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祭り前編
その三
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朝から始まった出店レシピコンテストも佳境を迎え、日も西に傾いて会場内に街灯が灯り始めた。この時間になってもたくさんの人が行き交っているが、早い店では品切れのため後片付けを始めている。
昨年の順位が良かった『オクトゴーヌ』は序盤こそ順調であったが、昼頃になると客足が一気に減って売れ行きも芳しくない。川瀬が最も得意としているポモドーロで勝負に出ているのだが、用意していた分の半分がやっと売れた程度である。
予想以上に売れない自信作を前に川瀬は苛立ちを募らせていた。いつも通りに作っていつも通りのクオリティーを保てているはずなのに、と普段滅多にやることの無い声掛けも必死にやっている。しかしルール上声掛けには制限がかけられており、一度実行委員から注意を受ける始末であった。
焦りから必要以上に動き回る川瀬に小野坂は困惑していた。宥めてすかして機嫌を取っても無視される状態で、もうお手上げだと黙々と自分のことに専念して雰囲気もギスギスしている。何でもいいからタイムアップしてくれと願っていると、日頃ほぼ動きを見せない川瀬のケータイがぶるぶると震え出した。
「義、ケータイ鳴ってる」
珍しいなと思いながら声を掛けると、川瀬は奥に引っ込んでそれを掴む。メールだったのか画面を数回突っつくと、それをポケットに入れてから手荷物を持って辺りをきょろきょろと見回していた。
「ちょっと席外すね」
「まだ時間残ってんのにかよ?」
いくら不振とはいえ最後までやれよという思いが小野坂の脳裏をかすめる。誰名義で参加してるコンテストなんだよ? それを考えると腹も立ってくる。
「じゃああと宜しくね智君」
「いや俺一人じゃ売れねぇだろうが」
川瀬は現実逃避するかのようにテントから出て行った。一人取り残された小野坂は短気を起こして暴れたい気持ちに駆られたが、入れ替わるように法被姿の村木がやって来て衝動はどうにか抑えられる。
「おばんです、どったらあんべだ?」
「最悪だよ、義が逃げやがった」
「そうかい、したら手伝うべ」
「気持ちはありがたいけど俺資格無ぇから動けねぇんだよ、取り敢えず本部に事情説明してくる」
「ん、留守は任してけれ」
小野坂は本部の設営テントに走り、村木は手持ちのケータイで何箇所かに通話をしていた。それから実行委員と小野坂の間で話し合いが行われ、一時間だけ有資格者の監視付きで作業が認められた。
「それまでに川瀬さんが戻らさるか代理さんが来ささったら続行、間に合わねかったら棄権ってことにさしてもらうべ」
「分かりました」
小野坂は一時間だけでも続けられることに安堵した。一方通話を終えた村木は、勝手に鍋の蓋を開けて川瀬が作り置いていたポモドーロソースの味見をしている。
「うっわ! 何だべこりゃ!」
「どうしたんだよ?」
「なしたもへったくれもね、こったらもん売れる訳ねえべ」
偏食家なだけあって味にはそれなりに煩い村木が、多少強引に小野坂にもソースの味見をさせた。腐ってはいないが、控えめに言ってもプロが出す代物ではなかった。
「やべぇこんなの出せねぇ」
この短期間で川瀬がここまで腕を落としていることにショックを受ける。いつからこうなった? 考えたところで分からないが、少なくとも彼の知っている川瀬の腕前とは思いたくないほど酷いものであった。
「智、オメエが作らさった方がまだ客呼べるべ」
「そうは言うけど素人だぞ俺」
これを出すくらいであれば棄権する方がマシであるが、実行委員の厚意で首の皮一枚でも繋がっている以上何もしない訳にもいかない。
「そったらことぬかしてる場合でね、あとの時間乗り切らさることだけ考えれ」
友の言葉に後押しされ、小野坂は予め持参していた食材で自作ポモドーロを作り始める。出来立ての薫りに誘われた客たちが『オクトゴーヌ』に集まり、周囲にいるプロ集団には及ばずながらも徐々に活気が戻ってきた。
小野坂作のポモドーロは順調に売上を伸ばし、食材が無くなる前に『赤岩青果店』から補充がなされた。そしてリミット十分前に、宿泊分の調理を終えた悌が会場に駆け付ける。
「お疲れ様です、聞いてた以上に繁盛してますね」
