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祭り前編
その二
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この日は朝から太陽の日差しが燦々と降り注ぎ、その中でペットボトルを片手に混み合う会場内をうろついている一人の女性がいた。
「北海道暑すぎぃ」
彼女は額に滲む汗をタオルで拭い、スポーツドリンクを口に含む。
「何処だよ? 『アウローラ』ぁ~」
見慣れぬ光景をきょろきょろ見回していると、こちらに向けて歩いてくる二人組の女性が視界に入った。地元住民か観光客かは不明だが、声を掛ければ何とかなりそうな予感が働いて二人組に近付いていく。
「すみません、パレード会場ってどっちですか?」
「「えっ?」」
二人組は手にしている地図を広げてくるくると回している。
「ひょっとして観光されてる方ですか?」
「いえ、ただ移住してまだ日が浅くて」
「そうなんだ、地図借りていい?」
「はいっ、どうぞ」
小柄で色白の女性がすっと地図を差し出した。一緒にいる長身の女性は不安そうに見つめていたが、彼女は地図を回すことなく周囲の建物と照らし合わせている。
「これがここってことはこっちか」
彼女は地図のお陰で近隣の地理状況を把握し、ささっと折りたたんで二人組に返却した。
「ありがとう、助かったよ。ところでどこ行こうとしてたの?」
彼女は地図が読めなさ気な二人組を放置できず、一応声を掛けてみる。
「実は『アウローラ』ってパン屋さんがこの辺で出張販売をしてると聞いたんですが」
「あてら地理に疎うてうろうろと探しちょっところなんです」
二人組は再度地図を広げているが、今どこにいるのかもいまいち把握できていない風であった。
「パレード会場沿いの駐車場にキッチンワゴン出してるって聞いてるよ。ここで会ったのも何かの縁だしさ、地図貸してくれたお礼ってほどじゃないけど一緒に行こうよ」
「ホントですかっ!」
「是非頼みあげもすっ!」
二人は天の助けとばかり彼女にすがる態度を見せた。
「アタシは飯野凪咲、宜しくね」
「うち佐孝幸って言います」
「稲城桜南です、こちらこそ宜しゅうたのみあげもす」
「固い固い、歳そんなに変わんないでしょ? 敬語止めよ」
凪咲は窮屈だと言わんばかりにフランクな口調で話している。
「えっと、今年二十三です」
「何だ同い年じゃん、やっぱり敬語はナシっ!」
「うん、そうやなあ」
三人は一瞬にして“かしまし娘”を結成し、仲良く連れ立って商店街メインストリートを歩く。その中腹に位置する駐車場特設スペースに、空色とサーモンオレンジでペイントされたキッチンワゴンでパンを売りさばく嶺山兄妹がいた。
「あっ、あそこだっ! ユキちゃーん!」
凪咲は他人の視線など一切気にせず、接客の隙ができた雪路に声を掛ける。その声に気付いた雪路も嬉しそうに手を振り返した。
「いらっしゃい、来てくれてありがとう」
二人は小野坂夫妻の結婚式で面識があり、その際に意気投合して連絡を取り合う仲になっている。
「どんなお祭りか見たかったからさ、結構な盛況振りだね」
「お陰様で。もう友達できたん?」
一人で来ているはずの凪咲が、二人の女性を連れていることに気付いて驚きの表情を見せている。
「うん、地図貸してくれたんだ。佐孝幸さんと稲城桜南さん、ゴールデンウィーク明けに移住してきたばっかなんだって」
凪咲は雪路に二人を紹介した。
「嶺山雪路です。私も移住組やから仲良うしてくれると嬉しいです」
雪路はきれいな笑顔を見せて二人に声を掛ける。
「ホントですか?」
「是非っ! こちらからも頼みあげもすっ!」
二人は勢いに任せて雪路の手を取った。最近移住してようやっと職場にも慣れ、新たな地で新たな交流の輪が広がるのは二人にとっても嬉しいことであった。雪路もまどかが亡くなって以来同性の友人ができにくい状況で、特に同世代の女性とは仕事でもなかなか出会わず会話すること自体が久し振りである。
「ところで、凪咲ちゃんはいつまでおれるん?」
「木曜日の朝まで、火曜水曜は『リーテンスコーグ』の臨時研修に入るんだ」
「そうなんやね、けど勤務先の方は問題無いん?」
「大丈夫、お給料は出ないから」
