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今年もアイツがやって来る
その二
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翌朝、夜勤組の小野坂と悌は出勤してきた堀江と根田と業務を交代した。その際小野坂が堀江に伝言を残していく。
「明日マグロの赤身入荷できないか? 冷凍でも何でもいいからさ」
「マグロ? どないしたん?」
「昔“ヅケカツ定食”ってのを朝食時に出してたんだよ、不定期で。杣木さんそれを覚えてたみたいでたまに食べたくなるんだと」
「“ヅケカツ定食”?」
堀江は聞き覚えの無い料理に首を傾げた。
「衛さんから聞いたことないか?」
「無い。たまに探してみるんやけどレシピノート的なんは未だに出てこんわ」
「そうか。“ヅケ”は分かるよな? アレのフライとご飯、味噌汁、漬物をセットにした定食なんだけど」
「へぇ、美味そうやん」
小野坂の説明で“ヅケカツ定食”想像してみると、堀江には美味しそうな料理に感じた。
「あぁ、特に衛さんのは絶品だったんだよ。“ヅケ”のタレは確か醤油、わさび、ちょっとだけみりん入れてたんだ。俺にはあの人の味出せないんだけどさ」
「ほな入荷できたら吾にやらせてみよ。最終日だけ義君早朝の仕込み外してるから、礼君に言っとくわ」
「うん、頼む」
小野坂は『離れ』へ移動していった直後、普段よりも少し早く村木が搬入にやって来た。
「おはようさ~ん」
「おはよう礼君、これ終わったらちょっと話あんねんけど」
「ん、分かった」
二人は手早く搬入作業を進め、カフェ営業分が無いだけ普段よりも早く終わった。
「急で悪いんやけど、明日マグロの赤身追加できるかな?」
「ちょべっと待ち、池田さんに聞いてみるしたからさ」
村木はポケットに入れていたケータイを取り出して通話を始める。ものの一分ほどで用事を済ませると、左手でオッケマークを作ってみせた。
「解凍モンしたら入荷できるってさ。ただ十キロ分は引き受けてけれってこかさってたけど」
「うん、問題無いよ。ありがとう、助かったわ」
「なんもなんも。ところでささ」
村木は敷地内ギリギリのところまで堀江を引っ張り、周囲を気にして声をひそめた。
「最近義君のあんべはどったら感じだべか?」
「えっ?」
急にそんなことを聞かれてもと一瞬混乱するが、一時期の奇行を思い返すと村木が気に掛けるのも無理は無いかと思い直す。
「一時よりは落ち着いたけど……どないしたん?」
「ん。ちょべ~っとイヤ~な話聞かさったしたからさ」
村木はそう前置きしてから“イヤ~な話”を打ち明けた。堀江もその話に嫌なものを感じたが、勤務時間外の個人的な行動にまで首を突っ込めないので自身の胸に留めておくより他無かった。
そんな中でも時間は一定の速さで過ぎていくもので、客室から目覚まし時計のアラーム音が漏れ聞こえてきたことでで六時を迎えたと気付く。
「始まったな」
堀江は年に一度使用する中華鍋とオタマをフロントの下棚から引っ張り出す。
「悌君、二階行ってくるわ。念のため智君呼んどいて」
「ハイ」
根田は一旦テーブルメイクの作業から離れて手持ちのケータイから小野坂と通話を試みる。共にテーブルメイクに勤しんでいる義藤も、中華鍋とおたまを持って客室へ上がっていくオーナーを不思議そうに見た。
「何始めんだぁ?」
「杣木監督を起こしに行くんです」
「へっ? 自分で起きれないのあの人?」
「ハイ。十個くらい目覚し時計を持参されるのですが、ほぼ百パーセント起きてこられませんよ。中華鍋をおたまで叩いてやっとなんです」
「目覚まし意味無いじゃん」
昨年の出来事を知らない義藤は真っ当な感想を述べた。
「そうですよね、普段はどうなさっているんでしょか?」
「お母さんが起こしてらっしゃるよ、中華鍋をおたまで叩いてな。二階へは仁が上がったのか?」
根田から連絡を受けた小野坂が『離れ』から戻ってきた。
昨年同様、目覚しのアラーム音が鳴り響く中でも爆睡中の杣木、その音で起きざるを得なくなった同室の顧問や部員たちが外に出てきていた。
「まただべ~」
二年生以上の中には体験済みの学生もいるのだが、部に入ったばかりの一年生は何事かと驚きの表情を見せていた。
