も積極的にこなし、社交的な性格もあって常連客からの人気も上々だった。
この街で友達も出来た。特に雪路とは同い年という事もあって馬が合い、彼女と会う時はいつも以上におしゃれに気を配って楽しそうにしていた。
案外このまま平穏に過ごせるんでねえか……そう思ってしまっていたせいか、出産を間近に控えたここへきて容態が急変した時は覚悟が揺らいだ。本人の希望通り子供を残すことはできた、しかし肝心の本人は子供を抱く事無く息を引き取った。
妹はもう戻ってこない、あの明るい笑顔も写真以外ではもう見られない。数日前まで確実にこの世にいたはずのまどかはもう居ない……そんな事を考えているうちに視界が少しずつつ歪んできた。
まだ全部終わってねえ……泣かないと決めていたはずなのに、と自身の弱さが情けなくなる。こんな顔見られたくねえ、村木は極力息を殺してこっそりと涙を拭う。しかし隣にいる小野坂だけはその事に気づいており、必死に泣き止もうとする友の頭の上にポンと優しく手を置いた。
同じ頃、二人席の最前列に座っていた赤岩夫妻は一通の弔電に頭を悩ませていた。それが届いたのは今朝の事、幸い香世子が受け取ってすぐに中身を確認した事で公にはされなかった。
彼女は葬儀にしては不穏な弔電を受け取ってしまった事で、夫である赤岩にだけは事実を伝えていた。今こうして思えばその内容でよく受理されたものだ、とも思うのだが、これが自分たち以外の誰かの目に付かないようにした方が良いのではないのか?との考えで一致はしている。
弔電の差出人は実母である和子。葬儀に来なかった事自体は何らかの事情があったのではないか?で済ませばよいのだが、娘の葬儀のものにしてはシンプル過ぎとも言える白無地に無機質な印字のみだった。
諍いを起こしたままの状態で腹の虫が治まらなかったのかも……どうにか無理やり穏便な思考にねじ込もうとしたのだが、内容を見て怒りを覚えてしまった。それから多少の時間が経過しているので、それすらも超えて呆れるしかない精神状態にきているのだが。
【私の言う事を聞いていればこのような事態にはならなかったはずです。
どこの馬の骨とも分からぬ呪いの子を孕み、結果命を落とす羽目になった、自業自得です。
今後どのような事態になっても私達は一切責任を負いません、どうぞご勝手になさってください。
追伸:子供の顔を見せれば考えが変わるなどという甘い考えは持ち合わせないでください。所詮は不幸を約束された子、私達まで呪われたくはありません】
「……」
弔電の内容を思い出してしまった香世子は思わずため息を漏らしてしまう。隣にいる赤岩は、理由を分かっているだけに妻の横顔を心配そうに見つめている。その視線を感じて夫の方を見ると、ただ黙って頷いてそっと手を握ってきた。香世子はそれで赤岩の考えを悟った、義姉和子から送られてきた弔電の未来を。
棺は遺族と共に火葬場に到着した。程なく準備が進められ、最期の祈りを捧げると赤岩が一通の封書を片手に担当者に声を掛けた。
「中に入れるん忘れちまったんだ」
「したら上に置いときましょ」
それは棺の上にそっと置かれ、遺族に見守られながら跡形も無く焼き尽くされた。
「してさ、あの中身何だったんだべ?」
火葬が終わるまでの待ち時間、いつもの調子に戻っている村木は当然のように叔父に訊ねる。
「ん?まどかの黒歴史みてえなもんだ、鍵付きの引き出しに入っとったしたから」
「したから焼く事にしたんかい?」
和明の言葉に頷いた赤岩。
「それちょべっと見たかったべ、おっちゃんは見たんだべ?」
「見開きだけだべ、『もし死んだら誰にも見せず棺に入れてくれ』って書かさってたさ」
「そうかい、したらなして先に入れなかったんだべ?」
「まぁ……ちょべっと邪心が働いちまった」
赤岩は笑ってその場をやり過ごした。
「さすがに疲れたろ?」
小野坂は後方に位置する二人席の窓際側に座っており、当然のように空いている隣の椅子に座る。
「ん、ここ数日の事したって、何したかもう思い出せねえくれえだべ」
「そっか。店もあるだろうけど全部終わったら取り敢えず寝ろ」
「ん」
村木は力無い返事だけして外の景色をぼんやりと眺めていた。
二人席の最前列に赤岩夫妻、通路を挟んだ隣の一人席には喪主の角松が遺影を抱えて一人静かに座っていた。その後ろには肇と衣子、いとこ夫妻、甥にあたる男性がその後ろの席に一人座っていた。赤岩夫妻の後ろには和明夫妻、英次夫妻、村木と小野坂、雪路と鵜飼の順に座り、バスは火葬場に向けて静かに走り出した。
