ペンション『オクトゴーヌ』再生計画

谷内 朋

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本性

その一

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 祭りが終わった月曜日、駅近くのホテルに泊まっていた凪咲は荷物をまとめてチェックアウトを済ませ、入口前の送迎車待ちターミナルで小野坂が来るのを待っていた。しばらくゲームアプリで時間を潰していると、マラカイトグリーンのコンパクトカーが横付けしてきた。
「凪咲」
 車から兄が降りて来たので、ゲームアプリを閉じて表情をほころばせる。脇に置いてある荷物をいそいそとトランクに詰め込み、さっさと車に乗り込んだ。
「荷物多すぎるだろ」
「商売道具一式持ってきたからね」
「ハサミだけじゃねぇんだな」
「着替えも結構あるから、洗濯機借りるね」
 小野坂は車を走らせて幹線道路に出る。結婚式直前までほぼ交流の無かった二人だが、最近は定期的に連絡を取り合うようになって余所余所しさは多少薄らいでいた。
「お父さんとお母さんからお土産預かってるよ」
「そうか」
「美乃母さんのチョイスだから夢子さんの口にも合うと思うんだ」
「後でお礼言っとく」
 このところ夢子の実父と連絡を取り合っていくうちに、継父である飯野とも話す機会が増えていた。長く父子家庭を経験している彼の話はありがたいものであるが、通話が増えていることで夢子が機嫌を損ねるという面倒な事態にもなっている。
「最近お父さんとも上手くやってるみたいじゃない」
「まぁ育児の話を聞けるのはありがたいと思ってるよ。それより二日とも祭りに行ったんだな」
 そのことあって最近は義妹と話している方が気楽に感じていた。
「うん、ホテル泊だと掃除する時間があるじゃない。面白そうだとは思ってたし、ユキちゃんにも会いたかったからさ」
「もう友達できてんだろ? ユキちゃんからも聞いてるよ」
「一昨日地図貸してくれたのが縁で一日一緒にいたんだよね。偶然にも同い年でさ、話弾んで楽しかったよ」
 凪咲、佐孝、稲城、雪路の四人はその日のうちに連絡先を交換し、早くもグループメールでのやり取りを始めている。
「そっか、お前案外移住合ってるかもな」
「うん、アタシこの街好きだよ。観光地の側面ばっか有名だけど地元民の生活臭もちゃんと残ってんじゃん、それって強みだと思うよ」
 凪咲であればどこで暮らそうがそれなりに逞しく生きていけそうな気もするが、何も言ってこないながらも妻がここでの暮らしに四苦八苦しているのは薄々勘付いていた。
「俺はこの街で骨埋めるつもりだよ」
「お兄ちゃんあんま都会っ子の性格してないもんね、出戻ったの分かる気がするよ」
 凪咲は小野坂に笑顔を向ける。飯野の連れ子として出会った頃は彼女の無遠慮な性分を避けてきたきらいがあるが、今となっては少々もったいないことをしたと感じていた。
「こうしてちゃんと話するのって初めてなんじゃねぇかな?」
「そうかもね。お互いまだ若いしさ、こういう機会どんどん増やしていってもいいと思うよ。連れ子同士とは言ってもきょうだいなんだしさ」
 凪咲はようやく心を開き始めた兄の変化を嬉しく感じていた。

 その頃、小野坂夢子は普段通り『DAIGO』に出勤していた。腹の膨らみも目立つようになって体は重くなったが、妊娠発覚時の切迫流産以外はむしろ順調と言えた。
 それをいいことに夫に内緒で事前に夜営業のシフトを入れている。間もなく迎える産休に備えて少しでもお給料を頂こうという考えと、この日から三泊する義妹との対峙を避ける目的も隠し持っていた。
 彼女は表情をほころばせながらケータイ画面をタップして夫に通話を試みる。数回の呼出音の後、聞き慣れた声ではいと応答があった。
「智? 実は夜営業にも入らなければならなくなったの」
『えっ? 大丈夫なのかよ?』
 電話越しの小野坂は、夢子の企みを知る由もなく体調を気遣っている。
「安定気に入っているからそこまで調子は悪くないのだけれど、今日から三日ほど人員不足でお声が掛かってしまったの」
『そうなのか? あの店そういうことしないんだけどな』
 小野坂は彼女以上に『DAIGO』の内部事情に詳しかったため、仮にそうなった場合は昼夜問わず相原母子が店に立つことを知っている。しかし夢子も負けておらず、付き合いそのものが長い夫を説き伏せられる術も自信もあった。
「オーナー親子がお店に立つ前提の話よ。最後の最後までお声は掛からなかったけれど、全員の方がお断りされてしまったんですって」
『珍しいこともあるもんだな』
「割と頻繁よ、これまでは私にまで回ってこなかっただけ」
 夢子はしっかりとした口調でそう言い切った。実際は従業員同士の助け合いが徹底されているためこのような事態はまず起こらないのだが、社内事情が変わることもあるという体にしてしまえばいいとこの時は考えていた。
『そうか……辛かったら休むとか早退も視野に入れておけよ、帰りは迎えに行くからさ』
「えぇ、とても嬉しいわ。終わったら連絡するわね」
 夫を上手く言いくるめられた夢子は、通話を切ってふふふと笑う。彼女は結婚して以降頻繁に夫と連絡を取り合うようになった義妹の存在が気に入らず、実の両親が彼女の肩を持つことにも腹を立てていた。
 今回凪咲が自宅に泊まることになったのも実母美乃の発案で、小野坂の実母江里子と飯野の遠慮も突っぱねて押し切られる形となった。この時は小野坂も頼りにならず、ほとんど出掛けてるからもてなしなどしなくていいとしか言わなかった。
『あんた何か疚しいことでもあるの?』
 追い打ちとなった実母の言葉が予想以上に堪えて跳ね返すことができず、気の合わない女と顔を合わせるくらいならと大悟に直談判してねじ込んだシフトであった。
「家にいるよりマシだわ」
 夢子はそう言い捨ててから、ケータイをロッカーに放り込んだ。
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