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本編
12 浮気
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エルがこの女性を好き? じゃあ、私のことを昔から好きだったと言うのは嘘だったの?
いや、あれが全て嘘だったのであればエルの演技力は相当なものだ。
考えたくはないが、彼女のことも私のことも好きだという可能性が一番濃厚だ。高位貴族には、側室を持つ男性も多い。正妻は貴族から、側室は平民……ということも珍しくない。
エルにまとわりついている彼女はとても、スタイルが良くて色っぽい。お化粧もバッチリで、服も豊満な胸が見えそうで見えない……そしてスリットからチラリと見える脚が美しい。私にはない魅力だ。
彼は私を『可愛い』と言ってくれるが、それは子どもっぽいという意味だったのかもしれない。男性ならあの色っぽい曲線美に惹かれるのは理解できる。
でも嫌だ。誠実な人だと思っていた。私のことをあんなに好きだって言ってくれたのに。なのに……あなたには他にも愛する女がいるの?
あまりのショックで、持っていた差し入れのバスケットを落としてしまった。さっき先に部下の方々にはお渡ししたので、私はエルに食べてもらう分だけ持っていた。
ドサっと大きな音を立てたことで、エルと彼女が一斉にこちらを見た。地面にはバスケットからサンドウィッチやマフィンが飛び出てしまっている。
「クリス……!? 来てたのか」
少しだけ驚いた顔のエルは、こんな場面を見られたのに案外と冷静だ。
「エルベルト様、この可愛らしい少女はどなた?」
エルの彼女に少女と子ども扱いをされ、哀しくなった。でもここでは泣きたくない。これは女のプライドだ。
「クリスは俺の……」
彼は自分の彼女に、一体俺の何だと説明するつもりなのか。私は彼の言葉を遮った。
「旦那様申し訳ございません。お邪魔を致しましたわ」
「は? 邪魔なんて」
「お二人でごゆっくりお楽しみ下さいませ」
私はニッコリと微笑み、くるりと背を向け走り出した。落とした物をそのままにしてしまったけれど、仕方がない。今はそれどころではないので……ごめんなさい。
「クリス! クリス、ちょっと待て」
「クリスっ!!」
何度も何度も私を呼ぶ声が聞こえるが、無視をして走り去る。しかし……彼の足に勝てるとは思っていないので、私は途中で隠れてその場をやり過ごした。
「はぁ、はぁ……クリス! どこへ行ったんだ」
案の定、彼はあっという間に追いついてきた。危なかったわ。エルがいなくなったのを確認して、私はとぼとぼと歩き出した。
まさか、エルに彼女がいたなんて。そりゃ、私よりかなり年上だし過去に色々あっただろうことは仕方がない。でも、でも……結婚する前にきちんと清算すべきではないか。それが夫のマナーでしょう?君とは終わったとか言っていたけど、終わったような雰囲気ではなかったもの。
沸々と怒りが湧いてくるが、ふと、恐ろしいことに気が付いてしまった。彼と彼女はあまり年齢が変わらない気がする。それならばもしかして昔から彼女のことが好きで付き合っていたが、平民だから結婚は難しかった。そして、貴族の中で相手を探そうと、私を見つけた可能性もある。
「じゃあ……私が邪魔者じゃない」
私がむしろ二人を引き裂いていたのかもしれない。それならばどうしたらいいの。今更……私は愛したエルの元を離れられる? いや、無理そうだ。
私はボーッとしながら、哀しい気持ちでとぼとぼと歩いていた。私の目には涙が浮かんでいる。
「クリス、お前……クリスなのか? 久しぶりだな」
「トム! どうしてここに」
「俺は先週からここに騎士の修行に来てんの。王都より魔物が多いこの地でしばらく世話になってるんだ。クリスがエルベルト様と結婚したって聞いてたけど……やっぱり本当だったんだな」
「ええ」
「結婚……あまりに急な話だったから驚いた。式も親族だけでやったんだよな?」
彼はトーマス・ディアス。私の学生時代の同級生で、それなりに仲が良かった。伯爵家の御子息だが、彼は次男なので騎士になって生計を立てると頑張っていた。結婚は王命であまりに急だったので、学生時代の友達達には報告だけして式に呼ぶことはできなかった。
「ええ……色々あったの。驚かせてごめんなさい」
「いや、いいんだ。クリス、綺麗になったな」
トムにそんなことを言われたのは初めてだ。よく彼からは『色気がない』だの『子どもっぽい』だの揶揄われていたのに。
「まあ、褒めても何も出ないわよ」
「……本音だけどな」
「え?」
「いや、なんでもない。なあ! 久々に会えたんだから、少し話そうぜ。今日は訓練もう終わってるんだ」
「いや、私は……」
「いいから行こうぜ」
