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第2章
ただ会いたくて 10
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「瑠衣、またぼんやりして」
「ごっ、ごめん」
「お前、本当にココアが好きなんだな。でも、もうココアって季節じゃないだろう」
「そうだね」
君と過ごしたクリスマス以来、朝食時にココアを飲むのが習慣になってしまった。
海里は呆れていたが、僕は冬を終え春を過ぎても、温かく甘いココアを飲み続けた。
「なぁ、どうしてそんなにココアが好きになったんだ?」
海里に俯いた顔を覗き込まれて、返す言葉がない。
だって、こんなこと言えない。
ココアには『初恋と希望の味』がするなんて──
あの日、船上で飲んだココアのマグカップ。
君が口づけた箇所に僕の唇を這わした時に生まれた熱を、僕はずっと抱いたままだ。
テムズ川の流れに身を任せ、どこかに二人で行ってしまいたい気持ちが最高潮に達した瞬間だった。
あの時の君の瞳は、確かに僕と同じ熱を帯びていた。
……
『メリークリスマス!』
『……メリークリスマス』
クリスマスを祝う言葉を重ねられるのは、きっと最後。
そう思いながら、生まれて初めてクリスマスを祝いあった。
君は僕に真っ白なマフラーをくれた。
『カシミア』という素材のマフラーは、今まで触れたどんなものよりも温かく滑らかで上質だと、価値を知らない僕でも分かった。
思わず頬ずりして、涙を流してしまった。
『えっと、どうして泣くんだ? ご、ごめん。俺なんかした?』
『君のせいじゃないよ。とても嬉しくて……』
『君には白が似合うよ……』
『……僕は何も持ってきていないのに』
『いや、君が俺の目の前にいてくれる。それが贈り物だよ』
テムズ川沿いの小路には、誰もいなかった。
僕たちはダッフルコートの袖を近づけて、しっかりと手を繋いだ。
指1本1本を絡めて手をつなぐ方法だった。
『あ、の……』
『これ、嫌?』
『……嫌じゃない』
『よかった。君に少しでも多く触れたくてさ』
君が巻いてくれたマフラーに火照った頬を埋めて、僕たちは日が暮れる前まで、歩き続けた。
歩き続けたら、道が開けるような気がして……
君も僕も、それを願っていた。
……
間もなく季節は夏に移り変わり、僕たちももうすぐ高校を卒業する。
確実にその日が近づいているというのに、僕はまだ夢の中。
大学に進学する君や海里は、去年の秋からずっと入学資格のための勉強、統一テストの対策と忙しい日々で、僕だけが蚊帳の外だった。
大学進学を目的とする高校に留学はさせてもらったが、僕の進学する大学はない。
間もなく道が分かれる。
執事養成学校への入学が迫っている。
勉学で忙しくなり必然的に君と会える回数は減ってしまったが、それでも僕らは約束を重ねた。
冬のロンドンの石畳の街角を、白い息を吐きながら歩いた。
薔薇の咲く季節には、よく晴れた公園を散歩した。
霧の日は、そっと手を繋いで微笑みあった。
このまま時間を止めてしまいたい程の、愛おしい瞬間を何度も重ねた。
もう、このままで、そのままでいたかった。
****
そんなある晩、海里と夕食の支度をしていると、玄関のインターホンが突然鳴った。
こんな時間に誰だろう?