凪咲は現在東京の人気トータルスタイリングサロンで美容師をしているが、小野坂の結婚式で小森のスタイリングスキルを目の当たりにして以来『リーテンスコーグ』への再就職を狙っている。現時点で求人の空きが無いため望みはまだ叶えられていないが、彼女の懇意に根負けした小森が臨時研修の場を設けたという経緯があって箱館に再来していた。
「もういつでも動けるようにするんやね」
「うん。どうせなら尊敬できる方の下で働きたいからね」
彼女は気合十分といった感じで活き活きとしていた。
「凪咲ちゃん何んお仕事をされちょっと?」
初対面である稲城が当然の質問を投げかける。
「美容師だよ、『リーテンスコーグ』ってヘアサロンがもう少し先にあるんだよ」
「こっちに来てからまだ髪ん毛切っちょらんで一度行ってみようかな」
「是非行ってみて! オーナーの小森さんってホントに凄い方だからさ」
凪咲は自身の勤務先でもないのに誇らしげに宣伝している。
「私もあそこ行ってるよ、近いし安いから」
「そうなんじゃなあ、来月にでも行ってみようかな?」
稲城はきれいに切り揃えられている雪路の髪の毛を見ながら言った。雪路の黒く艶のある髪に対し、稲城は若気の至りでブリーチとカラーを繰り返してまだらなオレンジ色になっている。
「桜南は取り敢えずセルフブリーチ止めなよ」
「だってプリンの方がダサかもん」
佐孝のごもっともな指摘に稲城は悲しそうに髪の毛を触った。社会人になって身嗜みが大人仕様になると、若い頃は良かったスタイルに違和感を覚えてくる。その上環境の激変で手入れがなかなか行き届かず、乾燥と枝毛に悩まされている状態だ。
「桜南ちゃんは明るい色の方が似合うと思うよ」
「色は気に入っちょっと、いっそ思い切って切ってしまおうかな?」
と本来の目的を忘れている凪咲と稲城は髪の毛談義で盛り上がり始める。佐孝はそんな二人を放置して雪路の方に向き直った。
「それより雪路さん、オススメのパンってありますか?」
「今日は“たこ焼きパン”がオススメですよ。八個入り四百円とちょっとお高めですけど、この雰囲気にピッタリですし味も後悔させませんよ」
雪路は商売人魂を発揮して“たこ焼きパン”をちゃっかりPRする。佐孝は彼女のオススメに乗って“たこ焼きパン”を三人分購入し、一人お先にと仮設ベンチに座って美味しそうに頬張っていた。
「北海道暑すぎぃ」
彼女は額に滲む汗をタオルで拭い、スポーツドリンクを口に含む。
「何処だよ? 『アウローラ』ぁ~」
見慣れぬ光景をきょろきょろ見回していると、こちらに向けて歩いてくる二人組の女性が視界に入った。地元住民か観光客かは不明だが、声を掛ければ何とかなりそうな予感が働いて二人組に近付いていく。
「すみません、パレード会場ってどっちですか?」
「「えっ?」」
二人組は手にしている地図を広げてくるくると回している。
「ひょっとして観光されてる方ですか?」
「いえ、ただ移住してまだ日が浅くて」
「そうなんだ、地図借りていい?」
「はいっ、どうぞ」
小柄で色白の女性がすっと地図を差し出した。一緒にいる長身の女性は不安そうに見つめていたが、彼女は地図を回すことなく周囲の建物と照らし合わせている。
「これがここってことはこっちか」
彼女は地図のお陰で近隣の地理状況を把握し、ささっと折りたたんで二人組に返却した。
「ありがとう、助かったよ。ところでどこ行こうとしてたの?」
彼女は地図が読めなさ気な二人組を放置できず、一応声を掛けてみる。
「実は『アウローラ』ってパン屋さんがこの辺で出張販売をしてると聞いたんですが」
「あてら地理に疎うてうろうろと探しちょっところなんです」
二人組は再度地図を広げているが、今どこにいるのかもいまいち把握できていない風であった。
「パレード会場沿いの駐車場にキッチンワゴン出してるって聞いてるよ。ここで会ったのも何かの縁だしさ、地図貸してくれたお礼ってほどじゃないけど一緒に行こうよ」
「ホントですかっ!」
「是非頼みあげもすっ!」
二人は天の助けとばかり彼女にすがる態度を見せた。
「アタシは飯野凪咲、宜しくね」
「うち佐孝幸って言います」
「稲城桜南です、こちらこそ宜しゅうたのみあげもす」
「固い固い、歳そんなに変わんないでしょ? 敬語止めよ」
凪咲は窮屈だと言わんばかりにフランクな口調で話している。
「えっと、今年二十三です」
