ペンション『オクトゴーヌ』再生計画

谷内 朋

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怪我

その二

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「礼君にも無かった? 全部のことが強制終了されちゃった経験」
「ん~、オレそういう時別のことしちまうしたから」
「なるほどね。人によるだろうけど、燃え尽き症候群みたいになって何にも手に付かなくなることがあるんだよ。多分今の忠さんもそんな感じなんだと思う」
 嶺山と状況は違ったが川瀬にも憶えがあった。かつて就職活動の際、内定を貰えても保証人欄に施設の園長の名を書いたことで取り消しを食らい続けた。受け入れ先は幸い見つかったもののそこを突っ付かれて修業の場すら与えてもらえず、退職してから箱館に渡るまでの間似たような症状が出て何もできない時期を経験していた。
「したってさぁ、それでじっとしささってたらドツボにはまんねえかい?」
「まぁね、でも本人だけじゃどうにもならないんだ。だからって他人が介入して強引に引き上げるっていうのも違う、これまで水面下で蓄積され続けた疲労が一気に吹き出て思考も体も動かなくなるんだよ」
「う~ん、何だかなぁ」
「僕個人は思いきって休んじゃえばいいと思ってる、何とかしなきゃって一番焦ってるのは忠さんご本人だからね」
「ん」
 納得できた訳ではなかったが、村木は川瀬の言葉に頷いて仕事に戻っていった。

 放火犯が逮捕され、ようやっと仕事から解放された塚原は息子の照を連れて『オクトゴーヌ』にやって来ていた。全てではないもののここでは無農薬の食材を利用しており、食品アレルギーのある照にとっては打ってつけのカフェとも言えた。
「最近『アウローラ』の米粉パンが食べられなくてね」
 塚原は好物を食べられない息子を思ってそう言ったが、嶺山の落ち込み振りを目の当たりにしている『オクトゴーヌ』の面々はどう返答すればよいのか脳内で言葉を選んでいた。
「まぁ今言っちゃうと無理強いになるんだけどさ」
「したってよそのこめこパンおいしくないんだもん」
「なんだって、こっちに来て舌肥えちゃってさ」
 塚原は失笑しながら息子の頭に手を置いた。実際カフェや宿泊利用をしている顧客にも『アウローラ』のパンは概ね好評で、特にリピーターとなっているカフェの顧客からは塚原同様再開を切望する声は届いている。
「あなた以外からもそういった声はあるんですよ」
 堀江にとってもそれそのものは嬉しい報せなのだが、今の嶺山にとっては負担にしかならないだろうと本人の耳には入れていない。
「だろうね、あの若さであれだけの腕前だもん。ただ従業員さんにも生活があるから別の所のアルバイトに入ってるってさ、それも再開を難しくしてるみたい。皮肉な話それで『パーネ』のレベルがある程度戻ってるって話だよ」
「森さんだろ? 彼忠さんより歳とキャリアは上だから五代目より腕が良いってことなんだろうな」
「ってなったら『アウローラ』に戻れないかも知れないってことですか?」
「多分な、森さんにも事情があるし『パーネ』が手放さないだろ」
 寂しそうに言う根田に、『アウローラ』の内部事情をある程度知っている小野坂は現実的な返事をした。もう一人の職人日高も別のパン屋でアルバイトをしているが、彼は再開次第戻るつもりでいると聞いている。接客従業員の北村は家庭を優先すると休職中状態で、嶺山兄妹の見舞いがてら病院と『離れ』に顔を出している。
「日高さんは戻るつもりでいるみたいだよ、北村さんは分かんねぇけど」
「彼だけでも戻ってきてほしいだろうね」
「だと思う、ただ俺じゃ森さんの代わりは務まんねぇよ」
 『アウローラ』の存続は小野坂にとって他人事ではない。今は臨時でライブハウスのアルバイトに入っているが、仕事が深夜に及ぶため『オクトゴーヌ』でのシフトが組みづらくなっているという本末転倒な状況だった。
「あと一人か二人人員増やそかなぁ」
「うん、ペンションって二十四時間営業みたいなもんじゃない? 四人ってキツイでしょ」
 堀江の呟きに塚原が賛同する。業務のことを考えればそうした方が良いと考えてはいたが、人員が増える分だけトラブルも増える覚悟がいる。堀江自身の前科を嫌う者も出るだろうし従業員同士の相性にも気を配らなければならない。企業経営はおろか社会人経験も乏しい彼には増員そのものに不安がよぎる。
「取り敢えず求人チラシに掲載してみる、どうなるか分からんけど」
 オーナーの言葉に根田と小野坂は頷いたが、ここのメンバーは揃いも揃って内向的な性分なので似たり寄ったりの不安を胸に秘めていた。

「ギプス、外ささったんかい」
 仕事の合間を縫って鵜飼が雪路を見舞っていた。彼は時間を見つけて頻繁に病院に出入りし、来年度の『壁画大作戦』の計画を練っていた。
「うん、明日からリハビリやって」
「わち付き合うべ」
「仕事大丈夫なん? 一応お兄ちゃん来てくれるから仕事優先して」
「ん、忠さんがおるんなら……」
 コンコンコン。二人の会話を遮ってノック音が聞こえたので反射的にドアを見つめる。
「誰かいな? ちょべっと見てくんべ」
 鵜飼は立ち上がってドアの前に立った。
「はい、どちらさん?」
『信原です……ん? 信かい?』
「ちょべっと待ち。ユキちゃん、同級生なんだわ、どうすっペ?」
 鵜飼は面識が無いと思しき雪路に伺いを立てると、彼女は構へんよと頷いた。それを見てからドアを開けて信原を中に入れたが浮かない表情をしている。
「信原優と申します、時々お店には寄らせて頂いてましたがお話するのは初めてですね」
 信原は手にしている化粧箱をすっと差し出した。
「嶺山雪路です、わざわざありがとうございます」
 雪路も彼には見覚えがあった。オープン以来頻繁に来店してはクロワッサンを買っていくメガネ青年という認識で記憶に留まっている。
「時々クロワッサン買うてくれはりますよね」
「えっ? 覚えててくれささったんですか?」
「頻繁に来てくださる方は覚えますよ」
 雪路は化粧箱を受け取った。
「したってなした? 告りにでも来たんかい?」
「いやそういうんでね、たださ……」
 信原は視線を床に落とし、何を思ったかその場に正座した。
「この度は申し訳ございませんでしたっ!」
 彼は額が床に着くまで頭を下げ、その姿に二人は戸惑いを見せた。
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