コーヒーゼリー

谷内 朋

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迷走編

ー18ー

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 この後畠中は千郷を自宅に送り届け、見舞いがてら二人は共に過ごしている。
 「今日は休め、夜までなら居られるから」
 畠中は彼が流し台に残している食器を洗い始める。千郷は言われた通りベッドで休んでいたのだが、家の事をさせるのが申し訳なさそうな表情をしている。
 「明日出張でしょ?帰って休んだ方が……」
 「日帰り出来る場所だから大した事無いよ」
 恋人である千郷を可愛く思うのだが、どうしても波那以上に愛する事が出来ずにいた。最近は夜の関係を持っておらず、双方ともに体を求めない状態であった。
 「星哉君」
 「ん?」
 「さっき病院で会った人なんだけど。確か小泉さんって……、知り合い?」
 「あぁ。同じ会社なんだ、彼」
 そう……。千郷は台所で洗い物を続けている恋人の背中を見る。
 「親しかったりするの?」
 「いや。一時期同じ部署だったけど、今は別の部署だからほとんど会わないよ」
 「そうなんだ、意外」
 意外?畠中は水道の蛇口を止めて振り返る。
 「うん、凄く意外。だって親しそうに見えたから……」
 どこがだよ?彼は否定を強調するかの様に笑ってみせる。
 「僕を待ってた時、並んで座ってたでしょ?それが妙にお似合いで軽く嫉妬しちゃった」
 「何言ってんだ、変な冗談よしてくれよ」
 畠中は再び背を向けて洗い物を再開する。
 「冗談、で言えたら良かったんだけどね」
 千郷は畠中に聞こえない声でそう言うとベッドの中に潜り込んだ。その後薬が効いてぐっすりと眠ってしまい、畠中が帰った事に気付かないまま朝まで目を覚まさなかった。

 出張で隣県に出向いている畠中は、出張先の最寄り駅近くにあるビジネスホテルで夜を明かす。日帰り出来る場所ではあったのだが、仕事そのものは二日間なので事前に宿泊の手配をしていたのだった。
 しかし一人での出張のはずが部屋はツインルーム、使用していない方のベッドには一人分にしては多い荷物が陣取っている。テーブルには空になった二人分のコンビニ弁当がビニール袋に収められており、ペットボトルも飲み残しのお茶が二本と水が一本、並べて置かれていた。
 畠中はカーテンの隙間から漏れる光に誘われて体を起こし、傍らにあるケータイで時間を確認する。
 六時十二分……。この日の仕事は十時からなのでまだ寝ていられるのだが、何を探しているのか辺りをキョロキョロと落ち着かない様子を見せている。すると洗面所のドアが静かに開き、姿を見せたのは今や恋人よりも長い時間を過ごしている波那だった。
 「おはよう。ごめんね、起こしちゃった?」
 彼は既に身支度を済ませており、上半身裸の浮気相手に声を掛ける。畠中は脱ぎ捨ててあった寝間着を羽織り、立ち上がって嬉しそうに波那の体を抱き締める。
 「ちょっと待って、勘付かれちゃう」
 「誰にだよ?んなの分かんねぇだろ」
 嫌がっている訳でもないのに離れようとするので畠中は思わず笑ってしまう。しかし波那の方は案外真剣な表情をして、これがそうでもないんだよ。とくるくるした瞳を向けてくる。
 「庶務課って女性が多いから、何気に服装とか香りとかチェックしてるみたいなんだ。『もしかして朝帰り?』なんて言われたりする事だってあるんだよ」
 「そんなの開き直れば良いじゃねぇか。『はい、そうです』って」
 畠中は長い腕で小さな体をくるんで柔らかい髪を触る。う??ん……。波那は渋い表情をしながらも気持ちにまで嘘は付けず、彼の体に身を預けた。
 「朝飯食いに行こう。駅ビルに早朝営業してる大衆食堂を見付けたんだ」
 支度してくる。畠中は名残惜しそうに波那の体から離れ、着替えを持って洗面所へ入る。波那は支度の待ち時間を利用して、簡単に散らかった箇所の片付けを始めた。