彼に手を掴まれて、ぐいぐいと引っ張られた。そうだ……トムは昔から少し強引なところがある。エルのことで哀しかったので、彼と話すことで気分転換になるかなとそのままついて行った。
「あー……美味い」
「そういえば、あなたスイーツ好きだったわよね」
「ああ。姉上の影響で、甘いもの好きになってしまったんだよな。でも男だけじゃ外で食べにくいから助かるわ」
私達は今、街のお洒落なカフェでケーキと紅茶を食べている。トムはもうケーキ二つ目だ。ペロリと平らげるのは見ていて気持ちがいい。
「クリス、お前なんでずっと泣きそうなわけ? 結婚……上手くいってねぇの?」
「え?」
「だってエルベルト様って強くて格好いいけど、無口だし怖いし冷たいだろう? お前が大事にされてんのか心配だなって」
ああ、そうか。私の前ではいつも優しく甘いエルに慣れてしまって忘れてしまうけれど、みんなからは怖いと思われているのよね。
「大事に……してもらってるわ」
今日のことがなければ、私は本当に幸せいっぱいだった。ついさっきの光景を思い出して、俯いた。
「俺の前で嘘つくな。全然元気ないじゃないか」
「トム、ごめんね。心配かけて」
「クリスには常に笑ってて欲しい。お前の笑ってる顔が俺は、俺は昔からす……」
トムが何か言いかけたその時、テーブルにドンと拳が振り下ろされた。その衝撃でガシャンとティーカップやお皿が音を立てる。
「君は王都から来たトーマスくん……だったかな?妻が世話になったね」
恐ろしい目でギロリと睨み、トムを見下ろしているのはエルだ。トムは蛇に睨まれた蛙のように、カタカタと震え上がっている。
「あ……エ、エルベルト団長」
「妻に用事があってね。悪いが失礼するよ」
エルはそう言って、かなり多めの札束をポケットから雑に取り出しテーブルに置いた。
「あ……いえ、俺が誘ったのでここは……その……俺が」
「愛する妻が食べた物を、他の男に支払わせるなんて俺が許せなくてね。君の分もこれで払えばいい」
エルは口角を上げているが、目は全然笑っていない。そして身体全体から纏うオーラは、ものすごく恐ろしい。
「は……はい。ご、ご馳走様です」
トムはビクビクと怯えてしまっている。
「なに上司として当然だ。ああ、今度俺が直接剣の指導してやるから楽しみにしててくれ。あ、それと……彼女はもう私の妻だ。気軽に愛称では呼ばないように」
にーっこりと笑って「じゃあな」と私をひょいと肩に担ぎ上げ店を後にした。私はみんながいる前で荷物のように抱きあげられ「おろして下さい」とジタバタするが、エルは無視してどんどん歩いて行った。
いや、あれが全て嘘だったのであればエルの演技力は相当なものだ。
考えたくはないが、彼女のことも私のことも好きだという可能性が一番濃厚だ。高位貴族には、側室を持つ男性も多い。正妻は貴族から、側室は平民……ということも珍しくない。
エルにまとわりついている彼女はとても、スタイルが良くて色っぽい。お化粧もバッチリで、服も豊満な胸が見えそうで見えない……そしてスリットからチラリと見える脚が美しい。私にはない魅力だ。
彼は私を『可愛い』と言ってくれるが、それは子どもっぽいという意味だったのかもしれない。男性ならあの色っぽい曲線美に惹かれるのは理解できる。
でも嫌だ。誠実な人だと思っていた。私のことをあんなに好きだって言ってくれたのに。なのに……あなたには他にも愛する女がいるの?
あまりのショックで、持っていた差し入れのバスケットを落としてしまった。さっき先に部下の方々にはお渡ししたので、私はエルに食べてもらう分だけ持っていた。
ドサっと大きな音を立てたことで、エルと彼女が一斉にこちらを見た。地面にはバスケットからサンドウィッチやマフィンが飛び出てしまっている。
「クリス……!? 来てたのか」
少しだけ驚いた顔のエルは、こんな場面を見られたのに案外と冷静だ。
「エルベルト様、この可愛らしい少女はどなた?」
エルの彼女に少女と子ども扱いをされ、哀しくなった。でもここでは泣きたくない。これは女のプライドだ。
「クリスは俺の……」
彼は自分の彼女に、一体俺の何だと説明するつもりなのか。私は彼の言葉を遮った。
「旦那様申し訳ございません。お邪魔を致しましたわ」
「は? 邪魔なんて」
「お二人でごゆっくりお楽しみ下さいませ」
私はニッコリと微笑み、くるりと背を向け走り出した。落とした物をそのままにしてしまったけれど、仕方がない。今はそれどころではないので……ごめんなさい。
「クリス! クリス、ちょっと待て」
「クリスっ!!」
何度も何度も私を呼ぶ声が聞こえるが、無視をして走り去る。しかし……彼の足に勝てるとは思っていないので、私は途中で隠れてその場をやり過ごした。
「はぁ、はぁ……クリス! どこへ行ったんだ」
案の定、彼はあっという間に追いついてきた。危なかったわ。エルがいなくなったのを確認して、私はとぼとぼと歩き出した。
