君の国と僕の国

藤ノ千里

文字の大きさ
30 / 38
第4章 君が私にくれたもの

28話 君が作った懐刀

しおりを挟む
「貴女に提案があり伺いました」
「どのような?」
「他に人もいないので率直に申し上げますが、なるべく早く子どもを作っておきたいのです」
 今まで見て来た貴公子としての顔ではない、恐らくシモン様の素の表情。
 真顔に近い、ほとんど色のない表情。
 そして冷たくも見える金の瞳。
「情夫の元へ通うのは男児が1人以上生まれてからにしていただきたい。構いませんよね?」
 王族として、夜の教育はもちろん受けてはいた。
 この男が何を言っているのかは、理解はできた。
 だが意味が分からなかった。
「何、を……?」
「兄の子が女児のみなのでできれば男児を作っておきたいのです。王婿となる私が愛人を囲うのは流石に非難される可能性が高いですし、であればあなたに産んでいただくしかないですが、船に乗る以上子どもが流れてしまう可能性も高いでしょう?であればなるべく早く子作りをしておいた方が得策かと考えたのですが、いかがでしょうか?」
 淡々と仰るシモン様は、感情ではなく損得勘定のみで話をされてらっしゃるのだろう。
 それを私にも求めてらっしゃる。
 私も同類だと、思ってらっしゃる。
 国の損得で物事を考えるのは、良い事だと思う。
 思う、けど……。
「理解は、しましたが……。今この場で、という事でしょうか?」
「えぇ。早い方が良いでしょうし」
「婚約もまだですのに?」
「産まれるまでに成婚していれば問題ありませんでしょう?」
「ですが……」
 「本当に良いのか」と、お父様の言葉のはずだったものが、頭の中に居座っていて。
 肯定的なはずの状況で、肯定すべき状況で、肯定の言葉が浮かばない。
 頷けば良いだけなのに、それすらも出来なくて。
「もしや、ご経験がないのですか?」
「え?」
「お嫌でしたら寝ている間に済ませる事もできますが?」
「は?」
「服もそのままでも構いませんよ?」
 デリカシーの欠片もない物言い。淑女扱いどころか、女扱いされてないような、失礼にも程があるあの態度。
 侮るにも程がある。私を誰だと思っているんだ……。
「失礼、ですが……!」
 「お気遣い無用です」と挑発に乗る所だった私を止めたのは、知らず強く握っていた懐刀の感触。
 シュンの、懐刀の感触。
 硬いのに柔らかく感じる、優しい感触だった。
「……出直して頂けますか?」
 勇気が湧くなんて言ったら大袈裟だけど、でもあいつの存在は確かに私を強くしてくれる。
「早すぎる風は嵐を呼ぶと、我が国では言うのです」
 私の唯一の友人。
 唯一の、心を許せる友人だから。
「明日改めてお話をさせて下さいませ。両国の国益の為となるお話を」
 拒絶の意志を示すと、シモン様はすぐに部屋を出て行かれた。
 けれど私は、その夜懐刀を握りしめながら眠りについた。

 
 翌朝、不思議と心は軽かった。
 朝食の後、シモン様に案内いただいた灯台にて、港と荒れ狂う「死の海」を見通しながら、心の海は凪いでいた。
 懐刀を、今日は握っていたからだろうか。
「ノイマン公国にもやはり灯台は必要となるかと」
「そうなりましょうな。建設の際はご協力をお願いしてもよろしいか?」
「快くご助力させていただきます」
 国王陛下とシモン様が語らう隣で、まるで他人事のように聞いていた。
 口実とはいえ私の婚姻が前提の話であるのに、なんの感慨も湧かなかった。
 だってあいつが、私に恋してるなんて知ってしまったから。
 あの仕合いだって、あいつの下心だって知ってしまったから。
 情夫だなんてそんな失礼な扱いはしない。そんな関係にはなりたくない。
 けれど、私が守る世界で、ずっと私に片思いし続けるあいつをからかい続けるくらいはできるだろう。
 元友人として、交流くらいはできるはずだ。
「レーカ姫」
「はい」
 若干馴れ馴れしくも感じるシモン様の態度も気にならない。
 ご器用にも、寝てる間に済ませてくれるらしいしな。
「婚儀は半年以内に行う予定ですが構いませんか?」
 ニコリとした嘘臭い笑み。日の光の元では、金の髪も輝かしいばかりだ。
 シモン様から目を逸らして、「死の海」を見ると、つい先程まで曇っていた海には日が差し込んでいて。
 死をもたらす愛する海が、シモン様よりも光り輝いていて。
 覚悟を決めて息を吐く。そして肯定のために口を開いて。
「それで……っ!」
 海の向こうに、小さく船影が見えた。
 見慣れない船影。その上、それは見る間に姿を大きくしていく。
「どうしましたか?」
 あんな速度は、ノイマンの船でも出るはずがなくて。
 そんなありえない速度を、荒れた海で出しているというのに、その船は危なげなく多少の揺れで海の上を走っていて。
「シモン様!船が!」
「旗は?どこの国のものだ!」
 気づいたロッツランド王国の者たちが、私の後ろで騒ぎ出す。
 ぐんぐん近づいてくる船にはためくのは、2つの国旗だった。
 ひとつは我がノイマン公国のものだった。
 そしてもうひとつは、同じくらい見慣れた、我が友の国のもので。
 距離が離れていて、国旗も微かにしか見えなかった。
 だと言うのに、どうしてだか私の目には、あの甲板の上で風にはためく白銀の髪が見えたような、そんな気がしたんだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