 二人は駅ビルの大衆食堂で朝食を済ませると、波那はここから職場への出勤となるので改札でしばしのお別れとなる。
 「これが片付いたら一旦会社に戻るんだ」
 「そう。じゃ、運が良ければ会社で」
 あぁ。波那はその言葉を合図に畠中から離れようとしたのだが、名残惜しさが残って背を向けるのを躊躇っていると、その隙を突くかの様に畠中は顔を近付けて唇を重ねた。このキスを嬉しく思う波那だったが、決して歓迎された恋ではない事で周囲の目を気にして唇を離してしまう。
 「……もう少し人の目とか、気にしてよ」
 その言葉に畠中は寂しさと不満の入り混じった表情を見せる。
 「そんなの気にして何か良い事でもあるのかよ?」
 本心から出た言葉ではなかったため、波那は何も言えず下を向く。
 「確かに俺たちのしてる事は正しいと言えないけど、今のこの時間を大切にしたいんだ」
 うん……。彼は顔を上げて畠中を見る。艶やかで美しく輝く瞳に魅せられ、繋がれている手を握り直す。どちらからともなく顔を寄せて再び唇を重ね合わせた二人は、通勤ラッシュにも関わらず自分たちの世界に浸っていた。

 数日振りにまっすぐ帰宅した波那。この日は長姉千景が一人でダイニングテーブルでくつろいでいた。
 「ただいま、ちい姉ちゃんがこの時間にここに居るの珍しいよね?」
 「今日は主婦休業日なの。今はお義父さんと旦那が子供たちの面倒を看てて、お義母さんはお友達と演劇観に行ってる」
 予定が無くてここに来た、といつになくゆったりとしている。波那はお弁当箱を取り出してキッチンに立ち、洗い物を始める。
 「何か雰囲気変わったね」
 勘の良い長姉の言葉に一瞬ドキリとする。
 「えっ、そうかな?」
 「そうねぇ……、恋でもしてる?」
 波那のどう答えようか悩んだが、嘘を付いても見透かされそうなので、うん。と正直に頷いた。
 「やっぱりね、麗未から聞いてたの、『最近朝帰りする様になった』って」
 「あ……。普段は報告してるから心配掛けちゃってたんだ」
 波那はばつ悪そうな表情を見せた。
 「どう言おうか悩んでるんでしょ?今回は男性とお付き合いしてるから」
 「えっ!?どうしてそうなるの?」
 千景に図星を言い当てられ、とっさとはいえ一瞬でも隠そうとした自身が少しばかり恥ずかしくなる。
 「だって今のあんたいちにそっくりなんだもの」
 「どういう事?」
 「あの子ゲイなのよ、実はけい君と付き合ってるの」
 けい君と?波那も知っている長兄の友人の名前が出てきて目を丸くする。
 「えぇ、七年ほど前にお父さんとお母さんにはそう紹介してるのよ」
 「そうだったんだ……」
 波那は一徹に浮いた話が聞かれなかった理由を初めて知った。けい君こと神尾桂カミオケイは兄の会社の社員寮の近所にある薬局の次男坊で、彼自身も薬剤師として働いている。正月に体調を崩した時も看病をしてくれて、波那を弟の様に可愛がっている。
 「その時ね、お父さんが二人に向かって『仲良くやりなさい』って。戦時中生まれで基本考え方古いのに、あの時は嬉しそうだったのよ」
 「それでお母さんこれまで何も言わなかったんだね」
 波那は様々な価値観を受け入れる度量の広い両親を尊敬していた。がそこで話が終わるはずもなく、再び姉の尋問が始まった。
 「で、本当のところどうなのよ?」
 千景にすっかり見透かされている波那は、堪忍した様に頷いた。
 「やっぱりね。麗未には話してあげなさい」
 「うん、分かった」
 波那はその言葉に頷いてから洗い物を再開した。

 「あのね、麗未ちゃん……」
 それから数日経ってから、波那は麗未に男性と交際している事を話した。
 「何だぁ、それで言いにくかったの?」
 彼女はあっさりと事実を受け入れ、むしろ正直に打ち明けた事の方が嬉しかった様だ。
 「ゴメンね、隠すみたいになって。初めての事だからどう話そうか悩んじゃって」
 「仕方無いよ。私だって女の子と付き合う事になったら、やっぱり戸惑うと思うもん」
 麗未は弟が同性を好きになった事を気にするでもなく、良かったじゃない。と祝福してくれる。
 「落ち着いたら紹介してね」
 その言葉に波那は、どちらを紹介する事になるのだろう?と思いながらも、うん。と頷いて笑顔を見せた。
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