まさか、エルに彼女がいたなんて。そりゃ、私よりかなり年上だし過去に色々あっただろうことは仕方がない。でも、でも……結婚する前にきちんと清算すべきではないか。それが夫のマナーでしょう?君とは終わったとか言っていたけど、終わったような雰囲気ではなかったもの。
沸々と怒りが湧いてくるが、ふと、恐ろしいことに気が付いてしまった。彼と彼女はあまり年齢が変わらない気がする。それならばもしかして昔から彼女のことが好きで付き合っていたが、平民だから結婚は難しかった。そして、貴族の中で相手を探そうと、私を見つけた可能性もある。
「じゃあ……私が邪魔者じゃない」
私がむしろ二人を引き裂いていたのかもしれない。それならばどうしたらいいの。今更……私は愛したエルの元を離れられる? いや、無理そうだ。
私はボーッとしながら、哀しい気持ちでとぼとぼと歩いていた。私の目には涙が浮かんでいる。
「クリス、お前……クリスなのか? 久しぶりだな」
「トム! どうしてここに」
「俺は先週からここに騎士の修行に来てんの。王都より魔物が多いこの地でしばらく世話になってるんだ。クリスがエルベルト様と結婚したって聞いてたけど……やっぱり本当だったんだな」
「ええ」
「結婚……あまりに急な話だったから驚いた。式も親族だけでやったんだよな?」
彼はトーマス・ディアス。私の学生時代の同級生で、それなりに仲が良かった。伯爵家の御子息だが、彼は次男なので騎士になって生計を立てると頑張っていた。結婚は王命であまりに急だったので、学生時代の友達達には報告だけして式に呼ぶことはできなかった。
「ええ……色々あったの。驚かせてごめんなさい」
「いや、いいんだ。クリス、綺麗になったな」
トムにそんなことを言われたのは初めてだ。よく彼からは『色気がない』だの『子どもっぽい』だの揶揄われていたのに。
「まあ、褒めても何も出ないわよ」
「……本音だけどな」
「え?」
「いや、なんでもない。なあ! 久々に会えたんだから、少し話そうぜ。今日は訓練もう終わってるんだ」
「いや、私は……」
「いいから行こうぜ」
彼に手を掴まれて、ぐいぐいと引っ張られた。そうだ……トムは昔から少し強引なところがある。エルのことで哀しかったので、彼と話すことで気分転換になるかなとそのままついて行った。
「あー……美味い」
「そういえば、あなたスイーツ好きだったわよね」
「ああ。姉上の影響で、甘いもの好きになってしまったんだよな。でも男だけじゃ外で食べにくいから助かるわ」
私達は今、街のお洒落なカフェでケーキと紅茶を食べている。トムはもうケーキ二つ目だ。ペロリと平らげるのは見ていて気持ちがいい。
「クリス、お前なんでずっと泣きそうなわけ? 結婚……上手くいってねぇの?」
「え?」
「だってエルベルト様って強くて格好いいけど、無口だし怖いし冷たいだろう? お前が大事にされてんのか心配だなって」
ああ、そうか。私の前ではいつも優しく甘いエルに慣れてしまって忘れてしまうけれど、みんなからは怖いと思われているのよね。
「大事に……してもらってるわ」
今日のことがなければ、私は本当に幸せいっぱいだった。ついさっきの光景を思い出して、俯いた。
「俺の前で嘘つくな。全然元気ないじゃないか」
「トム、ごめんね。心配かけて」
「クリスには常に笑ってて欲しい。お前の笑ってる顔が俺は、俺は昔からす……」
トムが何か言いかけたその時、テーブルにドンと拳が振り下ろされた。その衝撃でガシャンとティーカップやお皿が音を立てる。
「君は王都から来たトーマスくん……だったかな?妻が世話になったね」
恐ろしい目でギロリと睨み、トムを見下ろしているのはエルだ。トムは蛇に睨まれた蛙のように、カタカタと震え上がっている。
「あ……エ、エルベルト団長」
「妻に用事があってね。悪いが失礼するよ」
エルはそう言って、かなり多めの札束をポケットから雑に取り出しテーブルに置いた。
「あ……いえ、俺が誘ったのでここは……その……俺が」
「愛する妻が食べた物を、他の男に支払わせるなんて俺が許せなくてね。君の分もこれで払えばいい」
エルは口角を上げているが、目は全然笑っていない。そして身体全体から纏うオーラは、ものすごく恐ろしい。
「は……はい。ご、ご馳走様です」
トムはビクビクと怯えてしまっている。
「なに上司として当然だ。ああ、今度俺が直接剣の指導してやるから楽しみにしててくれ。あ、それと……彼女はもう私の妻だ。気軽に愛称では呼ばないように」
にーっこりと笑って「じゃあな」と私をひょいと肩に担ぎ上げ店を後にした。私はみんながいる前で荷物のように抱きあげられ「おろして下さい」とジタバタするが、エルは無視してどんどん歩いて行った。
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