ペンション『オクトゴーヌ』再生計画

谷内 朋

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圧迫

その三

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─そろそろ『オクトゴーヌ』を辞めようかと思ってるんだ。
─まぁ、左様ですの?
─うん。これを機にここの社員にしてもらおうって考えてる。
─素晴らしいお考えだと思いますわ。でもどうして退職なさろうと思われたの?
 (しばし沈黙)
─実はね、僕の友人が殺人事件の被害者で。
─まぁ、お可哀そうに。
─ありがとう、その犯人ていうのがオーナーなんだ。
─何てことですの! 酷いお話じゃない!
─でも友人がオーナーの恋人を殺害したって側面もあって、彼にも落ち度があったんだ。十年くらい前【仇討ち事件】っていうのが京都であったの憶えてる?
─えぇ、何となくは。まさかあの方が……
 (しばし沈黙)
─でも当時は友人の方が悪者扱いだったんだ。そのせいで施設の園長はマスコミに糾弾されて、僕を含めた知人たちも散々嫌がらせされてきたよ。
─とてもお辛かったわね、けれどご友人にだって被害者の側面がおありなはずよ。
 (女性のすすり泣く声)
─ごめんねこんな話して
─宜しくてよ、話してくれてありがとう。私はご友人様のご冥福をお祈り致しますわ。
─貴女のように慈愛ある言葉をくれた方は初めてだよ。
─いえ、周りの人間がマスコミに振り回されている馬鹿しかいなかっただけですわ。まともな神経をお持ちの方であれば私と同じ思いを持たれるはずですもの。
─僕の周りにそんな人はいなかった、僕を迎え入れてくれたこの街の人たちでさえも友人には同情してくれなかったよ。
─もしこのことを夫が知っていれば……
 (震える女の声)
─彼はとおに知ってるよ、多分僕よりも早いタイミングでね。
─そんな……!
─彼はそれを承知でオーナーを信頼しきってるから。
─とんでもないことだわ! だからこの一年で夫はすっかり変わってしまったのね!
─そうかも知れない、僕もそう思うよ。最近の彼はとてもピリピリしてる、いつもイライラしているよ。
─このところ娘に構ってばかりで私には冷たいの。
─それは良くないね、二人とも大切な家族なんだから平等に愛すべきだと思う。ううん、貴女がいなければお子さんは授からなかったはずなんだ。僕は奥さんを最優先に愛していいと思う、そうするべき時代が来てるのに。
─そうですわよね、仰る通りだと思いますわ。
─それなのに妻を……貴女のような美しい女性を蔑むなんてナンセンスだよ。
─きっとあの男の冷酷さが夫の心を蝕んでいるのですわ! 妻として夫を救い上げないといけませんわね。
 (ヒートアップしていく女)
─すぐには難しいよ、時間をかけてゆっくりとほぐしていった方がいいと思う。そうだ! ご実家に話してみたら?
─えぇ、話してみますわ。貴方もどうか早く魔の手から逃れられた方が宜しくてよ。
─うん、そうするよ。
─私は大切な方と共に清く正しく生きてまいりたいの、そのために私は愛の力で夫を立ち直らせてみせますわ。

 「参ったな……」
 先日犯人から押収した音声データのコピーを聞き直していた塚原は、ため息を吐いて停止ボタンを押す。
「これはどうしたもんか……」
 身内話を戸外ですることはままあるが、内容が内容だけに取り扱いに困っていた。この事実を堀江に伝えようにも、押収品である以上それは事実上不可能である。
「店側に注意促すしかないかぁ」
 彼はそう呟いてその場を後にした。

 犯人が見つかったことで『オクトゴーヌ』周辺は落ち着きを取り戻し、同時にOホテルの異常な高評価も鳴りを潜めていた。じいさま軍団も必要以上の詮索はせず、時々『オクトゴーヌ』に訪れて今日も雪路が可愛いと盛り上がっている。
「日に日にめんこくなってんべあん子」
「男でもできたんかい?」
「いんやそったら話は聞かさらんべ」
「けどささ、狙ってる男は多いべ」
「アンタの孫も要注意したからさ」
「アイツはダメだべ、シモがだらしなさ過ぎんべ」
 じいさまたちは好き勝手言いながら悌の作る料理に舌鼓を打っていた。
「ただこことべっこにならさったんは寂しいべ」
「けどさ、もうじきオープンしささるからこれから毎日通わさればいいさ」
「『アウローラ』行かさってからここでメシかい、わちらも忙しななるべや」
「したっていごけるうちはいごかさった方がいいさ」
「んだ、健康が一番だべ」
「したからパンのおかわりけれ」
 毎日のように出歩いてパン屋の看板娘に色めき立つ彼らは、正に健康そのもので医者いらずであった。傘寿に近いじいさまもいるが病気自慢など一切せず、雪かき作業も毎日何のそのでこなしている。
「お待たせ致しましたぁ、ミニバターロールのおかわりでございまぁす」
「ありがとなぼん」
 じいさまたちはここの従業員たちを孫が如く気にかけており、特に十代である義藤のことを可愛がっていた。
「ここん子らはよう働かさるべ」
「んだな。皆親元離れらさって、地元に残るんとはまた別の苦労があるしたからさ」
 彼らのほとんどがこの街で生まれ育ち、商店街を守るため家業を継ぐなどの理由で道外を出ず地元に留まっている。時々行き過ぎてお節介の領域に入り込むことはあるものの、余所者だと排他的に扱わない彼らの存在は内地出身者で結成されている『オクトゴーヌ』のメンバーにとってありがたい存在であった。
「そういやぼん」
「何すか?」
「最近調理ん子を『リップ・オフ』で見ささったって聞かさったんだけどさ」
「ん? どこそれ?」
「幹線道路沿いのレストランですよね? 激不味と評判らしいのですが」
 と食後のコーヒーを運びに来た石牟礼が話に参加する。
「それなら礼っちから聞いたことあるっ!」
「んだ、ただ最近ちょべっと味上げてるらしいんだわ」
「そうなんですか?」
「わちらあっこには行かさってないけどささ、事情を知らん観光客さんが『評判ほど不味くない』ってさ」
「それで最近機嫌良いのかぁ」
 義藤は最近小言や八つ当たりの減った川瀬を思いながら言った。
「そうなんかい? んでさ、そん子そこで特定のおなごと頻繁に会わさってるらしいんだべ」
「へぇ、デートか何か?」
「それは別に普通のことでは? 公私混同は頂けませんが」
 若年層に入る二人は平然としているが、じいさまたちはそうもいかないという渋い表情を見せている。
「あん子『DAIGO』にも出入りしささってんべや。そんおなごも『DAIGO』ん子でさ、あっこは従業員間の恋愛は法度なんだべ」
「そういうことですか」
「けどそんなのしょうがなくないかぁ?」
「それがさ、どうもあずましくないんだべ」
 じいさまたちは義藤と石牟礼も巻き込み、大人数で内緒話を始めた。
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