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里帰り
その二
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帰省まで約ひと月の間、里見の健康状態は決して芳しいものではなかった。それでも当日は根田が出掛ける時間に合わせてペンション一階に姿を見せた。
「今日は天気が良いしたからちょべっと遊んできたら?」
点いているカフェのテレビからは天気予報が流れている。
「ハイ、そうします」
根田は自身よりも少し背の高い里見の隣に立つ。その後ろ姿を見ていた川瀬は二人だけに繋がっている絆を感じた。
「友達とかには会うんかい?」
「えぇ、法要の翌日に予定してます。正直どうしようかと思いましたが」
曲がりながらも就職をした彼に対し、かつての“友人”たちはメールを中心に交流を再開させてきた。ごくたまにやり取りはするのだが、『友達割引宜しく』『専属で観光案内してよ』といった一段下の扱いで正直に言えば煩わしくなっていた。
「まぁ会って合わないと思ったら縁切りゃ良いべ」
「何かそうなりそうな気がします」
「そうかい、まだ若いしたからまだまだ出会いはあるべ」
「ハイ」
「うす、何だこっちにいたのかよ」
と裏口から真冬にしては薄着している小野坂がペンションに入る。
「おはようございます智さん、薄着過ぎません?」
「こんくらいの移動で上着とか面倒臭ぇ。そろそろ時間だろ?」
新幹線駅までの送迎を引き受けている小野坂の言葉に根田は腕時計を確認した。
「ですね、じゃ行ってきます。お土産買ってきますから」
「ん。お兄さんに挨拶してき」
名残惜しそうに外を出る根田に向けて里見は細い腕を上げた。二人の姿が見えなくなってから、里見は一番近くの椅子に腰を落ち着けてテレビに視線を移していている。
「何か飲まれますか?」
「ん~、白湯にするべ」
「かしこまりました」
川瀬はフロントから厨房に移動し、やかんに水を入れて火にかけた。
日の出の時刻に箱館を出て、郷である横浜に着いた時はほぼ南中辺りまで日が昇っていた。新幹線駅から在来線に乗り換えてかつてよく遊んでいた港付近の観光地に立ち寄ったが、都会の変遷サイクルは異常なほど早く、一年の間に知らない建物がそびえ立っていたり知らない店が入ったりしている。
北海道の空気感にすっかり慣れた根田にとって故郷はあまりにも都会に思えて落ち着かなかった。こんなだったっけ? 歩き慣れているはずの街なのにいまの彼には居心地が悪い。ついつい周囲をキョロキョロと見回してしまい、お上りさん状態で精神的に疲労する羽目となった。
結局どこにも寄らずに観光地を後にして実家に向かうことにする。かつては毎日のように利用していた私鉄に乗ったものの、平日の昼間でも混雑していて心無しか圧迫されえいるような感覚だった。少し落ち着きたいと逃げるように実家に駆け込むと、専業主婦の母がお帰りなさいと出迎えたのでほんの少し安心した。
彼の実家は閑静な住宅街の中でも一等地に位置している。百坪を超える大きな敷地内に三階建の一軒家と立派な庭があり、二階にある根田の部屋はそのままの状態で残っていた。お手伝いさんも数人いるので彼らが時々掃除をしていたのだろう、机や棚は塵一つ乗っておらず、一年振りの我が部屋のベッドの上に座ってほぅと息を吐いた。
『離れ』の二倍以上ある自室を初めて広く感じた。子供の頃はこれが当たり前の環境だったのが今は不思議に感じる。かと言って『離れ』の八畳間を狭いと感じたことは無く、自分で掃除をすることを考えれば広過ぎるのもとすら思う。
根田は『オクトゴーヌ』に入るまで家事はほとんど出来なかった。昨年鵜飼に拾われて『クリーニングうかい』で居候を始め、彼の母八重を手伝いながら家事仕事を覚えていった。彼女は文句一つ言わず楽しそうにこなし、それに触発されて家事の楽しさを知った感じだった。
『悌君は素質があんだべ、元が器用だし賢いしたからね』
食器を洗うのは今でも苦手でしょっちゅう落として割ったとしても、『怪我してねえなら良かった』とにこにこしながら割れ物をさっと片付けて根田を決して責めない。鵜飼のふわっとした性分も恐らく八重の影響が大きいと思われる。父の泰介も大らかで細かいことを気にしない性分で、雑貨の角度がどうだの書籍の順番がどうだのと事細かくチェックする両親とはほぼ真逆だ。
そう言えばお兄ちゃんそれをよく窘めてたな……順は『サポートしてもらえる環境ってだけで恵まれてるのに』とよく言っていた。しかし兄にしても根田にしてもそうだったが、『将来的に必要だ』と家事の手伝いを申し出ても『あなたたちはそんなことをやるべき人間ではない』とハンディモップすらまともに持たせてもらえなかった。二人が通っていた学校では放課後に掃除業者が入り、生徒たちの習慣カリキュラムに組み込まれていなかった。
思えば贅沢な環境に甘えてたな……長旅で疲れた体をベッドに預け、うつらうつらとしたところで階下から母の声が聞こえてきた。
