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36 ただいま
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「一週間後、返事をするわ。気持ちの整理する時間が欲しいの」
自分の中できちんと期限を決めておかないと、ズルズルと考え込んで答えが出せないかもしれないと思っていた。
「わかった」
「待たせてごめんね」
「一週間なら早いくらいだ。でも、俺の耳は良い返事しか聞こえないから、そのつもりで頼む」
「何よ、それ」
私は思わずくすくすと笑ってしまった。その時にちょうど馬車が家に着いた。
「はぁ……もう着いたのか。リリーと離れるのが辛いな」
「何言ってるの。貴方の家すぐそこじゃない」
「リリーはわかってないな。これは俺の気持ちの問題なんだよ」
彼はそう言って拗ねている。あ、そう言えば……万年筆を渡さないといけなかった。
「あの、アイザックに渡したいものがあって」
「俺に?」
「文房具屋さんでたまたま見つけて素敵だったから。いらなかったら使わなくていいし……」
「使うよ! リリーがくれた物なら何でも嬉しい」
私はそう言われたので、そっと彼の手にラッピングされた箱を渡した。
「ありがとう、開けていい?」
「だめ」
「え……何で?」
「家で開けて。恥ずかしいから」
「恥ずかしい文房具って想像できないんだけど……」
私はあの時、血迷って紫の石を入れたことをすでに後悔していた。青にしておけば、今すぐ開けてもらえたのに。
「もう! いいから家で開けて」
「わかった。楽しみは後に取っておくよ。ありがとう」
彼のエスコートを受けて、馬車を降りる。
「おかえりなさい」
「おかえり」
「ただいま帰りました」
「デューク様、エヴァ様、本日は長らく大事なリリー嬢をお借りしました。楽しい時間をいただけて光栄でした」
アイザックは丁寧に両親にお礼を言ってくれている。そして私たちの後ろから離れながらついて来てくれていたアリスが、彼からのプレゼントをせっせと運んでくれていた。
「ふふふ、すごい量ね」
「アイザックが……その……今までの誕生日プレゼントだと買ってくれたんです」
「そう、良かったわね。アイザック君、娘のためにありがとう」
「いえ、俺が贈りたかっただけですから」
ニコニコしているお母様とは対照的に、お父様は無愛想にアイザックに話しかけた。
「アイザック……リリーを買収するのやめろ」
「ははは、デューク様。人聞きが悪いですね」
「リリー? 欲しい物があればなんでも私に言うんだよ。こいつに買えて私に買えないものなんて何一つないからね」
お父様はにこにこと笑いながら……怒っている気がする。私は曖昧に微笑んでお茶を濁した。
「姉様ーっ! お帰り、遅かったね」
急にアーサーがドンっと私の胸に飛び込んでくる。私は衝撃をうけながらも何とか受け止めてよしよし、と頭を撫でた。
「ただいま。出迎えてくれてありがとう」
「ずっと待ってた! 疲れたでしょ? あっちに姉様の好きなお菓子を用意してるよ。僕が美味しいお茶を淹れてあげるね」
ぐいぐいと私の手を引いていくので、私は申し訳なさそうにアイザックをチラリと見た。彼は少し困った顔をしながらも、頷いてくれる。
「ええ、じゃあそうしましょう。アイザック、本日に今日はありがとう」
「ああ、また学校でな」
「ええ」
♢♢♢
はぁ……なんか本当に疲れた。あの後、べったりと甘えるアーサーとお茶をしてやっと部屋に戻って来たのだ。
「お嬢様、お疲れでしょう? 楽なお洋服に着替えてゆっくりなさってください」
「ありがとう。連れ回してごめんね、貴方も疲れたでしょう? 休んでね」
「いいえ、とんでもございません」
少し離れた場所にいたとはいえ、侍女として付いて来てくれたアリスには今日の出来事はほぼ筒抜けだ。それを考えただけで顔が火を吹くくらいとても恥ずかしいが、アリスは知らない顔をしてくれている。
「アリス、私どうしたらいいのかしら」
「お嬢様のお心のままに」
「心のまま……ゔーん……」
私は頭を抱えて悩む。その様子をアリスは穏やかに微笑みながら見ている。
「アイザック様はとてもお嬢様のことを想ってくださっていますね」
「そうみたい」
「私には、今日のお嬢様はとても楽しそうにみえましたよ」
