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成就編

深まる絆 10

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 宗吾さんから、いつものようにカエルコールが入った。

『何か買い物はあるか』と問われたが、特に思いつかなかったし、それよりも早く帰って来て、僕と同じ空間で同じ時間を過ごして欲しかった。

 続いて美智さんのスマホも鳴った。

「あら、また電話が鳴っているわ。今度は憲吾じゃない? 」
「えぇそうみたいです」

 憲吾さんからもカエルコールか。同じような時間にかけてくるなんて、やっぱり仲良し兄弟で微笑ましい。宗吾さんと憲吾さんって、タイプは違うが絶対に根っこが似ている気がしてならないよ。
 
 台所の手伝いをしながら、いけないと思いつつ……ついつい耳をそばだててしまった。

『あのね……憲吾さんに買い物を頼んでも?』
『うん、実は、もしかしたら……なの。気になってしかたがなくて……帰りにドラッグストアで、アレを買って来てもらえないかなぁ』
『……うん。それは分かっているわ……うん……そっか、そうね……分かったわ……明日ちゃんと病院に行くわ』

 ところが、声のトーンがどんどん沈んでしまう。しかも電話を終えた美智さんは、明らかにしょんぼりとしていた。

 こういう話に男の僕がしゃしゃりでるのもあれだが、何とか励ましてあげたいな。

 お母さんも同じことを察したらしい。

「美智さん、どうしたの? 」
「あ、あの……検査薬なんかよりも、明日病院でちゃんと診てもらえって」
「まぁ憲吾らしい言い分ね。それはもちろん正論だけど、あの子は乙女心を分かっていないわね。もういいわ。私が買ってくるわ。だって美智さん、そうしないと、今晩、気になって眠れないでしょう」
「お母さん駄目ですよ。もう遅いし坂道だから疲れてしまいますよ。やっぱり私が行ってきます」
「それを言ったら、美智さんだって」

 その時ふたりの視線が、僕に集まった。

 まさか……白羽の矢が立った?

 ぼ、僕? そう来る? わ……どうしよう! 

「瑞樹くん、話の流れがよく分かっている顔をしているわね」
「う……はい、すみません。全部聞いてしまいました」
「いいのよ。それより、ねぇ男性があれを買うのって変なのかしら? 瑞樹くんはどう思う?」

 お母さんに問われ、戸惑いつつ……思ったままを素直に答えた。

「いえ、イマドキ奥さんのために男性が動くのは、別に不思議ではないかと」
「そうよね。でも、あなたも竹を割ったような憲吾の性格を知っているでしょう? 」
「えぇ……それは、まぁ」
「で、瑞樹くんは、お姉さんのために一肌脱ぐ覚悟はあるかしら」
「そんな! 駄目ですよ。お母さん、瑞樹くんに行ってもらうなんて悪いです。瑞樹くん、ごめんね、今の話は忘れて」
 
 心の中で葛藤した。確かにお姉さんとお母さんと僕だったら、一番フットワークが軽いのが僕だろう。行ってあげたいかも……でもはずかしい……気持ちが揺らぐ。

 僕の迷いを見破ったお母さんの鶴の一声が響いた。

「やっぱりここは瑞樹くんにお願いしてもいいかしら」

 うう、こうなったら覚悟を決めよう。男らしく潔く! 今の僕はお母さんに頼りにされているのだから。

「分かりました! 僕が買ってきます」
「あ、待って。でも……マスクして行く?」
「そ、そうですね」

 お母さんは時々、宗吾さんみたいに茶目っ気がある。だからなのか僕は逆らえないなぁと苦笑してしまった。

 まぁ何事も経験だ。

 きっとこんな機会は二度とない。

 前向きに……前向きに……




 というわけで、マスクをつけてドラッグストアにやってきた。

 いよいよ緊張が高まって、心臓がドクドクと大暴れで五月蠅い。

 すぐにその売り場に直行するのも気恥ずかしく、店内を3周ぐるぐると回ってしまった。

 あぁもうっ……頭の中が妊娠検査薬のことで一杯だ。

 まるで僕が妊娠しているみたいで、挙動不審過ぎるよ。

 よしっ! いい加減に覚悟を決めて突進のみだ!

 衛生用品売り場の前を通り過ぎると、ふと僕が本来使うものが目に飛び込んできた。

 へぇ、これってこんな種類があるんだな。いつも宗吾さんが用意してくれるので気に留めてなかったが、ついついパッケージを見比べてしまった。(こんな所で立ち止まっている場合じゃないのに)

『人生が変化する0.02ミリ』とか『ピチッと締まるフィットタイプ』『俺史上最長記録保持』とか、なんとも不思議なネーミングだな。でも今度宗吾さんと一緒に買いに来てみようかな。こういうの彼……喜びそうだ。

 結局、僕の頭はいつだって宗吾さんで一色だ。宗吾さんは僕を溺愛してくれるが、僕の方もどうやら負けていないようだ。

 おっと、これ以上ここで時間を使うわけにはいかない。さぁもう覚悟は決めた。

 男らしく行け、瑞樹! (自分を必死に鼓舞する)

 検査薬を勢いで手に取って、勢いでレジに行って、後は走って帰ろう!

 先方の一番奥の棚に、目的の品物が見えている。

 グッと歩くスピードを上げると、女性の生理用品の売り場の真ん前で、ドシンっと派手に人にぶつかってしまった。

 うわっ……っ!

 いきなり人が現れるなんて、驚いた!!



 
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