花言葉は「私のものになって」

岬 空弥
恋愛
(婚約者様との会話など必要ありません。) そうして今日もまた、見目麗しい婚約者様を前に、まるで人形のように微笑み、私は自分の世界に入ってゆくのでした。 その理由は、彼が私を利用して、私の姉を狙っているからなのです。 美しい姉を持つ思い込みの激しいユニーナと、少し考えの足りない美男子アレイドの拗れた恋愛。 青春ならではのちょっぴり恥ずかしい二人の言動を「気持ち悪い!」と吐き捨てる姉の婚約者にもご注目ください。

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

俺の可愛い幼馴染

SHIN
恋愛
俺に微笑みかける少女の後ろで、泣きそうな顔でこちらを見ているのは、可愛い可愛い幼馴染。 ある日二人だけの秘密の場所で彼女に告げられたのは……。 連載の気分転換に執筆しているので鈍いです。おおらかな気分で読んでくれると嬉しいです。 感想もご自由にどうぞ。 ただし、作者は木綿豆腐メンタルです。

【完結】言いつけ通り、夫となる人を自力で見つけました!

まりぃべる
恋愛
エーファ=バルヒェットは、父から十七歳になったからお見合い話を持ってこようかと提案された。 人に決められた人とより、自分が見定めた人と結婚したい! そう思ったエーファは考え抜いた結果、引き籠もっていた侯爵領から人の行き交いが多い王都へと出向く事とした。 そして、思わぬ形で友人が出来、様々な人と出会い結婚相手も無事に見つかって新しい生活をしていくエーファのお話。 ☆まりぃべるの世界観です。現実世界とは似ているもの、違うものもあります。 ☆現実世界で似たもしくは同じ人名、地名があるかもしれませんが、全く関係ありません。 ☆現実世界とは似ているようで違う世界です。常識も現実世界と似ているようで違います。それをご理解いただいた上で、楽しんでいただけると幸いです。 ☆この世界でも季節はありますが、現実世界と似ているところと少し違うところもあります。まりぃべるの世界だと思って楽しんでいただけると幸いです。 ☆書き上げています。 その途中間違えて投稿してしまいました…すぐ取り下げたのですがお気に入り入れてくれた方、ありがとうございます。ずいぶんとお待たせいたしました。

魔性の女に幼馴染を奪われたのですが、やはり真実の愛には敵わないようですね。

Hibah
恋愛
伯爵の息子オスカーは容姿端麗、若き騎士としての名声が高かった。幼馴染であるエリザベスはそんなオスカーを恋い慕っていたが、イザベラという女性が急に現れ、オスカーの心を奪ってしまう。イザベラは魔性の女で、男を誘惑し、女を妬ませることが唯一の楽しみだった。オスカーを奪ったイザベラの真の目的は、社交界で人気のあるエリザベスの心に深い絶望を与えることにあった。

仮面王の花嫁

松雪
恋愛
婚約者を腹違いの妹に奪われ、新しい相手も見つからず修道院に行く覚悟を決めたルチア。修道女となるため髪を切った日の夜、王城から「国王がルチアを妻に望んでいる」という書簡を持った使者がやって来た。 しかし、従兄弟であり恋仲だったニールが国王のせいで死に至った過去を持つルチアは、国王からの求婚を喜べずーー。

貴方の事なんて大嫌い!

柊 月
恋愛
ティリアーナには想い人がいる。 しかし彼が彼女に向けた言葉は残酷だった。 これは不器用で素直じゃない2人の物語。

これって政略結婚じゃないんですか? ー彼が指輪をしている理由ー

小田恒子
恋愛
この度、幼馴染とお見合いを経て政略結婚する事になりました。 でも、その彼の左手薬指には、指輪が輝いてます。 もしかして、これは本当に形だけの結婚でしょうか……? 表紙はぱくたそ様のフリー素材、フォントは簡単表紙メーカー様のものを使用しております。 全年齢作品です。 ベリーズカフェ公開日 2022/09/21 アルファポリス公開日 2025/06/19 作品の無断転載はご遠慮ください。

処理中です...