彼は除菌シートで手を拭いてから仮設キッチンの前に立った。
「俺じゃこれが限界だ」
「あとは任してください」
悌と交代して一旦その場を離れた小野坂は少しばかり冷静さを取り戻す。タイミング良く食材が補充され、無事に代理を立てられた……最前線で売り子をしている村木の背中を見ながら友の計らいをありがたく感じていた。
『さぁ残り時間が少なくなってまいりました。早くも店閉まいをしているテントもありますが、まだまだ盛り上がりを見せていますよぉ』
『そうですねぇ、食材の補充は禁止されてるんですか?』
『一度だけ可能というルールになってます。そのタイミングをどこに持ってくるかは店ごとに違いがありますね、恐らく昼時にピークを持ってこられた店が早めの店閉まいって感じになっているんでしょう』
『なるほどぉ』
特設会場の実況席では出店の現状を熱くレポートし続けている。朝からこの調子で中継を続けているパーソナリティも森田藤洋真も疲れを一切見せず、評判通りのハイテンションでプロの仕事を披露している。
『しかしここへ来て『オクトゴーヌ』さんの追い上げがめざましいですね、現在最下位ではあるんですが一気に得票数を上げてきていますよ』
『実はさっきマネージャーが出来立てを買ってきてたのでちょべっとまくろうたんです。昼時に出されていたものから改良を加えられたように感じましたので、そこを評価されているんでないかい?』
『そのようですね、僕今食べてみたんですがなかなか美味いですよ、本当に最下位なんですか?』
パーソナリティは食レポがてら『オクトゴーヌ』のポモドーロを食べている。そこに実行委員が近付いて新たに原稿を手渡した。
『その『オクトゴーヌ』さんに動きがあったようですのでお伝えします。エントリー名義の川瀬さんが急用でテントを離れられまして、同じく『オクトゴーヌ』の……何とお読みするんでしょう? りっしん偏に弟という字なんですが、カケハシさんとお読みするんですか?』
『珍しい苗字ですねぇ』
『ですねぇ。続けさせて頂きますと、その悌さんが代理で調理をされているということです』
『つまり代理の彼が救世主状態にならさってるんですね』
『恐らくそうだと思います。同じ店からであればメンバーチェンジはルール違反になりませんので最後まで頑張ってい頂きたいですね……おっとぉ! 最新情報によりますと『オクトゴーヌ』さん最下位脱出されました!』
昨年の順位が良かった『オクトゴーヌ』は序盤こそ順調であったが、昼頃になると客足が一気に減って売れ行きも芳しくない。川瀬が最も得意としているポモドーロで勝負に出ているのだが、用意していた分の半分がやっと売れた程度である。
予想以上に売れない自信作を前に川瀬は苛立ちを募らせていた。いつも通りに作っていつも通りのクオリティーを保てているはずなのに、と普段滅多にやることの無い声掛けも必死にやっている。しかしルール上声掛けには制限がかけられており、一度実行委員から注意を受ける始末であった。
焦りから必要以上に動き回る川瀬に小野坂は困惑していた。宥めてすかして機嫌を取っても無視される状態で、もうお手上げだと黙々と自分のことに専念して雰囲気もギスギスしている。何でもいいからタイムアップしてくれと願っていると、日頃ほぼ動きを見せない川瀬のケータイがぶるぶると震え出した。
「義、ケータイ鳴ってる」
珍しいなと思いながら声を掛けると、川瀬は奥に引っ込んでそれを掴む。メールだったのか画面を数回突っつくと、それをポケットに入れてから手荷物を持って辺りをきょろきょろと見回していた。
「ちょっと席外すね」
「まだ時間残ってんのにかよ?」
いくら不振とはいえ最後までやれよという思いが小野坂の脳裏をかすめる。誰名義で参加してるコンテストなんだよ? それを考えると腹も立ってくる。
「じゃああと宜しくね智君」
「いや俺一人じゃ売れねぇだろうが」
川瀬は現実逃避するかのようにテントから出て行った。一人取り残された小野坂は短気を起こして暴れたい気持ちに駆られたが、入れ替わるように法被姿の村木がやって来て衝動はどうにか抑えられる。
「おばんです、どったらあんべだ?」
「最悪だよ、義が逃げやがった」
「そうかい、したら手伝うべ」
「気持ちはありがたいけど俺資格無ぇから動けねぇんだよ、取り敢えず本部に事情説明してくる」
「ん、留守は任してけれ」
