ランドマーク ~そこに君がいてくれるから~

志生帆 海

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第2章

信じることから始めよう 5

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 このまま青空に吸い込まれそうだ。

 そうしたら、好きな人の傍にずっといられるのかな……

 魂だけになって、せめて心だけでも君の傍に寄り添いたくなる。

 でも僕は……その道は選ばなかった。

 この1年、寄宿生活という閉鎖された世界で心穏やかに過ごせたおかげなのか、不思議な感覚に触れたから。

 遠い昔に亡くなった母を近くに感じられた。

 もう顔も朧げなのに、母の気配は忘れていなかった。

 それは目には見えないのに、ふとした瞬間に訪れた。

 春の陽だまりの中、冬の氷の中、新緑の雫の中……

 いつも美しい自然の中から、僕を優しく励ましてくれた。

(瑠衣……どうか精一杯生きて、私の分も幸せになって……)
 
「瑠衣!」

 海里の声にハッとした。人混みの中でもひと際目立つ容貌と高身長。英国人の中にいても紛れない、海里特有の魅力だ。

「海里!」

 返事をするや否や、いきなり抱きしめられてびっくりした。

「わ! な、何? 離して」
「あぁ、悪い。つい感極まって。瑠衣が無事でよかったと、しみじみ思って」
「何、言って?」
「……心配していた。ずっと」

 海里の目は真剣そのものだった。彼は僕を寄宿舎に行かせるのを極端に嫌がっていた。きっと日本での、あの事件が未だに尾を引いているのだろう。もう忘れて欲しいよ、あんな醜い姿。

「ん……ありがとう。聞いて欲しい。僕ね、実は首席で終了出来たんだ」
「そうなのか、すごいじゃないか」

 何一つ取り柄のなかった僕だったのに、まさか執事の仕事がこんなにしっくりくるなんて、自分でも驚いている。

「瑠衣、お前……いい表情だ。どうやら充実した1年を過ごせたようだな」
「そうだね」

 本当にそう思う。
 
 あの夏の別れ……

 ずぶ濡れのまま絶望してどん底に落ちていくか、思い出を糧に空を見上げて生きるかの二択だった。

 僕は力を振り絞って、後者を選択した。

 雨に打たれながらもらった熱い口づけ、君からの激しいまでの告白。

 全部本物だと信じられた。

 何も返せない僕だったが、せめて君に恥じないように、前を見て生きて行くと誓った。

 海里と電車に乗って、以前住んでいたフラットに向かった。

「瑠衣、明日までフリーなんだろう?」
「そうだよ。ずっと海里と過ごせるよ」
「よし、じゃあ明日はウェスト・エンドにミュージカルを観に行こう」
「嬉しいよ。でも、いいの? チケット代は払うよ」
「いや大丈夫だ。もらったんだ」
「へぇ……誰に?」
「大学のクラスメイトさ。あっそう言えば、そいつさ、鞄に瑠衣が以前買ったのと同じ獅子のキーホルダーを大事そうに入れていたんだ」
「え?」

 驚いた。
 
 僕もそのキーホルダーを、さっき見たばかりだから。

「もしかして、瑠衣があげたモノかもなんて……違う?」

 え? まさか……心臓がドキドキしてくる。

「ど……どんな人?」
「んー髪色はアッシュブロンドで、背が高くて……名前は」


 あぁ君の顔がはっきりと浮かぶ。

 だが、そんな都合のいい偶然は、ないだろう。

 現にさっきだって、僕が見間違えたのはアッシュブロンドで背が高い青年だった。

 また、がっかりするのは嫌だ。

 これ以上、期待したくない。

 なので、話を切り替えた。


「それより、お腹空いたね」
「そうか。日本食が恋しいだろうと思って材料揃えておいたよ」
「嬉しいよ。恋しかった」
「瑠衣、今日明日は思う存分、兄さんに甘えろ」
「海里は同い年なのに……ずっと年上のように頼もしいね」
「そうか。瑠衣は同い年のくせに可愛いな」
「うーん、可愛いというのはちょっと違うような」
「お前は本当に可愛い弟だ。もっと自分に自信を持てよ」
「くすっ」


 これは束の間の休日だ。

 1週間後の僕は、貴族の館の執事見習いになっている。

 兄弟で、こんなゆったりとした時を過ごせる事は、きっと、もうないだろう。





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