コーヒーゼリー

谷内 朋

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婚活編

ー5ー

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 また別の日、就業時間から一時間ほどが経過した頃に初老の男性が小田原に用事で一課オフィスに訪ねに来る。畠中以外全員が立ち上がって男性に挨拶をすると、彼は自身に構わず仕事を続けるよう言って席に着かせた。
 「小田原君、例の物、持ってきてくれた?」
 「勿論ですよ」
 小田原はデスクの上に大きなクーラーボックスを置き、男性に中身の確認をしてもらう。
 「相変わらずさすがだね、今日は随分と多めだけど」
 「えぇ、たまには秘書課の皆にも差し入れようかと思いまして」
 「ならこれごと持っていくよ、後で返しに戻るから」
 彼は小田原が止めるのも聞かず、それを自身の方に引き寄せる。すると何故か波那と奈良橋を呼んで中身を嬉しそうに見せている。
 「何だ?あれ」
 畠中にはその光景があまりにも不自然に映り思わず声に出してしまう。社長だよ……!隣のデスクで仕事をしていた男性社員が慌てた風に答えた。
 「多分接待用でデザート作ってもらったんだ。あの人調理師の免許持ってて、腕前はプロ級だから」
 はぁ?そんなの聞いた事無いぞ。と変な顔をする。
 「買った方が早くないすか?」
 「何言ってんの?ウチ今でこそコーヒーが主力だけど食品メーカーなんだよ。資格の有無に限らず料理上手が多いし、何気に菓子部門に力入れてるんだ」
 彼からすると畠中の発言の方が不思議な様である。
 「カフェがあるくらいですからそうでしょうけど、そっちの部門に任せた方が良くないですか?」
 「勿論そういう時もあるよ。でもカフェだと二重の負担になるし、別の課からの新しい発想を引き出す狙いもあるんだ、それが新商品に繋がる事もあるし。今日みたいなパターンは有資格者限定なんだけどね」
 「って事は……」
 「うん、あの二人栄養士の資格持ってるよ」
 男性は普通に答えて仕事に戻る。言いたい事は山ほどあった畠中だが、ここは仕方なく仕事に戻った。

 『小泉波那様
  近日開催を予定しておりますお料理婚活、アナタも是非参加してみませんか?……』
 このところ婚活を休止していた波那の元に、相談所から婚活情報のメールが届く。久し振りに相談所へ足を運ぶと、今回声を掛けたのは、料理が得意な彼には最高のアピールの場になるのではないかという事だった。しかも条件に合いそうな女性が二人ほど参加予定で、三十三歳の外科医、三十六歳の大手出版社勤務の女性の存在を教えてくれた。
 それを聞いて参加を決めた波那は意気揚々と会場に入ると一人の美女が混じっていて、彼女が先日説明のあった三十三歳の外科医だった。運良く彼女と同じグループになった波那は、得意分野を生かして誰よりもテキパキと作業をこなしていく。
 「お料理お好きなんですね」
 早速お目当ての美女が彼の器用さに食い付いてきて、二人は一緒に作業をする。波那は普段通り慣れた手つきで作業を続けながらも美女の視線を気にしていた。
 「名前まだ言ってませんでしたよね?村岡沙耶果ムラオカサヤカと申します」
 「初めまして、小泉波那です」
 この人綺麗だな。波那は愛梨以来のときめきを覚え、出版社勤務の女性の事は既にどうでも良くなっていた。この後企画上のシャッフルがあったのだが、フリータイムでも二人は再び一緒になり、滑り出しは上々のようだ。
 「村岡さん、包丁の扱いがとてもお上手ですね」
 「仕事でメスを使い慣れているせいでしょうか、こういうの苦手じゃないんです」
 二人はそんな話をしながら和やかな時間を過ごし、会話が弾んで理想の結婚像に話が及ぶ。
 「私の仕事は時間が不規則なので、結婚となるとどうしても旦那さんにも家事をお願いしたいのが本音です」
 やっぱりそうだよね。波那は微かに手応えを感じていた。
 「僕は出来る方が出来る事をやれば良いと思います。男も家事に参加すべきです」
 「子供は欲しいと思っています、言葉は悪いですけど出産は女の特権ですから。ただ産休は短めにしたいんです、あまり現場を離れたくありませんから」
 え?凄くない?彼は沙耶果にちょっとした運命を感じていた。
 「僕も子供は欲しいです。ウチの会社社員全員が育児制度を利用できるんです。託児施設も社内にありますし、僕が育児を引き受ける事も可能なんです」
 「それ良いですね、でも男性で利用されてる方って少ないんじゃないんですか?」
 「でも最近は増えてきてるんです、僕は最大限利用したいですね」
 ホントに?沙耶果は意外そうに言ったが、笑顔だったので反応は悪くなさそうだ。波那はネックとなりそうな持病の事を正直に話した。
 「生活への支障はさほどありませんが月に一度通院しています。その時は仕事を早退しますし、普通の男性の様に出世とかは望めないんです」
 「私はそれぞれの事情に合う家庭を作ればいいと考えています。ご病気の事でしたらお役に立てる事もあると思いますよ」
 ひょっとしてひょっとする?波那は沙耶果に運命を感じて楽しい婚活時間を過ごす。イベントに最後には当然沙耶果の名前を書いて提出すると、念願叶って彼女も波那の名前を書いてくれて見事カップル成立の運びとなる。

