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小学生編
見守って 21
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「お兄ちゃん! これ、おばさんにわたしてね」
「うん、必ず届けるよ」
リーダーに午前休の許可をもらい病院に行く支度をしていると、早起きした芽生くんに画用紙を渡された。
淡い色の色鉛筆で描かれた絵。
夜空に七色の虹がかかっていた。そしてその下には家族がいる。
お父さん、お母さん、赤ちゃんだ。
憲吾さん、美智さん、赤ちゃんだね。
「おにーちゃん、どうかな?」
「いい絵だよ。芽生くんの気持ちがギュッとこもっているね」
「ありがとう! ぜーんぶ、お兄ちゃんが教えてくれたことだよ」
「えっ?」
「お兄ちゃんのお花はいつも、やさしい気持ちになるでしょう。それはね、ココロがこもっているからだって、おばあちゃんがいつもほめているから」
「そうなんだね。嬉しい言葉だね」
お母さんは、いつも僕を褒めて下さる。しかも芽生くんにも伝えてくれているのが分かり、とても嬉い気持ちになった。
「ふぅ……瑞樹、取ってきたよ」
「あ、お疲れ様です」
朝から、バタバタだ。
宗吾さんは実家に行って足りない荷物とお母さんの薬を持ってきてくれた。
「母さんの朝の薬だ。これを持っていてくれ」
「はい、分かりました」
高齢で心臓がお悪いお母さんと、出産直前の美智さん。
小学校に行く芽生くんの送り出しと、家の家事。
僕たちは手分けして、出来ることをそれぞれしていこう!
これがひとりぼっちではなく……家族がいることなんだと、しみじみと思った。
****
荷物を持って、僕は美智さんの入院先にやってきた。
本音を言うと……少し変な気分だ。
僕には永遠に体験しないことを疑似体験させてもらっているような気分だから。
病院の受付で昨夜、義姉が(と説明させてもらった)慌てて入院したので荷物を持って来たと事情を話すと、快く面会バッジをもらえた。
「もうすぐパパさんですね。頑張って下さいね!」
「え? あ……ありがとうございます」
事情を話したはずなのに、受付の若い女性に、もうすぐパパさんなんて言われて困ってしまった。
産科は3階だ。
そんな言葉をかけられたのもあり、ドキドキしながらエレベーターに乗った。
エレベーターを降りるとすぐに一面の大きな窓があった。
そっと覗くと産まれたばかりの赤ちゃんが、透明のケースに入って並んでいた。
泣いている子。
眠っている子。
目をパチパチしてキョロキョロしている子。
みんな様々だ。
小さな手だね。
あ……爪もちゃんとミニチュアサイズだ。
当たり前だが、赤ちゃんも、ちゃんと人なんだな。
ひとりひとり顔も違って、何もかも違って、この世にやってきた大切な人間だ。
感動し、思わずガラスに手をついて、じっと見入ってしまった。
そうだ、こうやって僕も産まれたばかりの夏樹を見に来た。
『瑞樹、ママ、無事に赤ちゃんを産んだよ。さぁ会いに行こう!』
『うん、パパ、男の子だった?』
『あぁ、弟が出来たんだよ。瑞樹に』
お父さんの手は、ポカポカだった。きっと興奮していたのだろう。
病院に着くと、今の僕のようにガラス窓を覗いた。
『ほら、見えるか』
お父さんに抱っこされて、夏樹と『はじめまして』をしたあの日。
暑い暑い夏の日の思い出。
「瑞樹、来てくれたのね」
「お母さん!」
思い出に耽っていると肩を叩かれた。
僕……少しぼんやりしていたのかも?
