【完結】望まれて鬼の辺境伯に嫁いだはずなのですが、愛されていないようなので別れたい

大森 樹

文字の大きさ
28 / 32
番外編

もちもち②

 エルは今日から二日間仕事で帰らない。これは絶好のチャンスだ。私の身体はだいぶ痩せて、あと少しであのドレスが着れそうなのだ。

「二日間、先生の所へ行くわ」
「わかりました」
「奥様……旦那様が何かあったのかと、とても心配しておられました。不安であまりよく眠れていらっしゃらないようですし、そろそろ本当のことを伝えてあげてもらえないでしょうか?」

 オリバーにそう言われて、彼が私のことをそんなに心配していたのかと申し訳なくなった。

「ええ。戻られたら言うわね。そして絶対あのドレスを着て彼を出迎えるわ」

 オリバーとノエルは少し困ったように「わかりました。応援します」と微笑んでくれた。

♢♢♢

 そして今日は最後のダンスレッスン。これでやっとダイエットは終わりを迎える。これからも気をつけるけれど、少しずつ普通の生活に戻ろうと思う。

「先生、今日もよろしくお願い致します」
「クリスティン様、計画は順調ですか?」
「はい! おかげさまで。もうお気に入りのドレスが着られそうなのです」
「そうですか、では本当に今日が最後ですね。でも残念です、貴方のように可愛らしい生徒さんが居なくなるなんて」

 先生は整ったお顔立ちに切長の眼、線は細いのに筋肉がついていて……そしてオールバックにし一つに結んである髪がセクシーだ。

「まあ、先生の方が素敵です」
「はは、ありがとうございます。さあ、最後のレッスンをしましょうか?」
「はい」

 先生にぴったりとくっ付き、踊り始める。舞踏会ではゆっくりした曲が多いが、今回はダイエット目的なので激しめのダンスをしている。動きが激しいがなかなか刺激的で楽しい。

「とってもお上手ですよ」
「先生のリードが良いおかげですわ」

 うっすら汗をかくほど踊り、レッスンは終わりになった。先生は最後だから、と外まで見送ってくださった。

「お世話になり、ありがとうございました」
「いや、こちらこそありがとうございました。とても楽しかったです。またいつでも来てください」
「はい」
「さようなら」

 先生は私のおでこにチュッとキスをしてくれた。微笑んだ顔がとても格好良くて、ポッと頬が染まってしまう。私はペコリと頭を下げて、馬車に飛び乗った。

「早くエルに逢いたいな」

 私は家に着いて、あのドレスに袖を通した。なんの問題もなくスッとファスナーが上がった。

「ノエルーっ! 着られたわ」
「奥様、おめでとうございます!」

 他の使用人やシェフ達も、エルに秘密で私のダイエットを見守ってくれていたので一緒に成功を喜んでくれた。しかし、オリバーから残念な報告が入った。

「奥様申し上げにくいのですが、旦那様は急な仕事で今夜は戻られないそうです。先程連絡がありました」
「そうなの。それは……仕方がないわね」

 上手くいかないもので、彼は急な仕事で屋敷に帰らずそのまま任務へつくことになったらしい。私はエルに見せるために着たドレスをそっと脱いだ。


♢♢♢


 翌日の夜遅くに、疲れた顔でエルは帰ってきた。そりゃそうだ……休みなく働いてしんどくないはずがない。

「おかえりなさいませ。大変でしたね」

 私が出迎えても、彼は力なく微笑むだけだった。余程仕事が大変だったのね。

「ああ、ただいま。クリス、俺が遅い時は無理して起きていなくてもいいよ。身体を……壊してはいけないから」
「出迎えたかったのです。あのね、エルに話したいことがあるの」

 私は今夜あのドレスを着ている。今まで一緒に寝れなかった理由を話して、謝りたい。そして綺麗になった私を見て欲しかった。

「話……それは今夜でないとだめか? 悪い……疲れていて」

 私はそう言われてハッと気が付いた。そうだ……彼は仕事で疲れているのに、私は自分のことばかり言って我儘だったわ。

 いつも彼は『君の声を聞くと疲れが吹っ飛ぶんだ。どんな些細なことも何でも話して』なんて言ってくれていたから……甘えてしまっていた。

「ご、ごめんなさい。もちろん今夜でなくていいの。おやすみなさいませ」
「悪いな……おやすみ」

 私の頭をぽんと撫でて、彼は自室へ消えていった。夫婦の寝室には……来ないよね。寂しいが仕方ない。彼の体調が優先だ。私も自室で眠りについた。

 それから数日、なんとなく彼に避けられている。最低限の挨拶はするし、顔も見るが少し長く話そうとすると逃げられる。これではまるで結婚当初のようだ。夫婦生活もないし、別の部屋で寝ている。

 元々はダイエットのために私が先に夫婦生活を避けていたので……彼に文句は言えない。私が悪い。でも……エルはただ疲れているだけ? 本当に?