「おはようございます、今年もですね」
堀江は鳴り続けている目覚し時計を一つずつ止めていく。
「おはようございます。すみませんがアレお願いします」
学生たちは鍋とおたまを手にしているペンションのオーナーに期待を寄せた視線を向ける。さてと……一応は小野坂にコツを伝授されており、それを実戦するため大きく息を吸った。
「杣木さーん! 朝ですよー!」
堀江は中華鍋を構え、右腕を振りかぶってガンガンガンガン! と金属音を鳴り響かせる。杣木の体はビクンと跳ね上がり、むくっと体を起こした。
「「「「「おーっ!」」」」」
学生たちはペンションオーナーの功績を讃えていたが、杣木の目が開いていないことに気付いていた堀江は引き続きなべぞこを連打させる。すると根田に呼ばれた小野坂が二階に挙がってオーナーの肩に手を置いた。
「おはよう、あの感じだとまだ寝てるな」
その言葉の通り、音が止んで部員たちや顧問が声を掛けても一向に反応しない。
「監督まだ寝てるべよ」
「これでも起きないんかい?」
彼らは監督の睡眠への執着ぶりに呆れ返り、顧問も頭を抱えている。
「しょうがねぇ、代わるよ」
堀江は鍋とおたまを小野坂に渡し、再び寝入っている杣木を見て失笑した。
「やっぱしこん人でないとあかんぽいべ」
「オーナーさん惜しかったんだけどなぁ」
と次なる刺客に期待を寄せる。小野坂はそれを気にすること無く涼し気な表情で鍋を構えた。
「杣木さーん、朝ですよー」
彼は右手に持っているおたまで思いっきり鍋を叩く。素人耳には堀江と大差無い金属音にも関わらず、何の違いなのか杣木は目をぱっちりと開けて体を起こした。
「ん? おはよう」
「おはようございます、そろそろ起きてください」
小野坂は任務完了とばかりあっさりと部屋を出て下に降りていく。
「一体何の差なんでしょうか? 私には違いが……」
顧問は堀江に近付き、不思議そうにそう言った。
「う~ん、年季? なんでしょうかね」
「年季?」
「えぇ。彼と監督さんは知り合って十年くらいになるらしいので」
「そうですか」
顧問はベッドから出てせっせと目覚まし時計を片付ける杣木を見た。
「無事起きられたようですので失礼します。朝食は七時頃を予定しております」
「分かりました」
堀江は返事を聞いてから一階に降り、テーブルメイクの支度に合流した。
「明日マグロの赤身入荷できないか? 冷凍でも何でもいいからさ」
「マグロ? どないしたん?」
「昔“ヅケカツ定食”ってのを朝食時に出してたんだよ、不定期で。杣木さんそれを覚えてたみたいでたまに食べたくなるんだと」
「“ヅケカツ定食”?」
堀江は聞き覚えの無い料理に首を傾げた。
「衛さんから聞いたことないか?」
「無い。たまに探してみるんやけどレシピノート的なんは未だに出てこんわ」
「そうか。“ヅケ”は分かるよな? アレのフライとご飯、味噌汁、漬物をセットにした定食なんだけど」
「へぇ、美味そうやん」
小野坂の説明で“ヅケカツ定食”想像してみると、堀江には美味しそうな料理に感じた。
「あぁ、特に衛さんのは絶品だったんだよ。“ヅケ”のタレは確か醤油、わさび、ちょっとだけみりん入れてたんだ。俺にはあの人の味出せないんだけどさ」
「ほな入荷できたら吾にやらせてみよ。最終日だけ義君早朝の仕込み外してるから、礼君に言っとくわ」
「うん、頼む」
小野坂は『離れ』へ移動していった直後、普段よりも少し早く村木が搬入にやって来た。
「おはようさ~ん」
「おはよう礼君、これ終わったらちょっと話あんねんけど」
「ん、分かった」
二人は手早く搬入作業を進め、カフェ営業分が無いだけ普段よりも早く終わった。
「急で悪いんやけど、明日マグロの赤身追加できるかな?」
「ちょべっと待ち、池田さんに聞いてみるしたからさ」
村木はポケットに入れていたケータイを取り出して通話を始める。ものの一分ほどで用事を済ませると、左手でオッケマークを作ってみせた。
「解凍モンしたら入荷できるってさ。ただ十キロ分は引き受けてけれってこかさってたけど」
「うん、問題無いよ。ありがとう、助かったわ」
「なんもなんも。ところでささ」
村木は敷地内ギリギリのところまで堀江を引っ張り、周囲を気にして声をひそめた。
