ペンション『オクトゴーヌ』再生計画

谷内 朋

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意地

その二

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 日付が変わった深夜一時半、白のワイシャツと黒のスラックス姿のカケハシが二階の客室から降りてくる。フロントにいるのはこの時も小野坂で、今からか? と声を掛けた。
 三十分後に『離れ』で面接を行うことは堀江から聞いている。侵入者として出会っているので第一印象は決して良いものではないが、チンピラ風情の身なりをしていた割に行儀が良く、何事にも生真面目な反応を示す彼への悪印象はかなり緩和されていた。
「裏口使った方が近い、健闘を祈るよ」
「ありがとうございます」
 悌は言われた通り裏口を使って『離れ』に入る。インターフォンは鳴らさなくていいという指示があったため、静かにドアを開けて中に入ると煌々と電気が点っていた。玄関には一足分のスリッパが並べられていたので、それを履いてリビングへと進んでいくと堀江は既に待ち構えていた。
「悌吾と申します、本日は宜しくお願い致します」
「『オクトゴーヌ』オーナーの堀江です。まずは履歴書を拝見します」
 悌は即席ながらも頑張って作成した履歴書を手渡した。二人は向かい合わせで座り、堀江は履歴書に目を通している。その間静寂が流れ、柱時計の秒針の音がやたらとクリアに聞こえていた。
 面接希望者の履歴はそこそこ華やかなものであった。京都市内にある有名私立大学の附属中学校、料理甲子園常連で全国優勝経験もある調理学科で有名な私立高校を卒業。最初の就職先は関西圏で広く名の知られている一流割烹料理店で三年勤めた後、『播州建設』社長の専属料理人を経て今ここ『オクトゴーヌ』で中途採用の面接を受けている。
「あんな名店に三年おったんや」
「見習いの段階で退職しましたが、その一年前くらいに勝原社長と知り合いました。当時ちょうど若手の料理人を探してらしたみたいです」
「それで気に入られたん?」
「みたいです」
「それで茶碗蒸しなんか……」
 堀江は勝原が悌に向けて掛けた言葉を思い出していた。
「初めてお出しした料理でした」
 面接希望者のあらかたの履歴が分かったところで、履歴書を折り畳んで柱時計を見た。
「さっ、今からが本番や」
「えっ? さっきのは?」
「ん? あれは雑談。まずはこれ着けて」
 堀江は茶色の布を差し出した。悌は取り敢えず受け取って広げてみるとエプロンだったので、不安混じりながらも慣れた手付きでささっと身に着けた。
「ほなキッチンに入って手ぇ洗うて」
「はい」
 悌はワイシャツの袖を二の腕まで折り上げ、ひじまで入念に手を洗う。
「今から十人分の朝飯作ってもらうわ、制限時間は米が炊けるまでな。品数は自由、冷蔵庫にある食材は自由に使うて。調味料、香辛料は左の棚、保存食品はその下の引き出し、器具は全部キッチン台の下の戸棚に全部入ってる。配膳用の食器はここのを使うて」
 堀江は指差し確認が如く一つ一つ指差し説明をした。
「分かりました」
「ほな早速始めて」
 その合図と共に、悌は冷蔵庫を開けて食材を確認した。実質試験が始まってから数分後、嶺山兄妹が普段通りに起床した。彼らにもこのことは伝えてあり、二人とも彼の後ろ姿を興味深げに見つめている。
「おはようさん、始まってるんやな」
「おはようございます。一時間ほどで出来上がると思います」
「昨日刃物持ってたチンピラとは思えへんね、印象が全然違う。先洗面所使わせてもらうよ」
 雪路は兄にひと声掛けてから洗面所に入っていく。小野坂と同様彼女も悌の印象は良くなかった。刃物の件も『見間違いだ』と弁明した夢子の言葉のみであれば悪印象を持ったままであっただろうが、彼自身がわざわざ事実を認め謝罪してきたため怖さは残っても毛嫌いはしていない。
 悌は脇目も振らず黙々と作業をこなしていく。三ツ口のガスコンロはグリルまでフル稼働で、彼自身の動きに一切の無駄が無い。リズミカルに響く包丁の音、ぷつぷつと音を立て始めた炊飯器の音……面接官状態の堀江はもちろん、寝起き状態だった嶺山も洗顔すら忘れ悌の後ろ姿を見つめていた。
「お兄ちゃん、顔くらい洗うてったら?」
「おぅ、せやな」
 妹に声を掛けられて我に返った嶺山は、多少後ろ髪ひかれながらも洗面所に入っていった。そろそろ仕上がった料理も出始めたと見えて、部屋中に食欲をそそる薫りが立ちこめる。
『おはようございまぁす』
「あっ、スナオ君来たね」
 雪路は玄関へ根田を迎えに行き、挨拶を交わす。
『始まってるみたいですね、良い薫りがします』