「うん。正直、かなり楽しかったわ」
「大事なことですから、ゆっくり考えられたらいいと思いますよ」
「そうする。あのアリス今日のこと、その……お父様に秘密にしといてね」
アリスとは一緒の馬車には乗っていないので、キスのことは知られていないはず。彼女は荷物が多くて狭いからと理由をつけて、我が家の馬車を呼んでそっちに乗り込んだのだ。
彼女は私の結婚相手はアイザックが良いと思っている節があり、気を利かせたのだと今なら理解できる。が、その時の私は「そうなのね。わかった」と何も考えていなかった。
そして馬車の窓を開けておくという条件で、私達だけでハワード家の馬車に乗っていた。
お父様にキスのことがバレたら……アイザックの命はない気がする。
でもキス以外にも、アリスの前で甘い言葉でプロポーズされたり、サムに会ってさよならして街中で抱きしめられたり……冷静に考えるとかなり恥ずかしいことをしていた。
「ふふ、もちろんです。私はお嬢様の味方ですから。でも求婚されたこともお伝えされないのですか」
「それは伝えるわ。実はお見合いをね……お断りしようと思ってるの。お父様がとても考えてくださったのに……とても申し訳ないけれど」
「旦那様は気になさいませんよ。お嬢様のことが一番ですから」
「そうね」
その後アリスが部屋を出ていき、一人になる。アイザックがくれた指輪を手に取って眺める。
「……綺麗」
十歳の時に買った指輪とは思えない程光り輝いている。しかもこれは子どもが思いつきで選ぶような店の物ではない。本気であの時に求婚しようとしてくれていたのだと感じる。
光にかざしてみると、内側に石が付いているのが見えた。これは、サファイア。青はアイザックの瞳の色だ。私は自分が万年筆に入れた石のことを思い出してまた恥ずかしくなった。当時のアイザックも今の私と同じ気持ちだったってことよね。
――ん? 何か文字も刻印してある。何て書いてあるんだろうか?
『あなたは僕の全て』
その文字を見た瞬間、ぶわっと頬が熱くなる。こ、こんな文字をアイザックはあの当時に入れていたの? 恥ずかしいが、素直に嬉しい。
「アイザックにこんなに愛されてるなんて……早く気がつけば良かったわ」
私は指輪のネックレスをつけてみた。きっと、明日つけたままでも制服からは見えないから。そして、私は疲れてそのまま眠りについた。
自分の中できちんと期限を決めておかないと、ズルズルと考え込んで答えが出せないかもしれないと思っていた。
「わかった」
「待たせてごめんね」
「一週間なら早いくらいだ。でも、俺の耳は良い返事しか聞こえないから、そのつもりで頼む」
「何よ、それ」
私は思わずくすくすと笑ってしまった。その時にちょうど馬車が家に着いた。
「はぁ……もう着いたのか。リリーと離れるのが辛いな」
「何言ってるの。貴方の家すぐそこじゃない」
「リリーはわかってないな。これは俺の気持ちの問題なんだよ」
彼はそう言って拗ねている。あ、そう言えば……万年筆を渡さないといけなかった。
「あの、アイザックに渡したいものがあって」
「俺に?」
「文房具屋さんでたまたま見つけて素敵だったから。いらなかったら使わなくていいし……」
「使うよ! リリーがくれた物なら何でも嬉しい」
私はそう言われたので、そっと彼の手にラッピングされた箱を渡した。
「ありがとう、開けていい?」
「だめ」
「え……何で?」
「家で開けて。恥ずかしいから」
「恥ずかしい文房具って想像できないんだけど……」
私はあの時、血迷って紫の石を入れたことをすでに後悔していた。青にしておけば、今すぐ開けてもらえたのに。
「もう! いいから家で開けて」
「わかった。楽しみは後に取っておくよ。ありがとう」
彼のエスコートを受けて、馬車を降りる。
「おかえりなさい」
「おかえり」
「ただいま帰りました」
「デューク様、エヴァ様、本日は長らく大事なリリー嬢をお借りしました。楽しい時間をいただけて光栄でした」
アイザックは丁寧に両親にお礼を言ってくれている。そして私たちの後ろから離れながらついて来てくれていたアリスが、彼からのプレゼントをせっせと運んでくれていた。
「ふふふ、すごい量ね」
「アイザックが……その……今までの誕生日プレゼントだと買ってくれたんです」
「そう、良かったわね。アイザック君、娘のためにありがとう」