「最近義君のあんべはどったら感じだべか?」
「えっ?」
急にそんなことを聞かれてもと一瞬混乱するが、一時期の奇行を思い返すと村木が気に掛けるのも無理は無いかと思い直す。
「一時よりは落ち着いたけど……どないしたん?」
「ん。ちょべ~っとイヤ~な話聞かさったしたからさ」
村木はそう前置きしてから“イヤ~な話”を打ち明けた。堀江もその話に嫌なものを感じたが、勤務時間外の個人的な行動にまで首を突っ込めないので自身の胸に留めておくより他無かった。
そんな中でも時間は一定の速さで過ぎていくもので、客室から目覚まし時計のアラーム音が漏れ聞こえてきたことでで六時を迎えたと気付く。
「始まったな」
堀江は年に一度使用する中華鍋とオタマをフロントの下棚から引っ張り出す。
「悌君、二階行ってくるわ。念のため智君呼んどいて」
「ハイ」
根田は一旦テーブルメイクの作業から離れて手持ちのケータイから小野坂と通話を試みる。共にテーブルメイクに勤しんでいる義藤も、中華鍋とおたまを持って客室へ上がっていくオーナーを不思議そうに見た。
「何始めんだぁ?」
「杣木監督を起こしに行くんです」
「へっ? 自分で起きれないのあの人?」
「ハイ。十個くらい目覚し時計を持参されるのですが、ほぼ百パーセント起きてこられませんよ。中華鍋をおたまで叩いてやっとなんです」
「目覚まし意味無いじゃん」
昨年の出来事を知らない義藤は真っ当な感想を述べた。
「そうですよね、普段はどうなさっているんでしょか?」
「お母さんが起こしてらっしゃるよ、中華鍋をおたまで叩いてな。二階へは仁が上がったのか?」
根田から連絡を受けた小野坂が『離れ』から戻ってきた。
昨年同様、目覚しのアラーム音が鳴り響く中でも爆睡中の杣木、その音で起きざるを得なくなった同室の顧問や部員たちが外に出てきていた。
「まただべ~」
二年生以上の中には体験済みの学生もいるのだが、部に入ったばかりの一年生は何事かと驚きの表情を見せていた。
「おはようございます、今年もですね」
堀江は鳴り続けている目覚し時計を一つずつ止めていく。
「おはようございます。すみませんがアレお願いします」
学生たちは鍋とおたまを手にしているペンションのオーナーに期待を寄せた視線を向ける。さてと……一応は小野坂にコツを伝授されており、それを実戦するため大きく息を吸った。
「杣木さーん! 朝ですよー!」
堀江は中華鍋を構え、右腕を振りかぶってガンガンガンガン! と金属音を鳴り響かせる。杣木の体はビクンと跳ね上がり、むくっと体を起こした。
「「「「「おーっ!」」」」」
学生たちはペンションオーナーの功績を讃えていたが、杣木の目が開いていないことに気付いていた堀江は引き続きなべぞこを連打させる。すると根田に呼ばれた小野坂が二階に挙がってオーナーの肩に手を置いた。
「おはよう、あの感じだとまだ寝てるな」
その言葉の通り、音が止んで部員たちや顧問が声を掛けても一向に反応しない。
「監督まだ寝てるべよ」
「これでも起きないんかい?」
彼らは監督の睡眠への執着ぶりに呆れ返り、顧問も頭を抱えている。
「しょうがねぇ、代わるよ」
堀江は鍋とおたまを小野坂に渡し、再び寝入っている杣木を見て失笑した。
「やっぱしこん人でないとあかんぽいべ」
「オーナーさん惜しかったんだけどなぁ」
と次なる刺客に期待を寄せる。小野坂はそれを気にすること無く涼し気な表情で鍋を構えた。
「杣木さーん、朝ですよー」
彼は右手に持っているおたまで思いっきり鍋を叩く。素人耳には堀江と大差無い金属音にも関わらず、何の違いなのか杣木は目をぱっちりと開けて体を起こした。
「ん? おはよう」
「おはようございます、そろそろ起きてください」
小野坂は任務完了とばかりあっさりと部屋を出て下に降りていく。
「一体何の差なんでしょうか? 私には違いが……」
顧問は堀江に近付き、不思議そうにそう言った。
「う~ん、年季? なんでしょうかね」
「年季?」
「えぇ。彼と監督さんは知り合って十年くらいになるらしいので」
「そうですか」
顧問はベッドから出てせっせと目覚まし時計を片付ける杣木を見た。
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