幸せな存在 ~歩み寄る恋をしよう~

志生帆 海

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発展編

Let's go to the beach 17

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 しまった。思い出してはならない記憶の世界に、足を踏み入れてしまった。

 あの晩……いつも母と眠っている弟が僕のベッドにやってきたが、母の助言で、結局僕が母のベッドで夏樹と一緒に眠ることになった。

 弟が生まれてから母とのスキンシップが減っていたので気恥ずかしかったが、嬉しかった。だから十歳の僕も母に久しぶりに抱っこしてもらい手をつないでもらった。

 夏樹が眠た後、母とゆっくり話をしたことも覚えている。
  
(瑞樹はいつもえらいね。弟をすごく可愛がっているし)
(だってママと約束したもん。最初に弟が欲しいって言ったのは僕だったし……ママ……願いを叶えてくれてありがとう)
(まぁ瑞樹ったら、あなたは本当に優しい子、ママの宝物よ)
(ママ……夏樹のことは任せて。ちゃんと僕がお世話するし、一緒に遊んであげる。ケガしないようにみてあげる)
(でも瑞樹もまだまだ小さな子供なの忘れちゃだめよ。お兄ちゃんらしくしてくれるのも嬉しいけれども、もっともっとママに甘えていいのよ。瑞樹……大好きよ)

 甘くとろけるような母の愛情に寄り添って、まろやかな眠りについた。

 母のやわらかな胸元に抱かれ、トクトクと鼓動を子守歌に眠ったあの夜が、今生の別れの日に繋がっていたなんて……幼い僕は何も知らなかった。

 今でも信じられない。
 
 目の前で父も母も夏樹も動かなくなったのを目の当たりにして、交通事故現場でショックで倒れてしまった。

 次に目覚めると病院のベッドの上だった。

(あの……ママとパパは……? ナツキは)

 看護師さんも医師も皆、困った顔をした。かなり経ってからやってきた親族といわれる男性は、とても面倒くさそうな表情を浮かべていた。

 絶望した。

 僕だけどうして置いていかれたのか分からなくて、一晩中消毒液のする布団に包まって泣き続けた。しかし……どんなに泣いても誰も来てくれなかった。

「ん……おにいちゃん、どこぉ」

 絶望の記憶に押しつぶされそうになっていた時に、芽生くんの寝言が僕を呼び戻してくれた。

「芽生くん、ここだよ。ちゃんといる。大丈夫だよ」
「う……ん、むにゃむにゃ……おいにちゃん、だいすき」

 返事をすると、安心したようにまた深い眠りについてくれた。

 危なかった。普段は記憶の底に沈めているのに、何故今日はこんなにリアルに思い出すのか。

 その時になって、換気のために少し開けた窓から波の音が聞こえて来るのに気がついた。そうか、この音のせいだ。大学時代に誰かが言っていた。波の音って母親の胎内で聴いた音と似ていると、だから母を思い出したのはきっとそのせいだ。

 久しぶりに出逢った母の記憶は、甘酸っぱくて心地よかった。
 今日だけは……もう少しだけ波音を聴いていたい。

 義母はとても優しい人だった。だから遠慮して思い出さないようにしていたから、久しぶりだった。

 記憶の中に眠る母と会いたい。

 波の音に誘われバルコニーに出てみると、すぐ横に人の気配を感じた。

 月光を浴びて静かに佇んでいるのは、洋くんだった。

 洋くんの横顔を見た瞬間……洋くんも誰か愛しい人を思慕していると感じた。

 もしかして君も近しい人を亡くしたのか……そんな予感から、思わず話しかけてしまった。

「波の音って、母親の胎内の音と似ていると習いました」
「えっ」

 洋くんは驚いた様子で僕を見つめた。彼の目元は少し潤んでいた。

「あっすいません。お隣の部屋だからバルコニーも続いているんですね」
「あの? さっきの話もう一度いいですか」
「ええ、大学時代に友人から教えてもらったことですが……僕たちが生まれる前に母親の胎内で聴いた音と波の音って似ているそうですよ。だから心が落ち着くと……」
「そうだったんですね……母さんの音か」

 僕がまだ母さんの一部だった頃に胎内で感じた音って、こんな風だったのかな。

 そう思うと突然胸の奥が苦しくなってしまう。すると洋くんもぐっと切ない顔をした。あ……今の表情は見たことがある。母を亡くした僕と同じだ。

「あの……失礼なことを聞くけれども……もしかして洋くんもお母さんを……」
「えっ、そういう瑞樹くんも?」

 そうか……お互いの共通点はこんな所にもあったのか。ならば僕も正直に答えよう。それは相手が洋くん……君だから。

「えぇ僕は十歳の時、交通事故で両親と弟を……」
「……そうだったんですね、俺も両親はもうとっくに」
「あぁ……だからなのかな。洋くんとは心に響き合うものを感じます」
「俺も嬉しい……こんな気持ちを人に説明するのは難しいから」
「分かります」
「こんな夜は無性に会いたくなりますね……もう傍にいない人たちに」
「波の音に誘われてしまいますね」

 洋くんは夜風にあたりながら、一段と深く切ない表情を漏らした。 

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