「何だ同い年じゃん、やっぱり敬語はナシっ!」
「うん、そうやなあ」
三人は一瞬にして“かしまし娘”を結成し、仲良く連れ立って商店街メインストリートを歩く。その中腹に位置する駐車場特設スペースに、空色とサーモンオレンジでペイントされたキッチンワゴンでパンを売りさばく嶺山兄妹がいた。
「あっ、あそこだっ! ユキちゃーん!」
凪咲は他人の視線など一切気にせず、接客の隙ができた雪路に声を掛ける。その声に気付いた雪路も嬉しそうに手を振り返した。
「いらっしゃい、来てくれてありがとう」
二人は小野坂夫妻の結婚式で面識があり、その際に意気投合して連絡を取り合う仲になっている。
「どんなお祭りか見たかったからさ、結構な盛況振りだね」
「お陰様で。もう友達できたん?」
一人で来ているはずの凪咲が、二人の女性を連れていることに気付いて驚きの表情を見せている。
「うん、地図貸してくれたんだ。佐孝幸さんと稲城桜南さん、ゴールデンウィーク明けに移住してきたばっかなんだって」
凪咲は雪路に二人を紹介した。
「嶺山雪路です。私も移住組やから仲良うしてくれると嬉しいです」
雪路はきれいな笑顔を見せて二人に声を掛ける。
「ホントですか?」
「是非っ! こちらからも頼みあげもすっ!」
二人は勢いに任せて雪路の手を取った。最近移住してようやっと職場にも慣れ、新たな地で新たな交流の輪が広がるのは二人にとっても嬉しいことであった。雪路もまどかが亡くなって以来同性の友人ができにくい状況で、特に同世代の女性とは仕事でもなかなか出会わず会話すること自体が久し振りである。
「ところで、凪咲ちゃんはいつまでおれるん?」
「木曜日の朝まで、火曜水曜は『リーテンスコーグ』の臨時研修に入るんだ」
「そうなんやね、けど勤務先の方は問題無いん?」
「大丈夫、お給料は出ないから」
凪咲は現在東京の人気トータルスタイリングサロンで美容師をしているが、小野坂の結婚式で小森のスタイリングスキルを目の当たりにして以来『リーテンスコーグ』への再就職を狙っている。現時点で求人の空きが無いため望みはまだ叶えられていないが、彼女の懇意に根負けした小森が臨時研修の場を設けたという経緯があって箱館に再来していた。
「もういつでも動けるようにするんやね」
「うん。どうせなら尊敬できる方の下で働きたいからね」
彼女は気合十分といった感じで活き活きとしていた。
「凪咲ちゃん何んお仕事をされちょっと?」
初対面である稲城が当然の質問を投げかける。
「美容師だよ、『リーテンスコーグ』ってヘアサロンがもう少し先にあるんだよ」
「こっちに来てからまだ髪ん毛切っちょらんで一度行ってみようかな」
「是非行ってみて! オーナーの小森さんってホントに凄い方だからさ」
凪咲は自身の勤務先でもないのに誇らしげに宣伝している。
「私もあそこ行ってるよ、近いし安いから」
「そうなんじゃなあ、来月にでも行ってみようかな?」
稲城はきれいに切り揃えられている雪路の髪の毛を見ながら言った。雪路の黒く艶のある髪に対し、稲城は若気の至りでブリーチとカラーを繰り返してまだらなオレンジ色になっている。
「桜南は取り敢えずセルフブリーチ止めなよ」
「だってプリンの方がダサかもん」
佐孝のごもっともな指摘に稲城は悲しそうに髪の毛を触った。社会人になって身嗜みが大人仕様になると、若い頃は良かったスタイルに違和感を覚えてくる。その上環境の激変で手入れがなかなか行き届かず、乾燥と枝毛に悩まされている状態だ。
「桜南ちゃんは明るい色の方が似合うと思うよ」
「色は気に入っちょっと、いっそ思い切って切ってしまおうかな?」
と本来の目的を忘れている凪咲と稲城は髪の毛談義で盛り上がり始める。佐孝はそんな二人を放置して雪路の方に向き直った。
「それより雪路さん、オススメのパンってありますか?」
「今日は“たこ焼きパン”がオススメですよ。八個入り四百円とちょっとお高めですけど、この雰囲気にピッタリですし味も後悔させませんよ」
雪路は商売人魂を発揮して“たこ焼きパン”をちゃっかりPRする。佐孝は彼女のオススメに乗って“たこ焼きパン”を三人分購入し、一人お先にと仮設ベンチに座って美味しそうに頬張っていた。
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