 先ずは友人としてお付き合いをスタートさせた二人、沙耶果は非常に賢い女性で話も面白い。一方彼女もこれまでに出会ってきた男性には無かったソフトで優しい波那に好意を持っていた。しかしお互いにそれ以上の感情が持てず、一度友人を交えてのグループデートをしてみる事にした。
 波那は沼口を誘い、沙耶果は薬剤師の女性を連れてくる。ここでも思わぬ化学反応が起こり、今度は沼口と沙耶果という新たな美男美女のカップルが誕生したのだった。
 結果波那の婚活はまたしても失敗に終わってしまったのだが、よく考えてみると自身の執り成しで二組のカップルが成立している。
 「これって案外幸せな事だよね」
 波那の気持ちはすっきりと切り替わっており、これまでの様に落ち込んでいなかった。

 ある休日、長姉千景の二歳の末っ子の子守りを任された波那は、近所の公園でいつもの様にママ友たちと楽しいひとときを過ごしていた。
 するとそこに美男子二人組がフラリと現れて、一人は水商売風の中性的な美青年、もう一人は畠中だった。美青年は彼になついており、二人はどう見てもゲイカップルにしか見えなかった。あの人ゲイなんだ。波那はそう思って二人組を見たが、親しい付き合いをしていないのでそっとしておく事にする。
 しかしこんな時に限って、ママ友の子供がボールは拾いに行った際に二人の前で転んでしまう。意外にも畠中は普段間違いなく見せない優しい表情でその子を抱き起こし、水道で手足を洗ってやっていた。一緒にいた美青年も子供の扱いに慣れている様で、手際良く手当てを施していた。
 この人たち子供好きなんだ……。波那は二人組の心優しい行動に思わず見とれてしまうが、ハッと我に返って慌てて駆け寄り、すみません。と声を掛けた。二人はその声に気付き、畠中は彼を見て少々嫌そうな顔をする。
 「あんたの子か?」
 「いえ、一緒に居る方のお子さんです……」
 波那もやりにくそうにしていると、今度は美青年の方が話し掛けてきた。
 「ちなみにどの人?」
 あのグループです。波那はママ友たちの居るベンチを指差した。
 「話に夢中だね、君が来てくれなかったら名前聞いて探すところだったよ」
 「ごめんなさい、目を離してしまって。それより……」
 波那は彼の手当てが素晴らしかったので、どこで習ったのかを訊ねたかったのだが、皆の輪から離れてしまっている叔父を追い掛けてきた甥っ子が、波那ーっ!と駆け寄ってくる。
 「この子は?」
 「姉の子です……」
 「波那ぁ、みんなまってるよぉ」
 彼は波那の隣に立って大人たちを見上げていた。
 「ご迷惑おかけしました。それと手当て、ありがとうございます」
 「そんなの良いよ、公園は遊ぶ所なんだから」
 美青年可愛らしい笑顔を見せ、この様子だとあまり気にしていない風だった。畠中も子供の事は気にしていないみたいなのだが、大人の不注意は気になるらしい。
 「目ぇ離すな、って親に言っとけ」
 彼はそれだけ言うと一人さっさと公園を出て行ってしまう。
 「え?今来たとこじゃん。……お大事にね」
 美青年は転んだ子の頭を優しく撫でてから、畠中を追い掛けて公園を後にしたのだった。
 すっかり嫌われたものだ……。波那はなぜだか悲しい気持ちになって二人の背中を見送ってから、子供たちを連れてママ友たちの居るベンチに戻って行った。
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