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怪我
その一
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それから程なくして、嶺山兄妹は日高が手配した救急車で病院送りとなった。火災の状況は従業員たちが見届ける形となり、消火活動は朝まで掛かって自宅兼店舗は全焼したという報告を受けた。
嶺山は無茶が祟り、両手のほか頭や顔にも数か所の火傷を負っていた。特に両手は血が滲むほどの重傷で、包帯がぐるぐるに巻いてある。
「ド○○○んみたいな手になってる」
雪路は兄の手を見て笑ったが、彼女もまた右足を骨折し、しばらくの間入院生活を余儀なくされた。妹の機転で現金、クレジットカード、預金通帳は二人分全てリュックに詰めてあり、当面の生活費用は何とか目処が付く。
始めのうちは入院生活の必需品を揃えたり、自宅の現場検証の立ち会い、損害保険の手続きなどに追われ忙しく動き回っていた。生活拠点も堀江の厚意で小野坂が抜けた『離れ』の一室を借り、むしろ休む暇もないほどだった。
そういった喧騒も日が経てば落ち着くもので、自宅も仕事も失ったショックが嶺山の心を徐々に蝕み始めた。神戸にあるパン屋で五年修業をした後、一昨年の秋に自宅兼店舗の空き物件を購入して『手伝いたい』と言う妹を伴い移住した。
急ピッチで準備を進めて昨年四月にオープンさせ、パン職人としての腕前が評価される形でそれなりの評判店となった。わずか九か月の運営としては順調な運びだっただけに、彼のショックは予想以上だ。
昼間の明るいうちに雪路の見舞いと、この地で眠る祖父母の墓参り以外殆ど部屋を出なくなっていた。声を掛ければ『オクトゴーヌ』メンバーと共に食事をすることはあっても、これまでの積極的なキャラクターは完全に鳴りを潜めている。
「ん~、忠さん大丈夫なんかい?」
嶺山の変貌を気にした村木が『離れ』を訪ねていた。このところ忙しなく動き回る彼に小野坂が毒吐く。
「お前いつ仕事してんだよ?」
「普段通りこなしてるべ、なした?」
「いやしょっちゅう来てねぇか?」
そうかい? 村木はしれっとした態度でリビングのソファに座り、呑気そうにお茶をすすっている。
「今は何してんだべ?」
「部屋にいるけど」
「したら呼んでくっペ」
と言うや否やガバッと立ち上がり、二階へ上がろうとする。
「ちょっと待て、まだ怪我完治してねぇんだぞ」
小野坂が勇み足の友を捕まえ、嶺山を気遣う。
「したってこんまま籠もさってたら腐っちまうべ」
「だからって無理強いすんな」
「何吐かしてんだ、こったら時こそ気分転換だべ」
嶺山を連れ出そうとする村木とそっとしておきたい小野坂との小競り合いが始まったが、それを仲裁するが如くペンションで作ったまかない飯を持った川瀬が『離れ』に入ってきた。
「一体何してるの?」
その一言に二人の動きはピタリと止まる。
「あっ悪ぃ、今から入る」
この時間からの勤務を忘れかけていた小野坂は慌てて村木の体から手を離す。
「うん、お願いね」
「おい、余計なことすんなよ」
小野坂は村木に釘を刺してから『離れ』を出る。川瀬はダイニングにトレイを置き、お茶を淹れようとキッチンの前に立った。
「お茶、淹れ直そうか?」
「ん。したら忠さん呼んでくっ……」
と言いながら二階に繋がる階段へ向かおうとする村木に川瀬が声を掛けた。
「そこで座って待っててくれる?」
珍しく語気を強めた彼の言葉に村木の足が止まる。
「なしてだ?」
村木は不服むき出しの表情で問い質す。川瀬は対照的とも言える穏やかな表情で食器棚を指差した。
「無いから」
「へっ?」
「マグカップ。ご自身で何か淹れて飲まれてるよ」
「……」
村木は川瀬の指先に続く食器棚に視線をやる。ここでは基本個々に専用マグカップを所持しており、セットで揃えてある湯呑み茶碗やティーカップは客人用と分けていた。部外者であれリニューアル準備に携わっていた村木もその事は知っており、実際彼と鵜飼専用のマグカップは普段そこに収まっている。
結局、川瀬に言いくるめられた形でテーブルで待機することとなった村木はしきりに階段を気にしていた。それを背中で感じながらも敢えて見ぬふりをしていた川瀬は、手際よくお茶を淹れて静かにテーブルの上に置く。
彼は村木の向かいの椅子に座り、小さな声で頂きますと手を合わせてから静かに昼食を摂り始める。ひと口ひと口丁寧に咀嚼しながら食事を進めていく川瀬をぼんやりと眺めていた。
川瀬は何をさせても上品な所作を見せる。顔立ちも整っているので、村木はどこぞの良家の御曹司だと勝手に想像していた。四国の児童養護施設に身を置いていたことを知った当初は、訳あってそう言っているのだと本気で思っていたくらいだった。
ところが実際は、施設育ちという偏見によって不要な差別を受けぬようにと、川瀬の親代わりとなる施設の園長から日頃よりマナーを躾けられていた。彼はほとんど音を立てずに食事を終え、静かに手を合わせてごちそうさまでしたと言って席を立った。その流れで手際良く使用した食器を洗い、再び元の椅子に座り直す。
「礼君」
「ん? なした?」
