重なる月 ~いつの時代も月は見ていた~

志生帆 海

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17章

月光の岬、光の矢 94

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 今日は雲一つない快晴だ。

 ポストに郵便を取りに行くと、玄関先の植栽がぐったりとうなだれているのに気がついた。

 なるほど。この場所は日当たりがいい分、こまめに水をやらないと、すぐにしおれてしまうんだな。

「よし、今、水をあげるからな」

 蛇口をひねってホースの先を手に取る。

 飛沫が跳ねないように、慎重に丁寧に水を注ぐ。

「よし、これで最後……えっ、わ、うわっ!」

 その時、突然ホースの先がくるりと跳ねて、俺の胸元を直撃した。

「つ、つめたっ! な、なんだ?」

 勢いよく飛び出した水が、容赦なく白シャツの前面を濡らしていく。

「まずいっ」

 慌てて止めようとしたものの、どうやらホースの接続が緩んでいたらしく、蛇口からスポンと抜けて、水が四方八方に飛び散る。

「うわっ、なんなんだよっ……おーい、丈ーっ!」

 叫んでみたが、返事はない。

 ホースの根元を押さえて、なんとか水は止めたが、びしょ濡れになった足元を見下ろし、思わず肩を落とした。

「やれやれ……ひどい有様だ」

 シャツが身体にぴたりと張りついて、冷たくて気持ちが悪い。何より、玄関前を水浸しにしてしまったことが悔やまれる。

 とにかく、早く着替えないと。

 そう思いながら診療所の玄関に立ったが、シャツの裾から、ぽたぽたと大粒の水が滴っている。

「……せっかく掃除したのに、床を汚すわけにはいかないよな」

 覚悟を決めて、シャツの裾を掴んでパッと脱いだ。

 タンクトップの一枚でも着ていれば良かったが、今朝は「暑いから肌着はいいか」と気を抜いていた。

「まぁ、いいか」

 濡れたシャツを片手に、廊下をずかずかと歩く。

 確か、着替えは奥の部屋にあったはずだ。

***

 その頃、診療所の一室では――

 私はコーヒーを飲みながら、兄さんたちの穏やかなやりとりに微笑を浮かべていた。

 私がそばにいるというのに、まるで二人きりのように自然にいちゃついて……。

 その時、遠くから洋の声が聞こえた。

「……今、洋の声がしませんでしたか」
「気のせいじゃないか」

 流兄さんがそう答えた次の瞬間――

 バタンッ!

 勢いよく扉が開いた。

「丈! 最悪だ、シャワーに直撃された!」
「えっ、洋……その格好……なんで?」

 ――ん? 肌色?
 なんで肌色なんだ?

「ひょぉ……洋くん、すごいな」

 流兄さんの声に、私は思わずギョッとする。

「洋、どうして裸なんだ? あっ、まずい……!」

 私の視線は自然と洋の背中へ、肩へ、首筋へ。

 昨夜、私が残した赤い跡が、あちこちに点々と残っている。

「おぉぉ、いち、にー、さん……こっちにもあるな」

 流兄さんのカウントに一気に顔が熱くなって、思わず両手で覆ってしまった。

「流兄さんっ、それ以上は見ないでください!」
「丈もやるなぁ、相変わらず元気だねぇ」

 動じることなく口にする流兄さんに、翠兄さんが仏のような微笑を浮かべて立ち上がった。

 洋は二人の前でもまったく気にした様子もなく、堂々としていた。

 そんな洋を翠兄さんは優しくタオルで包んだ。

「洋くん、おいで。拭いてあげよう」
「ありがとう、翠兄さん」
「ところで、一体何があったの?」
「植木に水をやってたら、ホースが暴れて……気づいたら全身びしょ濡れになっていたんです」
「それは災難だったねぇ。よしよし」

 翠兄さんの腕にすっぽり収まって、素直に甘える洋。

 その姿に拍子抜けしてしまう。

「洋……で、潔く玄関で服を脱いできたのか……」

 呆然と立ち尽くしていると、流兄さんに揶揄われる。

「丈がつけた『愛の証』も、なかなかセクシーだったぞ。といっても俺には敵わないけどな」
「流兄さんっ!!」

 場を収めるように、翠兄さんが静かに言葉を添える。

「まぁまぁ、丈。落ち着いて。洋くんを見てごらん。何も恥じていないよ。丈からの愛の証を、まるで勲章のように誇らしく受け止めてるよ」

 そのひと言に、胸の奥がふっと緩んだ。

 洋は涼しい顔で、にこりと笑ってみせる。

「ふっ、珍しく慌てふためく丈が見られてラッキーだったよ。人間臭い丈もいいな。これからも、どんどん見せてくれ」

 その言葉に力が抜けて、私はその場にぺたんと座り込んでしまった。

「……今日は穏やかな気持ちで開業準備を進めるつもりだったのですが……」
「ふふっ、賑やかでいいじゃないか。家族って、そういうものだよ。僕たち四兄弟、やることがどこか似ていて、愉快だね」

 翠兄さんのやさしい声に、部屋中があたたかな笑いに包まれた。

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