ペンション『オクトゴーヌ』再生計画

谷内 朋

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圧迫

その二

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 師走目前ともなってくると、街中はクリスマスと正月が一気に来たように華やかな雰囲気に包まれている。ところが坂道商店街ではちょっとした問題が起こっていた。
【箱館にある『オクトゴーヌ』ってペンションのオーナーが前科者らしい】
 そんなタレコミ情報がSNSによって拡散され、ご丁寧にも十年前ワイドショーで話題になった【仇討ち事件の加害者】であることまで暴露されてしまっている。商店街関係者にとっては周知の話であっても他のエリアではそうもいかず、思わぬクレーム対応に追われていると責任追及をしてくる所もあった。
「智、転職したら?」
 こんな状況にこそ踏ん張って堀江を支えたいと考えている小野坂に、まるで誘惑するかのように邪念を入れてくる夢子に嫌気が差してくる。多分SNS情報の影響だろうなと相手にせず、辞める意志も無いのでいつものように仕事をこなしていた。
 最初の数日はこの影響で宿泊の予約キャンセルがちらほら見受けられた。ところが国民性なのか一週間も経てばほぼ鎮火し、カフェ営業も元の状態に戻っている。その中にはご近所さんが団結して『オクトゴーヌ』に足を運ぶようになるというありがたい誤算もあり、友人たちを始め例のクレーマー女性や老人客も雪の中通いつめていた。
「ここが踏ん張り時よ、周りの本性も見えやすくなるからよく観察しておきなさい」
 彼女は頻繁に堀江に声を掛けて気持ちを鼓舞させていた。その厚意はありがたかったが、過去の行いを恥じる日々を送る堀江はすっかり弱気になっている。
「何かごめん、俺のせいで」
 それが精神的な重しになっている堀江は、変な責任を感じて従業員たちに頭を下げた。
「そんなことで謝んな、もうほとんど収まってんじゃねぇか」
「そうですよ、今の情報社会一つのネタにいつまでも留まっていませんって」
 今や古株の小野坂と根田は今更のことなので全く気にしていない。
「それにしてもさぁ、地方のペンションオーナーの個人情報調べるとか暇な奴いるんだな」
 義藤は見知らぬ投稿人相手に呆れたと言わんばかりの表情を見せた。
「せやな、そう言われてみれば」
「一体何のメリットがあるんでしょうか?」
 悌と石牟礼も彼の言葉に頷いた。
「商店街の人たちはOホテルを疑ってるけどさ」
「何故そこでOホテルなんです?」
 石牟礼は意外だとでも言わんばかりの言い方をした。
「何かそれに合わせてOホテルだけ評価がうなぎ上りなんだって」
 SNSのタレコミを知った商店街、特にじいさま軍団は不自然なほどに高評価を獲得しているOホテルに疑念の目を向けていた。
『何か作為的なモンを感じるべ』
 彼らは現役で働いていないのをいいことに探偵めいた調査を独自で始めており、高評価に関しては捨て垢による組織票ではないかと漏らしていた。
「たださぁ、あんだけの大手がセコい割にリスクでかいことするかなぁ? 組織票にしたってもうちょっと上手くやらね?」
 義藤はちょっとした私立探偵のように件の推理を始める。
「裏の裏は表いうこともあり得るぞ」
「うわっ! ボス性根腐ってるっ!」
「やかましいわ」
 悌は嫌そうに見上げてくる義藤の頭を小突く。
「いってぇ~」
「その動きがOホテルにバレたら面倒なことになるかも知れませんよ」
「それよりもその投稿が残っているんでしたらスクショしておきますね、証拠集めは大事ですから……まだ残ってますね」
 義藤と石牟礼のやり取りを聞いていた根田は、ケータイを操作して例の投稿を探し当てると早速画像を撮影する。
「続くようなら被害届も検討しといた方が良いかもな」
「警察自体は当てになりませんけど、塚原あの刑事さんに相談することくらいならできるんちがいます?」
 堀江以外の五人は話の流れで事態の終息に向けた意見を出し合っている。堀江は自分のために尽力を尽くす姿勢に申し訳無さがこみ上げてきた。
「完全にオーナーの俺が足引っ張ってるよな」
「そんなこと誰も思うてへんわ」
『仁ー、おるかー?』
 と外から嶺山の声が聞こえてくる。搬入時間でもないのにどないしたんやろ? と思っていると、『播州建設』の社長勝原を伴っていた。彼らは『アウローラ』の建設にも携わり、建築チーム一式引き連れて箱館に渡っている。
「しばらく振りやな堀江さん、ちょっとだけ時間取れるか?」
「えぇ、大丈夫ですよ」
 堀江は二人を屋内に上げようとしたが、すぐに帰ると断って早速本題に入った。
「SNSの投稿犯、ワイらで見つけたるわ」
「は?」
 堀江は三度続く彼の申し出に素っ頓狂な声を上げる。
「ウチの妹探偵やってんねん、あの程度やったら何日かで見つけられると思うで」
「お気持ちはありがたいんですが」
 彼としては犯人探しを望んでいないので断ろうとするが、それを言わせぬためか金は要らんぞと釘を刺された。
「いえ金の問題では……」
「いやな、そのアカウント主いうんが所謂インフルエンサーとかでサイト内の通報も多いらしいんや。警察も目ぇ付けとるいう話でな、ついでやから情報提供するつもりではおるねん」
「そうなんですか?」
「タイミングが合うたいうだけや、あんさんは変に気負わんでよろし」
 堀江はたまたまにしろ世の中上手いことできとるなと失笑するしかなかった。それから言葉通りものの二日ほどで犯人が見つかったと聞き、恐ろしい情報網に悌以外は驚いていた。それを元に警察も動き出し、犯人とされる人物に事情徴収をしたところ、旅行中たまたま耳にした地元民の会話を投稿したに過ぎなかったことが分かった。更に調べた結果Oホテルの高評価との関連性は乏しく、現状そちらの件はまだ解決していない。

