ペンション『オクトゴーヌ』再生計画

谷内 朋

文字の大きさ
70 / 174
家族とは?

その四

しおりを挟む
 告別式を終え、出棺してそのまま火葬場に向かった角松家を始めとした親族は、送迎用のマイクロバスに乗り込んだ。『赤岩青果店』の従業員たちに留守を任せ、雪路、鵜飼、小野坂は喪主の角松と赤岩たっての希望で火葬にも参列する事になった。
 「さすがに疲れたろ?」
 小野坂は後方に位置する二人席の窓際側に座っており、当然のように空いている隣の椅子に座る。
 「ん、ここ数日の事したって、何したかもう思い出せねえくれえだべ」
 「そっか。店もあるだろうけど全部終わったら取り敢えず寝ろ」
 「ん」
 村木は力無い返事だけして外の景色をぼんやりと眺めていた。
 二人席の最前列に赤岩夫妻、通路を挟んだ隣の一人席には喪主の角松が遺影を抱えて一人静かに座っていた。その後ろには肇と衣子、いとこ夫妻、甥にあたる男性がその後ろの席に一人座っていた。赤岩夫妻の後ろには和明夫妻、英次夫妻、村木と小野坂、雪路と鵜飼の順に座り、バスは火葬場に向けて静かに走り出した。

 三ヶ月ほど前に何の前触れもなく赤岩家に転がり込んできた時には既に妊娠七ヶ月だった。唐突の事に驚きはしたが、ある意味らしいなとも思ったものだ。その後腎疾患が分かったり当時は元カレ状態だった角松まで現れ、これまでの平穏をかき回しやがってとイライラした事もあった。
 そんなお転婆娘も日に日に母親としての自覚が表面化して、胎内にいる子供をあやしたり話し掛けたりしている姿は、歳上である自身よりもずっと大人に見えていた。
 その後角松との結婚を決めて両親である肇と衣子もやって来て精神的支えが増え、病状も徐々に安定していった。店番も積極的にこなし、社交的な性格もあって常連客からの人気も上々だった。
 この街で友達も出来た。特に雪路とは同い年という事もあって馬が合い、彼女と会う時はいつも以上におしゃれに気を配って楽しそうにしていた。
 案外このまま平穏に過ごせるんでねえか……そう思ってしまっていたせいか、出産を間近に控えたここへきて容態が急変した時は覚悟が揺らいだ。本人の希望通り子供を残すことはできた、しかし肝心の本人は子供を抱く事無く息を引き取った。
 妹はもう戻ってこない、あの明るい笑顔も写真以外ではもう見られない。数日前まで確実にこの世にいたはずのまどかはもう居ない……そんな事を考えているうちに視界が少しずつつ歪んできた。
 まだ全部終わってねえ……泣かないと決めていたはずなのに、と自身の弱さが情けなくなる。こんな顔見られたくねえ、村木は極力息を殺してこっそりと涙を拭う。しかし隣にいる小野坂だけはその事に気づいており、必死に泣き止もうとする友の頭の上にポンと優しく手を置いた。

 同じ頃、二人席の最前列に座っていた赤岩夫妻は一通の弔電に頭を悩ませていた。それが届いたのは今朝の事、幸い香世子が受け取ってすぐに中身を確認した事で公にはされなかった。
 彼女は葬儀にしては不穏な弔電を受け取ってしまった事で、夫である赤岩にだけは事実を伝えていた。今こうして思えばその内容でよく受理されたものだ、とも思うのだが、これが自分たち以外の誰かの目に付かないようにした方が良いのではないのか?との考えで一致はしている。
 弔電の差出人は実母である和子カズコ。葬儀に来なかった事自体は何らかの事情があったのではないか?で済ませばよいのだが、娘の葬儀のものにしてはシンプル過ぎとも言える白無地に無機質な印字のみだった。
 諍いを起こしたままの状態で腹の虫が治まらなかったのかも……どうにか無理やり穏便な思考にねじ込もうとしたのだが、内容を見て怒りを覚えてしまった。それから多少の時間が経過しているので、それすらも超えて呆れるしかない精神状態にきているのだが。

 【私の言う事を聞いていればこのような事態にはならなかったはずです。
  どこの馬の骨とも分からぬ呪いの子を孕み、結果命を落とす羽目になった、自業自得です。
  今後どのような事態になっても私達は一切責任を負いません、どうぞご勝手になさってください。

  追伸:子供の顔を見せれば考えが変わるなどという甘い考えは持ち合わせないでください。所詮は不幸を約束された子、私達まで呪われたくはありません】

 「……」
 弔電の内容を思い出してしまった香世子は思わずため息を漏らしてしまう。隣にいる赤岩は、理由を分かっているだけに妻の横顔を心配そうに見つめている。その視線を感じて夫の方を見ると、ただ黙って頷いてそっと手を握ってきた。香世子はそれで赤岩の考えを悟った、義姉和子から送られてきた弔電の未来を。

 棺は遺族と共に火葬場に到着した。程なく準備が進められ、最期の祈りを捧げると赤岩が一通の封書を片手に担当者に声を掛けた。
 「中に入れるん忘れちまったんだ」
 「したら上に置いときましょ」
 それは棺の上にそっと置かれ、遺族に見守られながら跡形も無く焼き尽くされた。

 「してさ、あの中身何だったんだべ?」
 火葬が終わるまでの待ち時間、いつもの調子に戻っている村木は当然のように叔父に訊ねる。
 「ん?まどかの黒歴史みてえなもんだ、鍵付きの引き出しに入っとったしたから」
 「したから焼く事にしたんかい?」
 和明の言葉に頷いた赤岩。
 「それちょべっと見たかったべ、おっちゃんは見たんだべ?」
 「見開きだけだべ、『もし死んだら誰にも見せず棺に入れてくれ』って書かさってたさ」
 「そうかい、したらなして先に入れなかったんだべ?」
 「まぁ……ちょべっと邪心が働いちまった」
 赤岩は笑ってその場をやり過ごした。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

二十五時の来訪者

木野もくば
ライト文芸
とある田舎町で会社員をしているカヤコは、深夜に聞こえる鳥のさえずりで目を覚ましてしまいます。 独特でおもしろい鳴き声が気になりベランダから外を眺めていると、ちょっとしたハプニングからの出会いがあって……。 夏が訪れる少し前の季節のなか、深夜一時からの時間がつむぐ、ほんのひと時の物語です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】

絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。 下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。 ※全話オリジナル作品です。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

借りてきたカレ

しじましろ
恋愛
都合の良い存在であるはずのレンタル彼氏に振り回されて…… あらすじ システムエンジニアの萩野みさをは、仕事中毒でゾンビのような見た目になるほど働いている。 人の良さにつけ込まれ、面倒な仕事を押しつけられたり、必要のない物を買わされたり、損ばかりしているが、本人は好きでやっていることとあまり気にしていない。 人並みに結婚願望はあるものの、三十歳過ぎても男性経験はゼロ。 しかし、レンタル彼氏・キキとの出会いが、そんな色の無いみさをの日常を大きく変えていく。 基本的にはカラッと明るいラブコメですが、生き馬の目を抜くIT企業のお仕事ものでもあるので、癖のあるサブキャラや意外な展開もお楽しみください!

処理中です...