重なる月 ~いつの時代も月は見ていた~

志生帆 海

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17章

月光の岬、光の矢 92

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 由比ヶ浜丈診療所のお披露目会まで、あと数日。

 丈と洋くんは、連日診療所に泊まり込んで準備を進めていた。

 開業前の慌ただしさも、いよいよ大詰めだ。

 二人が精一杯やっているのは分かっていても、様子を見に行けないのは、僕としては少しもどかしかった。

 そんなもやもやした思いのせいか、ふとした瞬間、本堂の縁側でひとり、庭を眺めていた。

「丈も、洋くんも……ちゃんと食べてるかな?」

 小さな呟きは、誰にも届かないはずだった。

 けれども振り返ると、寺の小坊主、小森くんが静かに立っていた。手には箒を持っている。どうやら庭掃除の最中だったようだ。

「ご住職さま……もしかして、いま、少し寂しいのですか?」

 僕ははっとして、慌てて首を横に振る。

「そんなことはないよ。ただ丈と洋が頑張ってるのを、そばで見守れたらいいなって思っただけ」

 小森くんは一歩近づき、首を傾げながら言った。

「えーっと……あっ、そうだ! じゃあ、明日はお寺のこと、全部僕に任せてください」

 まっすぐな瞳で見つめてくる。その眼差しは、まるで仏さまのように澄んでいる。

「大切なご兄弟のこと、どうか手伝ってあげてください。……住職の、そういう優しさ、僕はちゃんと知ってますから」

 その言葉に、胸の奥がじんわりとあたたかくなった。

「……ありがとう、小森くん」

 

 その日の夕方。

 僕は流を探して、庫裡の裏手にある庭へまわった。

 ちょうど庭仕事を終えた流が、箒を置いて庭石に腰掛けたところだった。

「流」

 声をかけると、流はすぐにこちらを見て、柔らかく笑った。

「どうした?」
「明日は朝から、ふたりで由比ヶ浜の診療所に行こうと思うんだ」

 目を伏せて、僕は言葉を続けた。

「丈たち、きっと疲れてると思うから。何か手伝ってあげたいなって……明日はお披露目会当日だし……その、人手がいるかもしれないし」

 顔をあげると、流は目を細めて、大きく頷いてくれた。

「俺も、そうしたかった」

 短いが真っ直ぐな一言が、胸にすとんと落ちてくる。

 心の奥にあった小さな迷いが、スッと晴れていく。

***

 そして翌朝。

「翠、起きてるか」
「うん。もう、準備万端だよ」

 居間に入ると、翠はすでに袈裟を身につけて正座していた。楚々とした面持ちで朝日を浴びて佇む姿は、どこか厳かな空気をまとっている。

「……翠、それ脱いで」

 俺の台詞に、翠は目を見開き、頬を染めた。

「えっ……こんな朝から……?」

(いや、まさか流がそんな……でも……でも……)

 おいおい、声には出さないけれど、心の声が聞こえてくるぞ。

 一瞬で真っ赤になる翠を見て、俺は軽く笑って、手にしていたスポーツウェアを差し出した。

「今日は『兄さんモード』だろ? フットワーク軽く手伝うなら、こっちの方がいい。袈裟を着たままでは汚れるぞ」
「……ああ……そ、そうだね……」

 翠はどこかごまかすように頷きながら、袈裟を丁寧にたたんでいく。その手元に、ちらりと視線を落とす。

 ――可愛い兄。

 本当に、可愛い人だ。

 こみ上げてくる想いを堪えきれず、そっと口元を覆って笑みをこぼす。

「ほんと、かわいいな」

 その一言に、翠はさらに耳まで真っ赤になってしまった。

 くぅ、可愛い!
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