小野坂は本部の設営テントに走り、村木は手持ちのケータイで何箇所かに通話をしていた。それから実行委員と小野坂の間で話し合いが行われ、一時間だけ有資格者の監視付きで作業が認められた。
「それまでに川瀬さんが戻らさるか代理さんが来ささったら続行、間に合わねかったら棄権ってことにさしてもらうべ」
「分かりました」
小野坂は一時間だけでも続けられることに安堵した。一方通話を終えた村木は、勝手に鍋の蓋を開けて川瀬が作り置いていたポモドーロソースの味見をしている。
「うっわ! 何だべこりゃ!」
「どうしたんだよ?」
「なしたもへったくれもね、こったらもん売れる訳ねえべ」
偏食家なだけあって味にはそれなりに煩い村木が、多少強引に小野坂にもソースの味見をさせた。腐ってはいないが、控えめに言ってもプロが出す代物ではなかった。
「やべぇこんなの出せねぇ」
この短期間で川瀬がここまで腕を落としていることにショックを受ける。いつからこうなった? 考えたところで分からないが、少なくとも彼の知っている川瀬の腕前とは思いたくないほど酷いものであった。
「智、オメエが作らさった方がまだ客呼べるべ」
「そうは言うけど素人だぞ俺」
これを出すくらいであれば棄権する方がマシであるが、実行委員の厚意で首の皮一枚でも繋がっている以上何もしない訳にもいかない。
「そったらことぬかしてる場合でね、あとの時間乗り切らさることだけ考えれ」
友の言葉に後押しされ、小野坂は予め持参していた食材で自作ポモドーロを作り始める。出来立ての薫りに誘われた客たちが『オクトゴーヌ』に集まり、周囲にいるプロ集団には及ばずながらも徐々に活気が戻ってきた。
小野坂作のポモドーロは順調に売上を伸ばし、食材が無くなる前に『赤岩青果店』から補充がなされた。そしてリミット十分前に、宿泊分の調理を終えた悌が会場に駆け付ける。
「お疲れ様です、聞いてた以上に繁盛してますね」
彼は除菌シートで手を拭いてから仮設キッチンの前に立った。
「俺じゃこれが限界だ」
「あとは任してください」
悌と交代して一旦その場を離れた小野坂は少しばかり冷静さを取り戻す。タイミング良く食材が補充され、無事に代理を立てられた……最前線で売り子をしている村木の背中を見ながら友の計らいをありがたく感じていた。
『さぁ残り時間が少なくなってまいりました。早くも店閉まいをしているテントもありますが、まだまだ盛り上がりを見せていますよぉ』
『そうですねぇ、食材の補充は禁止されてるんですか?』
『一度だけ可能というルールになってます。そのタイミングをどこに持ってくるかは店ごとに違いがありますね、恐らく昼時にピークを持ってこられた店が早めの店閉まいって感じになっているんでしょう』
『なるほどぉ』
特設会場の実況席では出店の現状を熱くレポートし続けている。朝からこの調子で中継を続けているパーソナリティも森田藤洋真も疲れを一切見せず、評判通りのハイテンションでプロの仕事を披露している。
『しかしここへ来て『オクトゴーヌ』さんの追い上げがめざましいですね、現在最下位ではあるんですが一気に得票数を上げてきていますよ』
『実はさっきマネージャーが出来立てを買ってきてたのでちょべっとまくろうたんです。昼時に出されていたものから改良を加えられたように感じましたので、そこを評価されているんでないかい?』
『そのようですね、僕今食べてみたんですがなかなか美味いですよ、本当に最下位なんですか?』
パーソナリティは食レポがてら『オクトゴーヌ』のポモドーロを食べている。そこに実行委員が近付いて新たに原稿を手渡した。
『その『オクトゴーヌ』さんに動きがあったようですのでお伝えします。エントリー名義の川瀬さんが急用でテントを離れられまして、同じく『オクトゴーヌ』の……何とお読みするんでしょう? りっしん偏に弟という字なんですが、カケハシさんとお読みするんですか?』
『珍しい苗字ですねぇ』
『ですねぇ。続けさせて頂きますと、その悌さんが代理で調理をされているということです』
『つまり代理の彼が救世主状態にならさってるんですね』
『恐らくそうだと思います。同じ店からであればメンバーチェンジはルール違反になりませんので最後まで頑張ってい頂きたいですね……おっとぉ! 最新情報によりますと『オクトゴーヌ』さん最下位脱出されました!』
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