応対した海里が、驚愕の声を上げた。
「と、父さん! 何で」
「うむ……出張で来たので、少し立ち寄ってみたよ。どうだ元気にやっているか」
「は、はい」
「あまり時間がない」
突然の海里の父の来訪に動揺した。
彼は……僕の父さんだが、絶対そう呼んではいけない人だ。
「……瑠衣も、元気にやっていたか」
「はい……ありがとうございました。身に余る幸せです」
「……そうか」
それ以上の会話は続かないし、生まれなかった。
僕と父さんの関係は、やっぱり何も変わっていなかった。
海里は高校卒業と同時に日本への帰国を勧められたが断っていた。まだ英国にいたいと。海里はまだ卒業後の道をはっきりと見つけられず、もう少しここで探したいようだった。
「瑠衣、お前の進路は決まっている。分かっているな」
「はい……」
「ならいい」
そして、僕の未来は……何も変わっていなかった。
「ごっ、ごめん」
「お前、本当にココアが好きなんだな。でも、もうココアって季節じゃないだろう」
「そうだね」
君と過ごしたクリスマス以来、朝食時にココアを飲むのが習慣になってしまった。
海里は呆れていたが、僕は冬を終え春を過ぎても、温かく甘いココアを飲み続けた。
「なぁ、どうしてそんなにココアが好きになったんだ?」
海里に俯いた顔を覗き込まれて、返す言葉がない。
だって、こんなこと言えない。
ココアには『初恋と希望の味』がするなんて──
あの日、船上で飲んだココアのマグカップ。
君が口づけた箇所に僕の唇を這わした時に生まれた熱を、僕はずっと抱いたままだ。
テムズ川の流れに身を任せ、どこかに二人で行ってしまいたい気持ちが最高潮に達した瞬間だった。
あの時の君の瞳は、確かに僕と同じ熱を帯びていた。
……
『メリークリスマス!』
『……メリークリスマス』
クリスマスを祝う言葉を重ねられるのは、きっと最後。
そう思いながら、生まれて初めてクリスマスを祝いあった。
君は僕に真っ白なマフラーをくれた。
『カシミア』という素材のマフラーは、今まで触れたどんなものよりも温かく滑らかで上質だと、価値を知らない僕でも分かった。
思わず頬ずりして、涙を流してしまった。
『えっと、どうして泣くんだ? ご、ごめん。俺なんかした?』
『君のせいじゃないよ。とても嬉しくて……』
『君には白が似合うよ……』
『……僕は何も持ってきていないのに』
『いや、君が俺の目の前にいてくれる。それが贈り物だよ』
テムズ川沿いの小路には、誰もいなかった。
僕たちはダッフルコートの袖を近づけて、しっかりと手を繋いだ。
指1本1本を絡めて手をつなぐ方法だった。
『あ、の……』
『これ、嫌?』
『……嫌じゃない』
『よかった。君に少しでも多く触れたくてさ』
君が巻いてくれたマフラーに火照った頬を埋めて、僕たちは日が暮れる前まで、歩き続けた。
歩き続けたら、道が開けるような気がして……
君も僕も、それを願っていた。
……
間もなく季節は夏に移り変わり、僕たちももうすぐ高校を卒業する。
確実にその日が近づいているというのに、僕はまだ夢の中。
大学に進学する君や海里は、去年の秋からずっと入学資格のための勉強、統一テストの対策と忙しい日々で、僕だけが蚊帳の外だった。
大学進学を目的とする高校に留学はさせてもらったが、僕の進学する大学はない。
間もなく道が分かれる。
執事養成学校への入学が迫っている。
勉学で忙しくなり必然的に君と会える回数は減ってしまったが、それでも僕らは約束を重ねた。
冬のロンドンの石畳の街角を、白い息を吐きながら歩いた。
薔薇の咲く季節には、よく晴れた公園を散歩した。
霧の日は、そっと手を繋いで微笑みあった。
このまま時間を止めてしまいたい程の、愛おしい瞬間を何度も重ねた。
もう、このままで、そのままでいたかった。
****
そんなある晩、海里と夕食の支度をしていると、玄関のインターホンが突然鳴った。
こんな時間に誰だろう?
応対した海里が、驚愕の声を上げた。
「と、父さん! 何で」
「うむ……出張で来たので、少し立ち寄ってみたよ。どうだ元気にやっているか」
「は、はい」
「あまり時間がない」
突然の海里の父の来訪に動揺した。
彼は……僕の父さんだが、絶対そう呼んではいけない人だ。
「……瑠衣も、元気にやっていたか」
「はい……ありがとうございました。身に余る幸せです」
「……そうか」
それ以上の会話は続かないし、生まれなかった。
僕と父さんの関係は、やっぱり何も変わっていなかった。
海里は高校卒業と同時に日本への帰国を勧められたが断っていた。まだ英国にいたいと。海里はまだ卒業後の道をはっきりと見つけられず、もう少しここで探したいようだった。
「瑠衣、お前の進路は決まっている。分かっているな」
「はい……」
「ならいい」
そして、僕の未来は……何も変わっていなかった。
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