重なる月

志生帆 海

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第8章

あの空の色 6

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「洋くん準備出来た?」

 ホテルのインターホンの音と共に、空さんの声がした。

「あっはい! 出来ています」

 ドアを開けると、空さんが俺の姿を見て意外そうな表情をした。

「あれ? なにか随分印象が違う恰好してるね」
「そうですか? ニューヨークじゃ……いつもこんなスタイルだったので……それに……」

 それもそのはずだ。俺は着古したジーンズにラフなTシャツ、表情が隠れるほどのキャップを目深に被っていた。これは大学の頃よくしていたスタイルだった。

「あっそうか。なるほどね! 洋くんの顔を隠しているんだね、うん……それがいいかもしれない。涼くんが付いて来たと間違えられそうな程似ているからね。共通のスタッフさんも多いし」

 今日この姿をしたのには意味があることを、勘のいい空さんはすぐに察知してくれた。空さんの、こういう所がほっと出来るんだ。

「そうなんです。俺の顔……あまり人前に晒さない方がいいかと思って」
「賢明な判断だよ。じゃあ行こうか。下にスタッフの車が迎えに来ているから」
「はい! 」

****

 ニューヨークの五月は新緑の季節で、至る所に緑と活気が溢れている。

 爽やかな陽気に包まれながら、この街にしばらく滞在することになるのか。車窓から街の新緑を眺めながら、俺は今確かにニューヨークに来ていることを実感していた。

 今日の撮影現場はセントラルパークだ。世界の富と繁栄の象徴ニューヨーク・マンハッタン。摩天楼のビル群が林立し、現代アメリカ文明の象徴・ニューヨークの市民のオアシスでもあるセントラルパークには、俺も学生時代、あの船と同じくらい訪れては一人で時間を潰したものだ。

 それに安志と涼が初めてデートした場所だとも聞いている。

 広々とした芝生を吹き抜ける大地の香りに深呼吸してみると、懐かしくも……とても新鮮にも感じた。よく手入れされた芝生に明るい陽光がこぼれて、若葉がまぶしい。目を細めてあたりを見ると、平日だというのに新緑の若草色が溢れる公園には多くの人が思い思いに寛いでいた。

「洋くん気持ちいいね、撮影はほらあの木陰の向こうだよ。陸もいるみたいだ。行ってみよう」

  空さんが指さす方を見ると、北米の春を明るく彩るハナミズキの樹の下に陸さんが立っていた。撮影をしているらしく、カメラマンやスタッフに囲まれてポーズをとっている。

 ハナミズキの若葉の緑と花びらの白が清々しく、その下に立つ陸さんには、あの日感じた憎しみのオーラは微塵もなく、清々しい空気を纏い颯爽としていた。

 あぁ……そうなのか。こんな表情も出来るんだ。

 こうやってイメージを覆してポーズを次々と変えていく陸さんの姿は、義父に似ていたと感じる面影は今日はなく、通り過ぎる現地の人も振り返るほどの澄んだ美貌だった。

「すごいな……」

 思わず感嘆の溜息が漏れるてしまうと、空さんもうんうんと頷きながら同意した。

「陸はね、本当にすごい奴なんだよ。アクが強い外見から嫌煙されることも多いけれども、こんな風に求められるイメージに色を変えていけるんだよ。それにあいつは本来は爽やかで本当にさっぱりした奴なんだ。その……洋くんに対しては違っていたかもしれないけれども……ごめん。変なことを言ったね」

 陸さんのことを丁寧に話す空さんの口調は、とても心地良かった。

 優しい空さんは、陸さんのことを話す時は本当に嬉しそうだ。きっと陸さんのことが好きなんだろう。その気持ちが、俺にもひしひしと伝わって来た。

 そうなんだ。俺も陸さんを憎んでいるわけではない。図々しいかもしれないが、これも何かの縁だと思っているし、不思議な親近感も感じている。

「そう思います。陸さんはすごい……」

そう自然と口から零れると、空さんは眼鏡の奥の綺麗な目を潤ませた。

「ありがとう……洋くんからそんな言葉が聞けて嬉しいよ」

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