自分からほとんどアクションを起こさない川瀬から声が掛かった村木は、少々面食らいつつも返事をした。
「怪我って体だけじゃないんだよ」
「へっ?」
村木にはその言葉の意味が理解できなかった。
嶺山は無茶が祟り、両手のほか頭や顔にも数か所の火傷を負っていた。特に両手は血が滲むほどの重傷で、包帯がぐるぐるに巻いてある。
「ド○○○んみたいな手になってる」
雪路は兄の手を見て笑ったが、彼女もまた右足を骨折し、しばらくの間入院生活を余儀なくされた。妹の機転で現金、クレジットカード、預金通帳は二人分全てリュックに詰めてあり、当面の生活費用は何とか目処が付く。
始めのうちは入院生活の必需品を揃えたり、自宅の現場検証の立ち会い、損害保険の手続きなどに追われ忙しく動き回っていた。生活拠点も堀江の厚意で小野坂が抜けた『離れ』の一室を借り、むしろ休む暇もないほどだった。
そういった喧騒も日が経てば落ち着くもので、自宅も仕事も失ったショックが嶺山の心を徐々に蝕み始めた。神戸にあるパン屋で五年修業をした後、一昨年の秋に自宅兼店舗の空き物件を購入して『手伝いたい』と言う妹を伴い移住した。
急ピッチで準備を進めて昨年四月にオープンさせ、パン職人としての腕前が評価される形でそれなりの評判店となった。わずか九か月の運営としては順調な運びだっただけに、彼のショックは予想以上だ。
昼間の明るいうちに雪路の見舞いと、この地で眠る祖父母の墓参り以外殆ど部屋を出なくなっていた。声を掛ければ『オクトゴーヌ』メンバーと共に食事をすることはあっても、これまでの積極的なキャラクターは完全に鳴りを潜めている。
「ん~、忠さん大丈夫なんかい?」
嶺山の変貌を気にした村木が『離れ』を訪ねていた。このところ忙しなく動き回る彼に小野坂が毒吐く。
「お前いつ仕事してんだよ?」
「普段通りこなしてるべ、なした?」
「いやしょっちゅう来てねぇか?」
そうかい? 村木はしれっとした態度でリビングのソファに座り、呑気そうにお茶をすすっている。
「今は何してんだべ?」
「部屋にいるけど」
「したら呼んでくっペ」
と言うや否やガバッと立ち上がり、二階へ上がろうとする。
「ちょっと待て、まだ怪我完治してねぇんだぞ」
小野坂が勇み足の友を捕まえ、嶺山を気遣う。
「したってこんまま籠もさってたら腐っちまうべ」
「だからって無理強いすんな」
「何吐かしてんだ、こったら時こそ気分転換だべ」
嶺山を連れ出そうとする村木とそっとしておきたい小野坂との小競り合いが始まったが、それを仲裁するが如くペンションで作ったまかない飯を持った川瀬が『離れ』に入ってきた。
「一体何してるの?」
その一言に二人の動きはピタリと止まる。
「あっ悪ぃ、今から入る」
この時間からの勤務を忘れかけていた小野坂は慌てて村木の体から手を離す。
「うん、お願いね」
「おい、余計なことすんなよ」
小野坂は村木に釘を刺してから『離れ』を出る。川瀬はダイニングにトレイを置き、お茶を淹れようとキッチンの前に立った。
「お茶、淹れ直そうか?」
「ん。したら忠さん呼んでくっ……」
と言いながら二階に繋がる階段へ向かおうとする村木に川瀬が声を掛けた。
「そこで座って待っててくれる?」
珍しく語気を強めた彼の言葉に村木の足が止まる。
「なしてだ?」
村木は不服むき出しの表情で問い質す。川瀬は対照的とも言える穏やかな表情で食器棚を指差した。
「無いから」
「へっ?」
「マグカップ。ご自身で何か淹れて飲まれてるよ」
「……」
村木は川瀬の指先に続く食器棚に視線をやる。ここでは基本個々に専用マグカップを所持しており、セットで揃えてある湯呑み茶碗やティーカップは客人用と分けていた。部外者であれリニューアル準備に携わっていた村木もその事は知っており、実際彼と鵜飼専用のマグカップは普段そこに収まっている。
結局、川瀬に言いくるめられた形でテーブルで待機することとなった村木はしきりに階段を気にしていた。それを背中で感じながらも敢えて見ぬふりをしていた川瀬は、手際よくお茶を淹れて静かにテーブルの上に置く。
彼は村木の向かいの椅子に座り、小さな声で頂きますと手を合わせてから静かに昼食を摂り始める。ひと口ひと口丁寧に咀嚼しながら食事を進めていく川瀬をぼんやりと眺めていた。
川瀬は何をさせても上品な所作を見せる。顔立ちも整っているので、村木はどこぞの良家の御曹司だと勝手に想像していた。四国の児童養護施設に身を置いていたことを知った当初は、訳あってそう言っているのだと本気で思っていたくらいだった。
ところが実際は、施設育ちという偏見によって不要な差別を受けぬようにと、川瀬の親代わりとなる施設の園長から日頃よりマナーを躾けられていた。彼はほとんど音を立てずに食事を終え、静かに手を合わせてごちそうさまでしたと言って席を立った。その流れで手際良く使用した食器を洗い、再び元の椅子に座り直す。
「礼君」
「ん? なした?」
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「へっ?」
村木にはその言葉の意味が理解できなかった。
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