「いえ、俺が贈りたかっただけですから」
ニコニコしているお母様とは対照的に、お父様は無愛想にアイザックに話しかけた。
「アイザック……リリーを買収するのやめろ」
「ははは、デューク様。人聞きが悪いですね」
「リリー? 欲しい物があればなんでも私に言うんだよ。こいつに買えて私に買えないものなんて何一つないからね」
お父様はにこにこと笑いながら……怒っている気がする。私は曖昧に微笑んでお茶を濁した。
「姉様ーっ! お帰り、遅かったね」
急にアーサーがドンっと私の胸に飛び込んでくる。私は衝撃をうけながらも何とか受け止めてよしよし、と頭を撫でた。
「ただいま。出迎えてくれてありがとう」
「ずっと待ってた! 疲れたでしょ? あっちに姉様の好きなお菓子を用意してるよ。僕が美味しいお茶を淹れてあげるね」
ぐいぐいと私の手を引いていくので、私は申し訳なさそうにアイザックをチラリと見た。彼は少し困った顔をしながらも、頷いてくれる。
「ええ、じゃあそうしましょう。アイザック、本日に今日はありがとう」
「ああ、また学校でな」
「ええ」
♢♢♢
はぁ……なんか本当に疲れた。あの後、べったりと甘えるアーサーとお茶をしてやっと部屋に戻って来たのだ。
「お嬢様、お疲れでしょう? 楽なお洋服に着替えてゆっくりなさってください」
「ありがとう。連れ回してごめんね、貴方も疲れたでしょう? 休んでね」
「いいえ、とんでもございません」
少し離れた場所にいたとはいえ、侍女として付いて来てくれたアリスには今日の出来事はほぼ筒抜けだ。それを考えただけで顔が火を吹くくらいとても恥ずかしいが、アリスは知らない顔をしてくれている。
「アリス、私どうしたらいいのかしら」
「お嬢様のお心のままに」
「心のまま……ゔーん……」
私は頭を抱えて悩む。その様子をアリスは穏やかに微笑みながら見ている。
「アイザック様はとてもお嬢様のことを想ってくださっていますね」
「そうみたい」
「私には、今日のお嬢様はとても楽しそうにみえましたよ」
「うん。正直、かなり楽しかったわ」
「大事なことですから、ゆっくり考えられたらいいと思いますよ」
「そうする。あのアリス今日のこと、その……お父様に秘密にしといてね」
アリスとは一緒の馬車には乗っていないので、キスのことは知られていないはず。彼女は荷物が多くて狭いからと理由をつけて、我が家の馬車を呼んでそっちに乗り込んだのだ。
彼女は私の結婚相手はアイザックが良いと思っている節があり、気を利かせたのだと今なら理解できる。が、その時の私は「そうなのね。わかった」と何も考えていなかった。
そして馬車の窓を開けておくという条件で、私達だけでハワード家の馬車に乗っていた。
お父様にキスのことがバレたら……アイザックの命はない気がする。
でもキス以外にも、アリスの前で甘い言葉でプロポーズされたり、サムに会ってさよならして街中で抱きしめられたり……冷静に考えるとかなり恥ずかしいことをしていた。
「ふふ、もちろんです。私はお嬢様の味方ですから。でも求婚されたこともお伝えされないのですか」
「それは伝えるわ。実はお見合いをね……お断りしようと思ってるの。お父様がとても考えてくださったのに……とても申し訳ないけれど」
「旦那様は気になさいませんよ。お嬢様のことが一番ですから」
「そうね」
その後アリスが部屋を出ていき、一人になる。アイザックがくれた指輪を手に取って眺める。
「……綺麗」
十歳の時に買った指輪とは思えない程光り輝いている。しかもこれは子どもが思いつきで選ぶような店の物ではない。本気であの時に求婚しようとしてくれていたのだと感じる。
光にかざしてみると、内側に石が付いているのが見えた。これは、サファイア。青はアイザックの瞳の色だ。私は自分が万年筆に入れた石のことを思い出してまた恥ずかしくなった。当時のアイザックも今の私と同じ気持ちだったってことよね。
――ん? 何か文字も刻印してある。何て書いてあるんだろうか?
『あなたは僕の全て』
その文字を見た瞬間、ぶわっと頬が熱くなる。こ、こんな文字をアイザックはあの当時に入れていたの? 恥ずかしいが、素直に嬉しい。
「アイザックにこんなに愛されてるなんて……早く気がつけば良かったわ」
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