 それは石牟礼にとって好都合な結果であった。彼女の異母姉にあたる長狭玉緒ナガサタマオは春からOホテルの副支配人に就任し、このところの顧客狩りの立役者と言える存在であるからだ。余計なことはしてないみたいだ……彼女は野心的な姉の性分が気になっていたので、このままで済めばいいと祈るしかない。
「ただいまぁ」
 この日の仕事を終えて帰宅すると、奥の部屋で父と姉との言い争いが漏れ聞こえてきた。
『お前ら何やったんや?』
『企業努力のこと以外してへんわ』
『したらなしてあったらことになったんや?』
 父もそこを疑っていたのか? 彼女は慌てて二人の仲裁に入る。
「それとこれとは別や」
 店に立つ時の落ち着いた話し方と違い、方言丸出しで声色も男性と思わせるくらいの低さであった。
「お帰り、いつ戻ってったん?」
「ついさっきやけど。それよりオサムアズサは?」
「せや、迎えに行かんと」
 父は娘の言葉に我に返り、慌てて支度を始めている。
「私が行くわ、その方が早い」
「いんや、ワシが行く」
 代役を申し出る石牟礼を制し、孫たちのいる幼稚園へといそいそと出掛けて行った。
「正直そこ疑われると思わんかったわ」
 姉玉緒は玄関を見つめながら呟いた。
「いやおったで、お客さんの中には」
「そうなん? あの辺の店は片っ端から調査がてら歩き回ってるからそれが今になって怪しまれたんか」
「あと異常なアゲ評価な」
「それはこっちも調べ付いてるわ、ただの便乗犯やったから被害届出すほどでもなかってん」
「そっか、それよりも……」
「うん、今はまだお父ちゃんに言われへん」
 秘め事を共有している二人は互いの顔を見て頷き合った。
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