「私は嫌われちゃたのかしら?」

 部屋で窓の外を眺めながらそう呟いた。なんだか涙が出そう。ノエルは「そんなはずはありません」と哀しそうな顔で否定してくれる。

 ダイエット頑張ったのに、裏目に出ちゃった。ずっと仲良くしていたのに。こんなことなら素直にエルに『太った』と謝ればよかった。きっと彼は『それでも可愛い』って言ってくれた気がする。自分が馬鹿だったなと後悔した。

 それでもし『痩せてくれ』と言われたら『頑張ります!』と言ってダイエットを始めたら良かったのだ。

 私は沈んだ気持ちを振り払おうと、街に出た。彼に変な態度をとっていたことを謝ろうと思い、お詫びのために何か刺繍を作ろうと思ったのだ。手芸屋さんに向かう途中で、ダンスの先生にたまたまお会いした。

「クリスティン様、どうされましたか? 浮かない顔ですね?」
「あ……先生……」
「せっかくの可愛い顔が台無しですよ」

 ニコリと微笑んでくれる先生に、私は涙が溢れてきた。先生には痩せるために力になってもらったのに……それが無駄になってしまった。

 先生が私の涙を指で拭おうとしてくれたその時、後ろから「俺の妻に、触れるな」と低く冷たい声がした。

 ――その声は。

 私が振り向くと、そこにはなぜか怒った表情のエルが立っていた。

「クリス、君は騙されている! こいつは君以外にも女が沢山いるんだ」
「……へ?」

 ――これは一体なんの話なのだろうか?

「俺には君しかいないんだ。君が彼を好きだって言っても、俺は絶対に別れない」

 街のど真ん中で、エルにぎゅっと強く抱き締められた。彼を好き? 別れない??

「こんなやつより、俺の方が君を愛してる。だから……お願いだ。俺から離れて行かないでくれ」

 彼はさらに私を強く抱き寄せ、悲痛な声でそんなことを言った。

「エル……エル! ちょっと待って。何か誤解してるわ」
「誤解だと……? だって君はこの男と俺に秘密で逢引きをしていたじゃないか」

 まさか、彼にそんな誤解をされていたなんて思ってもいなかった。私は驚いてすぐに言葉が出なかった。

「ははははは、旦那様は私のことを、君の情人だと勘違いしたようですね。貴方様のお相手になれるならとても光栄ですが」
「勘違いだと……?」

 エルはギロっと先生を睨んでいる。先生はそれを見てくすりと微笑んだ。

 エル、違う違う……違うの! どうしてこんな勘違いをされてしまったのか。

「エル、勘違いよ! だって……先生は女性だもの」
「……じょせい……女性?」
「はい。男装をされているけど、先生は女性です! 元々は舞台で男役をされていて……私はダンスのレッスンを受けていたのです。先生は男性パートを踊ってくださるの」

 彼にそう説明すると、エルはその場にずるずると崩れ落ち項垂れて動かなくなった。

「ああ、本気で焦った。俺の勝手な勘違いで……良かった」
「エルったら……どうしてそんなこと思ったのよ」

 彼は仕事で街に出ていた時に、私が先生と会っているところを目撃したらしい。習い事をしてるなんて知らなかったし、おでこにキスをされていたから……自分に隠れてそういう仲なのかと思ったらしい。しかも、先生がいろんな女性と歩いているのを見て……私が騙されているのだと思ったそうだ。

 エルはゆっくり立ちあがり、先生に頭を下げた。

「あなたを男などと……レディに失礼なことを言った。妻が世話になったのに、本当にすまなかった。誤解した自分が恥ずかしいよ」

 彼は赤く染めた頬を片手で隠した。

「お顔をお上げくださいませ。私は職業柄わざと男装してレディ達の相手をしています。だからむしろ男と間違われるようにしていますので、気にされないでください」
「すまない、ありがとう」
「クリスティン様は、貴方様のために頑張っていらっしゃいました。ここへ通っていた理由は……彼女から直接聞いてください」

 先生は「愛されてて良かったですね。また遊びに来てくださいね」と格好良くフッと笑って、去って行った。

 どうやら私達は……お互い色々話さないといけないことが沢山あるようだ。

感想 2

あなたにおすすめの小説

わたしは婚約者の不倫の隠れ蓑

岡暁舟
恋愛
第一王子スミスと婚約した公爵令嬢のマリア。ところが、スミスが魅力された女は他にいた。同じく公爵令嬢のエリーゼ。マリアはスミスとエリーゼの密会に気が付いて……。 もう終わりにするしかない。そう確信したマリアだった。 本編終了しました。