「あの、お母さんに薬を持ってきました」
「あら、気が利くわね。朝の分飲まないとって、ちょうど宗吾に電話しようと思っていたのよ」
「あ……宗吾さんが朝、車で取って来てくれました」
「まぁ、あの子がそんなことを」
「はい。お母さんの体調を心配していました。あの……僕、今日は午前中仕事を休めるので、午後憲吾さんがいらっしゃるまで付き添えます。だからお母さんは休んで下さい」
「本当に? 良かったわ。不甲斐ないんだけど……流石にこの年で付き添いは疲れてしまってね。美智さんが頑張っているのに、申し訳ないわ」
お母さんは、案じていた通り、かなり疲労困憊の様子だ。
「とんでもないです。昨晩……きっと心強かったと思います」
「ありがとう。あなたは本当に可愛い子、宗吾も頼りになるし、私は幸せよ」
お母さんが僕の頭を、よしよしと撫でてくれる。
擽ったいです。
「行きましょう。昨夜バルーンを入れて促したけれども、朝の検診で子宮口が全然開いていなくて……だから、もうすぐ促進剤の開始なのよ。励ましてあげて」
「いよいよ投与なんですね。分かりました」
宗吾さんに昨日出産のあれこれを教えてもらった。
『陣痛促進剤』とは、子宮収縮を促して陣痛を引き起こす薬とのことだ。
出産予定日を過ぎても陣痛が始まらない、先に破水したのに陣痛が始まらない、陣痛は来たのに子宮口が開かない、陣痛が強くならず出産が長引く……
そんな状況に陥った時に、薬の力で陣痛を起こす。
「同意書にもサインしたの。さぁ、ここからが大変なのよ」
「あ、あの促進剤を点滴したら、ど……どの位で産まれるのですか。け……憲吾さん、間に合うでしょうか」
なんだか焦ってしまって、しどろもどろだ。
「くすっ、瑞樹が焦ってどうするの? 出産はね……個人差があるのよ。 ただ陣痛促進剤は人工的に子宮を収縮させることだから、自然な陣痛より痛みが強くなる可能性はあるのよ。まぁ……薬を使っても効果は様々よ。赤ちゃんに会える時間は、神のみぞ知るかしら」
「分かりました。えっと……僕は何をすれば」
本気で心配になってきた。頭の中がこんがらがって、ぐるぐるだ。
「瑞樹ってば、そんなに緊張することないわ。大丈夫よ。とにかく美智さんに会いましょう」
「あ、はい!」
病室に入ると美智さんがベッドを起こして、スマートフォンを眺めていた。
「美智さん、また憲吾からの写真を見ていたの?」
「あ、瑞樹くん! 来てくれたのね」
「美智さん、あの……僕でお役に立てるか分かりませんが……憲吾さんが来るまで付き添わせて下さい」
芽生くんの描いた絵を真っ先に渡すと、美智さんはお腹をさすりながら微笑んだ。
「嬉しい! 私ね、今日ママになりたいな」
「はい」
「芽生くんと同じ5月生まれになれたらいいな」
「芽生くんも喜びます」
「この絵みたいに、家族を迎えるのよ」
「僕にも応援させてください」
あの日……僕は箱庭の外に、虹の梯子をかけた。
美智さんが作った箱庭を思いだした。
箱庭の片隅にはベビーベッドがぽつんと置いてあったが、赤ちゃんは眠っていなかった。 すぐ横に窓枠があり、その先には暗黒の夜空が広がっていた。夜空を表現した部分に小さな赤ちゃんの人形が転がっていた。深い悲しみと喪失感に包まれた箱庭だった。
あの時、僕の手は悲しみに呼応するように自然に動き出した。僕にも分かる……小さくて愛しいものを失う喪失感。陽だまりのような希望が、突然消えて真っ暗になる瞬間があることを知っているから。
今度こそ……今度の出産はどうか無事に!
「美智さん、この手で、しっかり虹を掴みましょう!」
「瑞樹くん、憲吾さんが来るまで、私……あなたを頼るわ。よろしくね。この子を無事に産むために手伝ってね。箱庭の世界の外を見せてくれたあなただから、頼めることよ」
「うん、必ず届けるよ」
リーダーに午前休の許可をもらい病院に行く支度をしていると、早起きした芽生くんに画用紙を渡された。
淡い色の色鉛筆で描かれた絵。
夜空に七色の虹がかかっていた。そしてその下には家族がいる。
お父さん、お母さん、赤ちゃんだ。
憲吾さん、美智さん、赤ちゃんだね。
「おにーちゃん、どうかな?」
「いい絵だよ。芽生くんの気持ちがギュッとこもっているね」
「ありがとう! ぜーんぶ、お兄ちゃんが教えてくれたことだよ」
「えっ?」
「お兄ちゃんのお花はいつも、やさしい気持ちになるでしょう。それはね、ココロがこもっているからだって、おばあちゃんがいつもほめているから」
「そうなんだね。嬉しい言葉だね」
お母さんは、いつも僕を褒めて下さる。しかも芽生くんにも伝えてくれているのが分かり、とても嬉い気持ちになった。
「ふぅ……瑞樹、取ってきたよ」
「あ、お疲れ様です」
朝から、バタバタだ。
宗吾さんは実家に行って足りない荷物とお母さんの薬を持ってきてくれた。
「母さんの朝の薬だ。これを持っていてくれ」
「はい、分かりました」
高齢で心臓がお悪いお母さんと、出産直前の美智さん。
小学校に行く芽生くんの送り出しと、家の家事。
僕たちは手分けして、出来ることをそれぞれしていこう!
