巫女様と私

藤ノ千里

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1章 導入

5話 広木先輩

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 ハァと大きなため息を着いて、封印のための袋を探った。
 気が重くて動きが緩慢で。
 だから、探り当てるより先に、最悪な展開を迎えてしまう事になる。
「梨菜」
 背中にかけられた声は、今最も聞きたくない人のものだった。
 しかも、女性用の宿だと分かっているくせに、声もかけずに入ってきたのだこの男は。
 有り得ない。本気で有り得ない。
「ここ男性厳禁なんですけど」
 立ち上がりつつ振り返る。顔も見たくはなかったけど、背中を向けていると何をされたものか分かったものじゃないから。
 彼は、広木先輩は不満そうな顔でこちらを見ていて、その視線から不自然にならないように握りしめた手を後ろ手に回した。
「んなピリピリすんなよ。せっかくの旅行だろ」
「私にとってはフィールドワークです。それに一緒に来るのは美子だけって聞いてたんですけど」
 広木先輩が来るなんて、私にとってはマイナスでしかないのに。
 同じ飛行機にこっそり乗ってまで着いて来るなんて、もはやストーカーの所業だ。
 なのに、美子も隼君も「私が素直になれないだけだ」なんていうこの人の言葉を信じて、最悪なサプライズをされて、それで機嫌が悪くならない方がおかしいのに。
「良いだろ彼氏なんだから」
「元ですけどね」
 付き合うまでは頼りになる優しい先輩だった広木先輩。
 付き合った途端にモラハラが始まって、あんなに私の悪口言ってたくせに、だから別れたのに、復縁を迫るなんて本当に意味が分からない。
 気持ち悪くて、虫唾が走る。
「だからやり直そうって言ってんじゃん」
 じりじりと、近づいてくるのに怒りと恐怖を感じて、悟られないように精一杯の虚勢を張った。
「絶対嫌だって言ってますよね」
「お前、そういうとこ可愛くねぇんだよな」
「可愛くなくて結構なので出てってください」
 自分の好みに合わせろなんて煩く言われて、しかも元カノはどうのこうのとまで言って文句言ってきたのに。
 別れる時だって「分かった」って言ってたくせに。
 別れた後、突然強引になった。
 強引になって、無理矢理そういう事を、してくるようになった。
「んな生意気言うなら、お仕置きしねぇとな」
 広木先輩の目が怖かった。
 大きく2歩踏み出されたらもう捕まってしまう距離で、でも体が震えて声が出なくて。
 逃げないから、大声を出さないから合意だと、どうせそんな風に言われるからと今まで誰にも相談できなかった。
 そうやって、彼に好き勝手にされた。
 もう4回。これで、きっと5回になる。
 広木先輩の足が大きく1歩前に出て、壁みたいに大きな体がグッと近付いて来て。
 諦めから顔を伏せた。
 こんな僻地まで来ても呪いのように付き纏って来る彼を、もう振り払うことは出来ないのかと、絶望さえ感じた。
 せめて避妊だけはしてもらおうと、思って、そして・・・。
「Tani Luan-a shi-de.」
 若い男の子の声が、聞こえた。
「Sia Nia-de. Wa-a sore-o Yuma Sie-a shi-ta.」
 言いながら現れた男の子は、手にタオルとビニール袋を持っていて、私と広木先輩を見てニコッと笑った。
「Ko Wali-a Ni-ri Nia-ri Tani Moto-dera.」
 他の男の子とは違い、長髪を後ろで括ってお団子にしているから、女の子のようにも見えなくない。
 肌もちょっと白い。
 手際よくタオルを補充してゴミ箱の袋を付け替えているから、そういう係の子なのかもしれないな。
「Azuu Kiran-a shi-de.」
 広木先輩を押しのけるようにして、彼と私の間を通り、私たちの荷物脇にあったゴミ箱の袋も付け替えてくれて。
 たいしてゴミも入っていないのに、マメな接客なんだなと思いつつ、広木先輩を伺う。
 バツの悪そうな顔で、でも居座り続ける彼はこの男の子が出て行ったら続行する気だ。
 それは、嫌だ。
 男の子が、私の後ろをスッと通過して、その時に少し甘い香りが鼻をついて。
 同時に、握りしめていたものを、持って行かれた。
 驚いて男の子を見たけど、彼はこちらをチラリとも見なくて、代わりに広木先輩に話しかけるところだった。
「Nia Raama Yuma, Ni-ri Tani Lun-a Koko Nai-de ra-ka?」
 手振りから、男性用の宿に戻るように言われているのが分かる。 
 でも、広木先輩は優しく案内されたところで従うような人ではなかった。
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