このたび、あこがれ騎士さまの妻になりました。

若松だんご
恋愛
 「リリー。アナタ、結婚なさい」  それは、ある日突然、おつかえする王妃さまからくだされた命令。  まるで、「そこの髪飾りと取って」とか、「窓を開けてちょうだい」みたいなノリで発せられた。  お相手は、王妃さまのかつての乳兄弟で護衛騎士、エディル・ロードリックさま。  わたしのあこがれの騎士さま。  だけど、ちょっと待って!! 結婚だなんて、いくらなんでもそれはイキナリすぎるっ!!  「アナタたちならお似合いだと思うんだけど?」  そう思うのは、王妃さまだけですよ、絶対。  「試しに、二人で暮らしなさい。これは命令です」  なーんて、王妃さまの命令で、エディルさまの妻(仮)になったわたし。  あこがれの騎士さまと一つ屋根の下だなんてっ!!  わたし、どうなっちゃうのっ!? 妻(仮)ライフ、ドキドキしすぎで心臓がもたないっ!!

【短編】旦那様、2年後に消えますので、その日まで恩返しをさせてください

あさぎかな@コミカライズ決定
恋愛
「二年後には消えますので、ベネディック様。どうかその日まで、いつかの恩返しをさせてください」 「恩? 私と君は初対面だったはず」 「そうかもしれませんが、そうではないのかもしれません」 「意味がわからない──が、これでアルフの、弟の奇病も治るのならいいだろう」 奇病を癒すため魔法都市、最後の薬師フェリーネはベネディック・バルテルスと契約結婚を持ちかける。 彼女の目的は遺産目当てや、玉の輿ではなく──?

大嫌いな幼馴染の皇太子殿下と婚姻させられたので、白い結婚をお願いいたしました

柴野
恋愛
「これは白い結婚ということにいたしましょう」  結婚初夜、そうお願いしたジェシカに、夫となる人は眉を顰めて答えた。 「……ああ、お前の好きにしろ」  婚約者だった隣国の王弟に別れを切り出され嫁ぎ先を失った公爵令嬢ジェシカ・スタンナードは、幼馴染でありながら、たいへん仲の悪かった皇太子ヒューパートと王命で婚姻させられた。  ヒューパート皇太子には陰ながら想っていた令嬢がいたのに、彼女は第二王子の婚約者になってしまったので長年婚約者を作っていなかったという噂がある。それだというのに王命で大嫌いなジェシカを娶ることになったのだ。  いくら政略結婚とはいえ、ヒューパートに抱かれるのは嫌だ。子供ができないという理由があれば離縁できると考えたジェシカは白い結婚を望み、ヒューパートもそれを受け入れた。  そのはず、だったのだが……?  離縁を望みながらも徐々に絆されていく公爵令嬢と、実は彼女のことが大好きで仕方ないツンデレ皇太子によるじれじれラブストーリー。 ※こちらの作品は小説家になろうにも重複投稿しています。

女王は若き美貌の夫に離婚を申し出る

小西あまね
恋愛
「喜べ!やっと離婚できそうだぞ!」「……は?」 政略結婚して9年目、32歳の女王陛下は22歳の王配陛下に笑顔で告げた。 9年前の約束を叶えるために……。 豪胆果断だがどこか天然な女王と、彼女を敬愛してやまない美貌の若き王配のすれ違い離婚騒動。 「月と雪と温泉と ~幼馴染みの天然王子と最強魔術師~」の王子の姉の話ですが、独立した話で、作風も違います。 本作は小説家になろうにも投稿しています。

【完結】大好き、と告白するのはこれを最後にします!

高瀬船
恋愛
侯爵家の嫡男、レオン・アルファストと伯爵家のミュラー・ハドソンは建国から続く由緒ある家柄である。 7歳年上のレオンが大好きで、ミュラーは幼い頃から彼にべったり。ことある事に大好き!と伝え、少女へと成長してからも顔を合わせる度に結婚して!ともはや挨拶のように熱烈に求婚していた。 だけど、いつもいつもレオンはありがとう、と言うだけで承諾も拒絶もしない。 成人を控えたある日、ミュラーはこれを最後の告白にしよう、と決心しいつものようにはぐらかされたら大人しく彼を諦めよう、と決めていた。 そして、彼を諦め真剣に結婚相手を探そうと夜会に行った事をレオンに知られたミュラーは初めて彼の重いほどの愛情を知る 【お互い、モブとの絡み発生します、苦手な方はご遠慮下さい】

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

皇太子殿下は、幼なじみに触れていないと落ち着かない

由香
ファンタジー
幼い頃から一緒に育った皇子は、なぜか距離が近すぎる。 後ろから抱きしめられ、手を取られ、頬に触れられるのが当たり前の日常。 やがて彼は皇太子となるが――その距離は変わらないどころか、むしろ深まっていき。 「触れていないと、落ち着かない」 公の場でも離してくれない彼の執着に、周囲は騒然。 けれどその腕の中は、どうしようもなく安心してしまう。 これは、幼なじみの距離のまま始まる、逃げ場のない溺愛の物語。