三ヶ月ほど前に何の前触れもなく赤岩家に転がり込んできた時には既に妊娠七ヶ月だった。唐突の事に驚きはしたが、ある意味らしいなとも思ったものだ。その後腎疾患が分かったり当時は元カレ状態だった角松まで現れ、これまでの平穏をかき回しやがってとイライラした事もあった。
そんなお転婆娘も日に日に母親としての自覚が表面化して、胎内にいる子供をあやしたり話し掛けたりしている姿は、歳上である自身よりもずっと大人に見えていた。
その後角松との結婚を決めて両親である肇と衣子もやって来て精神的支えが増え、病状も徐々に安定していった。店番も積極的にこなし、社交的な性格もあって常連客からの人気も上々だった。
この街で友達も出来た。特に雪路とは同い年という事もあって馬が合い、彼女と会う時はいつも以上におしゃれに気を配って楽しそうにしていた。
案外このまま平穏に過ごせるんでねえか……そう思ってしまっていたせいか、出産を間近に控えたここへきて容態が急変した時は覚悟が揺らいだ。本人の希望通り子供を残すことはできた、しかし肝心の本人は子供を抱く事無く息を引き取った。
妹はもう戻ってこない、あの明るい笑顔も写真以外ではもう見られない。数日前まで確実にこの世にいたはずのまどかはもう居ない……そんな事を考えているうちに視界が少しずつつ歪んできた。
まだ全部終わってねえ……泣かないと決めていたはずなのに、と自身の弱さが情けなくなる。こんな顔見られたくねえ、村木は極力息を殺してこっそりと涙を拭う。しかし隣にいる小野坂だけはその事に気づいており、必死に泣き止もうとする友の頭の上にポンと優しく手を置いた。
同じ頃、二人席の最前列に座っていた赤岩夫妻は一通の弔電に頭を悩ませていた。それが届いたのは今朝の事、幸い香世子が受け取ってすぐに中身を確認した事で公にはされなかった。
彼女は葬儀にしては不穏な弔電を受け取ってしまった事で、夫である赤岩にだけは事実を伝えていた。今こうして思えばその内容でよく受理されたものだ、とも思うのだが、これが自分たち以外の誰かの目に付かないようにした方が良いのではないのか?との考えで一致はしている。
弔電の差出人は実母である和子。葬儀に来なかった事自体は何らかの事情があったのではないか?で済ませばよいのだが、娘の葬儀のものにしてはシンプル過ぎとも言える白無地に無機質な印字のみだった。
諍いを起こしたままの状態で腹の虫が治まらなかったのかも……どうにか無理やり穏便な思考にねじ込もうとしたのだが、内容を見て怒りを覚えてしまった。それから多少の時間が経過しているので、それすらも超えて呆れるしかない精神状態にきているのだが。
【私の言う事を聞いていればこのような事態にはならなかったはずです。
どこの馬の骨とも分からぬ呪いの子を孕み、結果命を落とす羽目になった、自業自得です。
今後どのような事態になっても私達は一切責任を負いません、どうぞご勝手になさってください。
追伸:子供の顔を見せれば考えが変わるなどという甘い考えは持ち合わせないでください。所詮は不幸を約束された子、私達まで呪われたくはありません】
「……」
弔電の内容を思い出してしまった香世子は思わずため息を漏らしてしまう。隣にいる赤岩は、理由を分かっているだけに妻の横顔を心配そうに見つめている。その視線を感じて夫の方を見ると、ただ黙って頷いてそっと手を握ってきた。香世子はそれで赤岩の考えを悟った、義姉和子から送られてきた弔電の未来を。
棺は遺族と共に火葬場に到着した。程なく準備が進められ、最期の祈りを捧げると赤岩が一通の封書を片手に担当者に声を掛けた。
「中に入れるん忘れちまったんだ」
「したら上に置いときましょ」
それは棺の上にそっと置かれ、遺族に見守られながら跡形も無く焼き尽くされた。
「してさ、あの中身何だったんだべ?」
火葬が終わるまでの待ち時間、いつもの調子に戻っている村木は当然のように叔父に訊ねる。
「ん?まどかの黒歴史みてえなもんだ、鍵付きの引き出しに入っとったしたから」
「したから焼く事にしたんかい?」
和明の言葉に頷いた赤岩。
「それちょべっと見たかったべ、おっちゃんは見たんだべ?」
「見開きだけだべ、『もし死んだら誰にも見せず棺に入れてくれ』って書かさってたさ」
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赤岩は笑ってその場をやり過ごした。
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