『うん。あと十五分くらいで出来上がるんちゃうかな』
『ボクお腹空いてきましたぁ』
 二人連れ立ってキッチンに向かうと、炊飯器のタイマーをチェックした悌が配膳の支度を始めた。
「手伝った方が良いんでしょうか?」
「いや、それも含めて試験やから」
 堀江はキッチンに入ろうとする根田を引き留めた。
「堀江さん、今何名いらっしゃいます?」
「五人分用意してもらえる?」
「分かりました」
 悌は五人分茶碗、漆器、皿二種類と塗り箸を選んで一つ一つ丁寧に料理を盛り付けていく。その動きは機敏かつ繊細で、箸先まで気持ちが込もっているのが見て取れるほどであった。
「プロの仕事やね」
 雪路は彼の動きに感嘆の声を漏らす。
「和食側やな」
 嶺山は菜箸の扱いに技術の高さを感じていた。
「えぇ、京都で三年見習いしてたらしいです」
 堀江は一流割烹料理店の名前を出すと、三人とも目を丸くした。
「あっこかいな? 十年経っても上に上がられんくらいには厳しいって聞くで」
「一見さんお断りのお店やないの、突き出し一つでも千円以上するし」
「えっ? ユキちゃん入ったことあるんですか?」
 根田は羨望の眼差しを雪路に向ける
「一回だけ。お兄ちゃんの知り合いに一人金持ちの人がおってん」
「大学の同級に呉服店の跡取り息子がおってん、そいつのつてで三年前にな」
「凄いですっ、星付きじゃないですかぁ」
 一流割烹料理店の話題に脱線している中で炊飯器のアラーム音が鳴って制限時間となる。悌はご飯以外の配膳を終えて炊飯器に向かった。
「試験は一旦ここまで、お茶くらいは自分らで……」
「緑茶で宜しければ一応できてます」
 彼は炊きたてのご飯を混ぜてから一度フタを閉め、予め温めておいた湯呑み茶碗に茶を注ぐ。
「こっちはボクが、ご飯の方お願いします」
「あっありがとうございます」
 茶の配膳を根田が引き受け、悌は人数分のご飯をよそう。今姿を見せてるんは四人やけど……そう思いながらも指示通り五人分の配膳を済ませる。
「ご苦労さん、冷めんうちに頂きましょか」
 その声に合わせてまずは嶺山が窓側の角の席に座る。その隣に堀江、向かいに雪路、そして彼女の隣に根田が座った。
「あとお一人は? それとも人数間違えました?」
「いや合うてんで。食わんつもりやったんか?」
「へっ?」
 堀江の言葉に悌は素っ頓狂な声を上げる。嶺山、雪路、根田も食事に手を付けておらず、当然のように彼を待っていた。
「早よ座り、飯冷めるし仕事間に合わんくなる」
「あっはい……」
 急かされておずおずと着席し、落ち着かなさげに四人を見る。堀江が手を合わせて頂きますと音頭を取り、他の者たちをそれに倣って手を合わせた。
「味の採点は皆さんご協力お願いします」
 面接官の言葉に三人とも頷き、何故か揃いも揃って真っ先に味噌汁をすすった。
「鰹節残しとくんも悪ないな」
「せやね、家で食べる分には問題無いと思う」
「ボクこんなに美味しく作れません」
 反応は上場で四人ともどんどん箸を進めていく。
「おひたしまだ温かいね」
「すっすみません、うまいこと冷め……」
「コイツの場合はそれでええねん」
「ボクも冷え過ぎない方がいいです」
 まだ熱の残った葉物野菜のおひたしを雪路と根田は美味しそうに食べている。その後は黙々と食事を摂り、嶺山がいの一番に食事を終えた。
「ごちそうざさん、美味かったわ」
 と食器をまとめて洗い始めようとするのを堀江が止めた。
「洗うんも試験なんでそのままにしといてください」
「おぅ……」
 普段は食事を終えると各々で洗い物をすることが多いので、嶺山は違和を感じながらもキッチンを出る。それからほどなく調理スタイルに着替えて『オクトゴーヌ』へ移動していった。
『ほなお先』
「「「「行ってらっしゃい」」」ませ」
 それから一分もしないうちに堀江、悌、根田の順に食べ終えて流しに食器を運ぶ。
「義さんと智さんの分どうしましょう?」
「本人の判断に任したって」
「ハイ、ペンションの様子見てきます」
 根田が『オクトゴーヌ』へ移動した頃合いに雪路も食事を終える。
「ごちそうさまでした、美味しかったです」
「ありがとうございます」
 雪路は席を立って流しに食器をまとめ置くと、思い出したようにくるっと振り返った。
「悌さん、その方が似合ってらっしゃいますよ」
 雪路はきれいな笑顔を見せて言った。悌はその姿に一瞬ぽぅっとしてしまうが、試験はまだ終わっていないと表情を引き締めた。この食事で雪路は悌へのイメージが完全に変わっており、部屋に戻る際堀江にこそっと耳打ちした。
「私なら採用します」
 と。
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