これがひとりぼっちではなく……家族がいることなんだと、しみじみと思った。
****
荷物を持って、僕は美智さんの入院先にやってきた。
本音を言うと……少し変な気分だ。
僕には永遠に体験しないことを疑似体験させてもらっているような気分だから。
病院の受付で昨夜、義姉が(と説明させてもらった)慌てて入院したので荷物を持って来たと事情を話すと、快く面会バッジをもらえた。
「もうすぐパパさんですね。頑張って下さいね!」
「え? あ……ありがとうございます」
事情を話したはずなのに、受付の若い女性に、もうすぐパパさんなんて言われて困ってしまった。
産科は3階だ。
そんな言葉をかけられたのもあり、ドキドキしながらエレベーターに乗った。
エレベーターを降りるとすぐに一面の大きな窓があった。
そっと覗くと産まれたばかりの赤ちゃんが、透明のケースに入って並んでいた。
泣いている子。
眠っている子。
目をパチパチしてキョロキョロしている子。
みんな様々だ。
小さな手だね。
あ……爪もちゃんとミニチュアサイズだ。
当たり前だが、赤ちゃんも、ちゃんと人なんだな。
ひとりひとり顔も違って、何もかも違って、この世にやってきた大切な人間だ。
感動し、思わずガラスに手をついて、じっと見入ってしまった。
そうだ、こうやって僕も産まれたばかりの夏樹を見に来た。
『瑞樹、ママ、無事に赤ちゃんを産んだよ。さぁ会いに行こう!』
『うん、パパ、男の子だった?』
『あぁ、弟が出来たんだよ。瑞樹に』
お父さんの手は、ポカポカだった。きっと興奮していたのだろう。
病院に着くと、今の僕のようにガラス窓を覗いた。
『ほら、見えるか』
お父さんに抱っこされて、夏樹と『はじめまして』をしたあの日。
暑い暑い夏の日の思い出。
「瑞樹、来てくれたのね」
「お母さん!」
思い出に耽っていると肩を叩かれた。
僕……少しぼんやりしていたのかも?
「あの、お母さんに薬を持ってきました」
「あら、気が利くわね。朝の分飲まないとって、ちょうど宗吾に電話しようと思っていたのよ」
「あ……宗吾さんが朝、車で取って来てくれました」
「まぁ、あの子がそんなことを」
「はい。お母さんの体調を心配していました。あの……僕、今日は午前中仕事を休めるので、午後憲吾さんがいらっしゃるまで付き添えます。だからお母さんは休んで下さい」
「本当に? 良かったわ。不甲斐ないんだけど……流石にこの年で付き添いは疲れてしまってね。美智さんが頑張っているのに、申し訳ないわ」
お母さんは、案じていた通り、かなり疲労困憊の様子だ。
「とんでもないです。昨晩……きっと心強かったと思います」
「ありがとう。あなたは本当に可愛い子、宗吾も頼りになるし、私は幸せよ」
お母さんが僕の頭を、よしよしと撫でてくれる。
擽ったいです。
「行きましょう。昨夜バルーンを入れて促したけれども、朝の検診で子宮口が全然開いていなくて……だから、もうすぐ促進剤の開始なのよ。励ましてあげて」
「いよいよ投与なんですね。分かりました」
宗吾さんに昨日出産のあれこれを教えてもらった。
『陣痛促進剤』とは、子宮収縮を促して陣痛を引き起こす薬とのことだ。
出産予定日を過ぎても陣痛が始まらない、先に破水したのに陣痛が始まらない、陣痛は来たのに子宮口が開かない、陣痛が強くならず出産が長引く……
そんな状況に陥った時に、薬の力で陣痛を起こす。
「同意書にもサインしたの。さぁ、ここからが大変なのよ」
「あ、あの促進剤を点滴したら、ど……どの位で産まれるのですか。け……憲吾さん、間に合うでしょうか」
なんだか焦ってしまって、しどろもどろだ。
「くすっ、瑞樹が焦ってどうするの? 出産はね……個人差があるのよ。 ただ陣痛促進剤は人工的に子宮を収縮させることだから、自然な陣痛より痛みが強くなる可能性はあるのよ。まぁ……薬を使っても効果は様々よ。赤ちゃんに会える時間は、神のみぞ知るかしら」
「分かりました。えっと……僕は何をすれば」
本気で心配になってきた。頭の中がこんがらがって、ぐるぐるだ。
「瑞樹ってば、そんなに緊張することないわ。大丈夫よ。とにかく美智さんに会いましょう」
「あ、はい!」
病室に入ると美智さんがベッドを起こして、スマートフォンを眺めていた。
「美智さん、また憲吾からの写真を見ていたの?」
「あ、瑞樹くん! 来てくれたのね」
「美智さん、あの……僕でお役に立てるか分かりませんが……憲吾さんが来るまで付き添わせて下さい」
芽生くんの描いた絵を真っ先に渡すと、美智さんはお腹をさすりながら微笑んだ。
「嬉しい! 私ね、今日ママになりたいな」
「はい」
「芽生くんと同じ5月生まれになれたらいいな」
「芽生くんも喜びます」
「この絵みたいに、家族を迎えるのよ」
「僕にも応援させてください」
あの日……僕は箱庭の外に、虹の梯子をかけた。
美智さんが作った箱庭を思いだした。
箱庭の片隅にはベビーベッドがぽつんと置いてあったが、赤ちゃんは眠っていなかった。 すぐ横に窓枠があり、その先には暗黒の夜空が広がっていた。夜空を表現した部分に小さな赤ちゃんの人形が転がっていた。深い悲しみと喪失感に包まれた箱庭だった。
あの時、僕の手は悲しみに呼応するように自然に動き出した。僕にも分かる……小さくて愛しいものを失う喪失感。陽だまりのような希望が、突然消えて真っ暗になる瞬間があることを知っているから。
今度こそ……今度の出産はどうか無事に!
「美智さん、この手で、しっかり虹を掴みましょう!」
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