『悌ちゃん、お食事にしましょ』
母の尖った高い声に眠気を阻害され、多少面倒だったが体を起こして一階に降りた。
「今日は天気が良いしたからちょべっと遊んできたら?」
点いているカフェのテレビからは天気予報が流れている。
「ハイ、そうします」
根田は自身よりも少し背の高い里見の隣に立つ。その後ろ姿を見ていた川瀬は二人だけに繋がっている絆を感じた。
「友達とかには会うんかい?」
「えぇ、法要の翌日に予定してます。正直どうしようかと思いましたが」
曲がりながらも就職をした彼に対し、かつての“友人”たちはメールを中心に交流を再開させてきた。ごくたまにやり取りはするのだが、『友達割引宜しく』『専属で観光案内してよ』といった一段下の扱いで正直に言えば煩わしくなっていた。
「まぁ会って合わないと思ったら縁切りゃ良いべ」
「何かそうなりそうな気がします」
「そうかい、まだ若いしたからまだまだ出会いはあるべ」
「ハイ」
「うす、何だこっちにいたのかよ」
と裏口から真冬にしては薄着している小野坂がペンションに入る。
「おはようございます智さん、薄着過ぎません?」
「こんくらいの移動で上着とか面倒臭ぇ。そろそろ時間だろ?」
新幹線駅までの送迎を引き受けている小野坂の言葉に根田は腕時計を確認した。
「ですね、じゃ行ってきます。お土産買ってきますから」
「ん。お兄さんに挨拶してき」
名残惜しそうに外を出る根田に向けて里見は細い腕を上げた。二人の姿が見えなくなってから、里見は一番近くの椅子に腰を落ち着けてテレビに視線を移していている。
「何か飲まれますか?」
「ん~、白湯にするべ」
「かしこまりました」
川瀬はフロントから厨房に移動し、やかんに水を入れて火にかけた。
日の出の時刻に箱館を出て、郷である横浜に着いた時はほぼ南中辺りまで日が昇っていた。新幹線駅から在来線に乗り換えてかつてよく遊んでいた港付近の観光地に立ち寄ったが、都会の変遷サイクルは異常なほど早く、一年の間に知らない建物がそびえ立っていたり知らない店が入ったりしている。
北海道の空気感にすっかり慣れた根田にとって故郷はあまりにも都会に思えて落ち着かなかった。こんなだったっけ? 歩き慣れているはずの街なのにいまの彼には居心地が悪い。ついつい周囲をキョロキョロと見回してしまい、お上りさん状態で精神的に疲労する羽目となった。
結局どこにも寄らずに観光地を後にして実家に向かうことにする。かつては毎日のように利用していた私鉄に乗ったものの、平日の昼間でも混雑していて心無しか圧迫されえいるような感覚だった。少し落ち着きたいと逃げるように実家に駆け込むと、専業主婦の母がお帰りなさいと出迎えたのでほんの少し安心した。
彼の実家は閑静な住宅街の中でも一等地に位置している。百坪を超える大きな敷地内に三階建の一軒家と立派な庭があり、二階にある根田の部屋はそのままの状態で残っていた。お手伝いさんも数人いるので彼らが時々掃除をしていたのだろう、机や棚は塵一つ乗っておらず、一年振りの我が部屋のベッドの上に座ってほぅと息を吐いた。
『離れ』の二倍以上ある自室を初めて広く感じた。子供の頃はこれが当たり前の環境だったのが今は不思議に感じる。かと言って『離れ』の八畳間を狭いと感じたことは無く、自分で掃除をすることを考えれば広過ぎるのもとすら思う。
根田は『オクトゴーヌ』に入るまで家事はほとんど出来なかった。昨年鵜飼に拾われて『クリーニングうかい』で居候を始め、彼の母八重を手伝いながら家事仕事を覚えていった。彼女は文句一つ言わず楽しそうにこなし、それに触発されて家事の楽しさを知った感じだった。
『悌君は素質があんだべ、元が器用だし賢いしたからね』
食器を洗うのは今でも苦手でしょっちゅう落として割ったとしても、『怪我してねえなら良かった』とにこにこしながら割れ物をさっと片付けて根田を決して責めない。鵜飼のふわっとした性分も恐らく八重の影響が大きいと思われる。父の泰介も大らかで細かいことを気にしない性分で、雑貨の角度がどうだの書籍の順番がどうだのと事細かくチェックする両親とはほぼ真逆だ。
そう言えばお兄ちゃんそれをよく窘めてたな……順は『サポートしてもらえる環境ってだけで恵まれてるのに』とよく言っていた。しかし兄にしても根田にしてもそうだったが、『将来的に必要だ』と家事の手伝いを申し出ても『あなたたちはそんなことをやるべき人間ではない』とハンディモップすらまともに持たせてもらえなかった。二人が通っていた学校では放課後に掃除業者が入り、生徒たちの習慣カリキュラムに組み込まれていなかった。
思えば贅沢な環境に甘えてたな……長旅で疲れた体をベッドに預け、うつらうつらとしたところで階下から母の声が聞こえてきた。
『悌ちゃん、お食事にしましょ』
母の尖った高い声に眠気を阻害され、多少面倒だったが体を起こして一階に降りた。
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